第68話 サイラス教官

「話というのは、学園対抗試合についてだ。是非、君に出てもらいたいと思っている」


 サイラスが言う学園対抗試合とは十月に行われる学園のイベントであり、第一、第二、第三学園の対抗試合のことである。

 学園では入学当初は三級生、昇級試験に合格すると二級生、一級と上がり、卒業となる。対抗試合は最も大きなイベントで、それぞれの学園の一級生から選抜され試合に臨む。

 まず第二と第三学園が試合をして、勝者が第一学園と試合をする。

 優勝はたいてい第一学園であった。


 第一、第二学園は十二歳で入学し、ほぼ全員が一年で一級上がる。つまり、一級生には十四、五歳しかいない。

 第三学園の一級生は十六歳前後であり、年齢的には一番上になる。体格的には勝っているため近接戦闘では有利だ。しかし、第二学園は魔導士がいる。

 結局、魔法攻撃を受けて負けるのが毎年のことであった。


「入学試験は陰から見させてもらった。魔法が使えて二級生を圧倒する実力。それに、冒険者としての活躍も聞いているぞ」


 サイラスの言葉にセージは困惑しつつ答える。


「はぁ。ありがとうございます。ですが、一級生しか出られないのですよね? 十月に試合があるなら無理では?」


 試合が十月だと一回しか試験が受けられないため二級生が限界だ。しかし、サイラスは当然ながら答えを用意している。


「普通ならそうだ。だから、今から三級生の昇級試験を受けてもらいたい。特別試験をな」


 昇級試験は二月と八月に行われる。すでに三月になっていたため通常試験を受けることが出来ないのだ。

 そこで、特別試験である。特別試験とは、領地の都合などで試験が受けられなかったり、純粋に学力が足りないが貴族を留年させるわけにはいかなかったりするときの追試験のことだ。


 実際には第三学園ではほとんど行われない試験である。

 二月の試験に間に合うように手紙を出していたにもかかわらず、セージが無視していたので特別試験になってしまった。


(なるほど。試験に通れば四月から二級生として始まり、十月には一級生になれるということ……)


「そんなことしていいんですか?」


「良いか悪いかじゃない。するかしないかだ」


 真面目な顔で宣言するサイラス。


(それってダメなやつだよな。しかし、早く卒業できるならメリットは大きい。推薦された手前、本を読んだらすぐ退学ってわけにもいかないし)


 少し考えているとサイラスが問いかける。


「ところで、セージはなぜ第三学園に来たんだ? 実力があってラングドン家にツテがあるようだし、本当に王都の騎士になりたかったのか?」


 他領の騎士の子供などが王都の騎士になりたいということは少ない。王宮の騎士団で小隊長級以上の士官になれるのは、ほとんどが王都の貴族だからである。

 領の騎士団であればトップは領主やその子供だが、その他は全員平民だ。騎士団団長に平民でもなれる可能性があるとなればそちらを選ぶだろう。

 ただし、セージはそもそも騎士になるつもりなんてなかった。


「いえ、正直騎士にはなりたくないです。実は学園に珍しい本、貴重な蔵書があると聞きまして。それを読むのが目的なんです」


 サイラスは眉根を寄せるが、セージは真面目な顔で見返す。


「……そうか。変わった理由だな。いや、魔法使いならありえることなのか? まぁ良い。セージ、残念だが第三学園にはそれほど貴重な本はない。第一学園ならあるが、気安く行けるところではないな」

 

 その言葉にセージは肩を落とす。


(薄々気づいていたけどな。またルシィに騙された。今度会ったら文句言ってやる)


「やっぱりそうなんですね。すごい蔵書があると聞いて期待していたんですけど。第一学園には入れないんですか?」


「第三学園の生徒は入れない。貴族の子女がいるからな。追い払われるだろう。しかし」


「しかし?」


「学園対抗試合に優勝できるなら話は別だ。蔵書を見るくらいならできるだろうな」


 優勝した学園の一人は学園総長、つまり三学園の長に願いを言うことができる。

 通常は願いを言わないため、学園総長から王国騎士団に入隊できる権利が渡されることになる。

 基本的に第一学園のトップが出てくるため、そもそも王国騎士団に入ることが決まっているようなものだ。

 実質、名誉が渡される儀式となっている。


「何にせよ、実質儀式になっているが希望を言っても問題ない。それが自らを高めるために本が読みたいという希望ならなおさら断れないだろう。それに、もし騎士団に入りたかったらこれほど良い機会はないぞ」


(王国騎士団か。厚待遇なんだろうけど、今世ではやりたいことをするって決めてるからな)


「では、優勝して蔵書を見せて頂きましょう。例年の実力を教えていただけますか?」


(第一学園はたぶん高レベルの十五歳が並んでるんだろ。訓練もしているだろうし勝つのは簡単じゃないだろうな)


 迷いなく本を選ぶセージにサイラスは苦笑しながら答える。


「騎士団より本か……まぁいい。例年の構成だな。聖騎士三人魔道士二人がほとんどだな。魔道士が三人の場合もあるが。レベルは中級職の限界レベル50まで確実に上げてくる。ただ、第一学園は勇者である第四王子殿下が出てくるはずだ。さらにレベルが高いだろう」


(勇者がいるのか。これは厳しいぞ。王子がこんなところに出てくるなよ)


「王子様も学園に通っているんですね。意外です」


「まぁ慣例だからな」


 学園、その中でも騎士科や魔法科は言わば軍隊に入るための士官学校、訓練所だ。セージは王子が来るような所ではないと考えていた。


 グレンガルム王国では王位継承権があるのは正室の子供だけだと決まっている。側室の子供は公爵家にもなれないため、貴族の養子になるか、武官や文官を目指す。

 これは昔のある王が側室を多く持ち、それだけでなく他国の貴族や気に入った平民にも手を出したことがあったからだ。

 子供が何十人にも膨れ上がって王宮が荒れた事件があり、このルールが決まったのである。


「第四王子殿下は剣より魔法が堪能だ。さらにオルブライト公爵閣下の子息が勇者だな。こちらは剣が堪能らしいがあまり情報は無い。予想は第四王子殿下と魔導士一人が後衛、オルブライト公爵閣下子息と聖騎士二人が前衛だな。三パーティーを編成する都合で別れるかもしれんが、大きくは変わらんだろう。ただし、相手は前衛といっても魔法を使ってくるからな」


 一学園につき三つのパーティーが編成され、勝ち抜き戦方式で戦う。ちなみに回復は無しなので、ダメージを受けないように戦うことも重要である。


「前衛でも魔法を使えるんですか? 使う前に接近戦を挑めない程離れて開始するんですか?」


「試合開始前の魔法準備が可能だ。例年の試合では、開始直後から一斉に魔法攻撃、その後前衛が足止めして後衛が上級か特級魔法で叩く、これで壊滅だ。この基本戦法は変わらないだろう。当たり前だが、第三騎士学園に上級魔法を使えるようなやつはいないからな」


(うーん。物理攻撃系ばかりだと厳しい。特級魔法を使ったとしても勇者がいるなら耐えて近接攻撃に持ち込まれるだろうし。でも、こっちは相手の特級魔法に耐えられないだろうし。しかも三パーティーとなるとどうしようもない)


「上級魔法を使える人はいるんですか?」


「戦士と聖騎士ばかりだからなぁ。一級生の中ならシルヴィア、試験の時に前に立ってたやつな、そいつが使える。ただ、学園対抗試合で魔法使いとして戦える程得意ではないぞ」


(まぁ前衛系ばかりじゃ仕方ないか。精霊をマウントして特級魔法で前衛を一掃、は難しいか。そんな時間は無さそうだし。開幕と同時に魔法の一斉攻撃で前衛壊滅しそう。俺が単独で前に出て魔法を使わせて……って、そもそもギリギリの手を使って俺を一級生まで上げて優勝を目指すのってなぜ?)


「ちなみにどうしてそんなに優勝したいんですか? 貴族がいるなら優勝するのもややこしそうなんですが」


「そりゃあな。貴族と平民が戦って平民が勝つ、となると騒ぎ出す連中はいるだろうな」


「ではどうして?」


 サイラスは一旦考えるように口を閉じ、そして少し悔しさを滲ませながら答えた。


「意地のようなものだ」


 その後、今後の話を詰めて実技試験をして、次の日から三日間みっちりと筆記試験を受けた。試験自体は余裕を持って合格したが、さすがに毎日疲れ果ててランク上げをする余裕がなくなるセージであった。


 ちなみに、実技試験でセージは教官と本気で戦い、各種特技や特級魔法まで使った。

 立ち会った三人の教官は現在のセージの実力を見て、驚きと共に学園対抗試合に勝機を見出だすのであった。

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