第34話 本屋
二次試験の筆記試験も順調にこなして、ラングドン家から紹介された宿に戻ってきていた。
(実技で試験官に勝てたし、筆記試験も問題なかった。思ったより難しかったけど、だいたいは合ってるだろうし、周りの雰囲気的に出来てなさそうだったから、まぁ合格できるだろ)
何度か分かれて試験を行うため、セージが受けた試験から合格発表まで一ヶ月程度ある。合格発表は試験会場になった第三学園で行われ、合格者はその場で入学手続き、不合格者はそのまま帰路につく。
試験終了後に二級生全員で合格、不合格者を決める会議があり、そこでセージが話題になっていたのだが、本人は知る由もない。
(さて、少し時間もあるし王都散策と行きますか)
夕食は宿でとることになっており、ゆっくりしていてもいいのだが、セージは街並みを見たくてしょうがない。
前世は三十一歳だが、その年になっても新作のFSに心躍らせていたくらいである。目の前に広がる街を見ずにはいられなかった。
(なんだか、わくわくするな。でも、まずはやっぱり本屋に行かないと。特級魔法が書かれた魔法書とかあれば嬉しいんだけど)
セージは宿を出て大通りの歩道を歩く。石畳の道は歩道と車道に分かれており、大通りは遠くに見える城に向かって伸びていた。
車道には数多くの馬車がゆっくり通り、歩道で行き交う人も多い。
(さすが活気があるなぁ。食べ物も美味しそうだし)
立ち並ぶ店は外から買える形になっている食べ物屋が多く、そこで買って家で食べたり、食べ歩いたりするようなスタイルが一般的だ。ちなみに中で食事をするようなレストランは高級店ばかりである。
もちろん武器屋や魔道具屋、錬金術師の薬屋などファンタジー特有の店もある。
まずは本屋と思いながらも、ちょっと見るだけと自分に言い訳しながら、セージはあっちこっちと店を冷かして回り、目的地を目指す。
目的地は宿屋の人に聞いたおすすめの本屋である。少し奥まったところにあって目立たないが、古書も含めて様々な本が置いてある店だ。
本屋としての規模は大通り沿いの大きな本屋には圧倒的に負けているが、掘り出し物が見つかるとのことである。
(この武器屋の角を曲がって、次の十字路を右だったよな)
横道に入って進むと、大通りの喧騒が遠ざかる。
右に曲がった所には静かな通路にひっそりと本屋を示すマークが書かれた石の看板が置かれていた。ちらほらと人通りはあるのだが、大通りに比べたら圧倒的に少ない。
(ここか。雰囲気は良いな)
店内に足を踏み入れると、カウンターしかない立ち飲み屋のような内装になっていた。カウンターには椅子が四脚だけおいてある。
壁一面が本棚になっており、入りきらない本が足元に積んであった。カウンターの奥にいたおじいさんがちらりと見て、すぐに手元に視線を移す。
(なるほど。本屋ってこんな感じなのか。まぁこの世界で本は高価だし、中を一部見たいだけって人もいるだろうから、日本の古本屋みたいに自由に見せるわけにいかないよな。でもシステムがわからないんだけど。見たい本を探して言えばいいのか? でも中身を見ないと結局欲しい本かわからないし、値段も書いてないから言いにくいんだけど)
セージは少し戸惑いながらも本棚を順番に見ていき、ガンガンとテンションが上がっていった。
(これはヤバいな。マジでヤバい。語彙が消失するレベルでヤバい。全部欲しい)
技工書や魔道具書、エルフの書まで揃っている。それはラングドン領では見られないものだった。
今は領主が集めているからマシになったとはいえ、商人は需要がある所へ商品を運ぶ。ラングドン領で書を売ろうとする者などいなかったので本屋も一軒しかなくて品揃えも悪かった。
また、この本屋が特殊だからというのもある。大通りの本屋はより大衆向け、初級から上級の魔法書や剣技の書、普通の物語の本などが多く取り揃えてあるのだが、ここは専門書と言えるようなものばかりであった。
(あっ漢字と平仮名の本がある。珍しいけどタイトルが『英雄ゴランと塔の姫』じゃあなー。専門書ばかりの中でめちゃくちゃ浮いてるな)
「セージ?」
突然後ろから声をかけられて振り向くとワイルドベアとの戦いで助けてくれた魔導士のヤナがいた。
最後に会ってから六年の時が経っていたのだが、エルフのヤナは全く変わっていない。
「ヤナさん! お久しぶり、ですね。ずっと手紙でやり取りしていたので久しぶりという感じもしませんけど。王都にいるとは聞いていましたが、まさか会うとは思っていませんでした」
「久しぶり。セージは大きくなった。ここは王都に帰って来た時必ず寄る店。品揃えも品質も良い」
本は基本的に写本でありオリジナルが出回ることはほとんどない。本屋とはオリジナルの本を書き写して売る人たちのことだ。
書き写す人の腕によって正確性が変わる。時には表紙だけ綺麗で中身は雑に書かれていたり、わざと間違えて書かれていたりするものもある。
また、そんな粗雑な写本をオリジナルとして売り、それが複製されるということもあるため、店の信頼性は重要であった。
「そうだったんですね。僕は初めて来たんですが、当たりでした。欲しい本がたくさんあってどうしようかと思っているくらいなんですよ」
「私が持ってる本もある。私たちの拠点に読みに来ると良い。ついでに魔法談義しよう」
セージから見てヤナの表情はほとんど変わらないが、目がキラリと光っているのがわかった。
セージはまた睡眠時間が減りそうだなと思ったが、本も魔法談義も嬉しい提案だった。
「いいんですか? 楽しみです。パーティーの皆さんにも挨拶したいですしね」
ヤナとセージが話をしている間にカウンターのおじいさんがいくつかの本を集めており、それをヤナの前のカウンターにドンと置いた。
「ダンさん、ありがと」
「えっと、その本は?」
「これは新しく入った私におすすめの本」
「おおー。さすが常連さんですね」
さらに三冊置かれて計八冊置かれていた。エルフの書や魔法関連が多い。
(やっぱり魔法が好きなんだ。あっ『英雄ゴランと塔の姫』がある。意外とそういう物語も好きなのかな。新たな一面が見れたな)
セージは思わずニヤけてしまい、ヤナから不思議そうな目で見られる。
「どうしたの?」
「いえ、意外とそういう物語も読むんだなぁと思いまして。魔法書ばかり読んでいるイメージでしたから」
「どういうこと?」
「これってヤナさんへのおすすめの本なんですよね? この『英雄ゴランと塔の姫』って冒険物語っぽいじゃないですか。ヤナさんは冒険者ですし、そういう本も好きなのかなって」
その言葉を聞いて、ヤナは驚きの表情をセージに向ける。
(あれっ? 趣味がばれてちょっと恥ずかしいな、みたいな反応を期待していたんだけど。まぁヤナさんだし、そんな風にはならないか)
「セージ、これが、読めるの?」
「ええ、そりゃ読め……あっ」
そこでセージはやっと思い出した。『英雄ゴランと塔の姫』は漢字・カタカナ・ひらがなで書かれていたということに。
この世界は日本語ではあるが表記はローマ字しかない。漢字ひらがなカタカナは神の言語として扱われている。
(失敗した。ローマ字より普通に読みやすいし。ヤナさんに会ってすっかり忘れてた。これは秘密にするつもりだったんだけどなぁ。いや逆に考えよう。読めることをダンさんが知っていたら、その本を優先的に回してもらえるかもしれない。いいことじゃないか。よしポジティブ)
「あ、あーそうですね。実は読めるんです。でも読めることは誰にも言っていませんので内密にお願いしますね」
セージはにっこり笑って人差し指を口に当てた。
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