第27話 ルシール・ラングドンは報告する

 ルシールは作戦本部で末席に座っていた。次期当主として見学のようなものだ。


 ルシールは長女であり、妹と弟が合わせて五人いる。この国では男女どちらでも当主になる可能性はあるのだが、男が選ばれる割合が多く、特にラングドン領では力が重要視されるため男であることが望まれていた。

 なので、当主になる可能性が高いのはまだ九歳の弟だ。しかし、現在の次期当主はルシールであるため、しっかりと参加している。


 指揮する部隊も持っていないため普段は発言することがないのだが、今はルシールが話の中心となっていた。


「この報告書に間違いはないんだな?」


「はい。セージが約二百六十体、ギルが約四十体、計三百体の魔物を倒しています。そして、ボスであるキングリザードマンを二人で倒しました」


 ラングドン家当主、ノーマンは報告を確認して低く唸る。セージとギルの戦果が飛び抜けていたからだ。

 約三百体の魔物を倒したという実績は遊撃部隊が倒したと報告している数の五分の一である。

 百人以上で千五百体を倒す間に、三百体倒して見せた、さらに二人でボスを討伐したとなると間違いを疑いたくなる。


「ルシール様。質問があります」


 手を挙げたのは魔法士団長のレベッカだ。女性でこの場にいるのはルシールとレベッカの二人しかいない。丸みのある顔は童顔だが歳は三十であり、特級魔法を使いこなす腕と強気な性格から団長に起用されていた。

 ルシールはちらりとノーマンを見たが、静観していたため答える。


「レベッカ殿、質問とは?」


「セージの戦果についてです。戦闘中に数えることは難しいかと思いますが、騎士証は持っていませんよね? その報告はギル殿からですか?」


 戦闘中に魔物を倒した数を正確に答えられる者は少ない。そして、無意識で多く倒した気になっている、複数人で倒して全員がカウントする、戦果が欲しくて水増しするなど、多く報告される傾向にある。


 ノーマンは公平性を重視して騎士たちに倒した魔物の種類や数を計測するカード、騎士証を配布している。そのカードは他の領の軍や冒険者にも採用されているもので特に珍しいものではない。

 ただ、倒した者にしか計測されないため、連携をないがしろにしたり、魔物の取り合いになったり、ノーマンが頭を悩ませる問題も多いのだが。


 そして、セージは研究所所属で騎士ではない。当然だが騎士証は渡されていなかった。なので、自己申告する必要がある。


「いや、これは本人からの報告だ。しかし、正確に数えられているだろう」


「それは何故でしょうか。まさか戦いながら数えていたと?」


「ランクが二十六上がったと言っているからだ。約二百六十体で間違いない」


「ランクが上がった? ビッグタートルばかり倒していたそうですが、レベル25以上になればランクは上がりませんよ」


「それはパーティーになったギルが確認した。キングリザードマンを倒したときにセージのレベルが25に上がったそうだ」


 レベッカだけでなく他の団長からも驚きの声が上がる。

 レベル25は騎士団の中で最も低い。新兵でも下級職限界のレベル30が最低ラインだ。ラングドン領は強さを誇る領であり、レベル50の騎士が最も多い。


「11歳でレベル25以下、ランクもあがり切っていない状態で? どうやって戦ったというのですか?」


「ひたすら走りながら魔法を放ち続けた、とのことだ」


(私もまさかこれほどとは思っていなかったがな)


 ルシールはそう思いながら言葉を続ける。


「セージはすでにいくつかの職業をマスターしている。戦闘開始時は狩人、わずかな時間でそれもマスターすると、次は魔法士と真逆の武闘士になったらしい。それでもMPは千を超えていたみたいだ。さらに、魔法は見たことが無い高威力の中級魔法、そして飲み物代わりに自分で作ったMP回復薬を使い、ビッグタートル以外は魔法で弱らせてギルに倒させて、自分は二百六十体を倒す。十一歳の子供ができるとは信じられないようなことばかりだが、ギルも間違いないと言っている」


「ではボスは? 二人で倒したとのことですが、ギル殿が一人で倒したのではないのですか?」


「キングリザードマンを一人で倒すことはギルでもできない。セージは回復、強力なバフとデバフ、さらに攻撃魔法を使いこなし、ターゲットになることがないよう計算していた、だから倒すことができた。とギルが報告している」


 驚きや懐疑が会議室で渦巻く中、ノーマンが発言する。


「わかった。魔物二百六十体とボスの討伐の戦果を認め、褒賞を与えよう。褒賞の話はしているな? セージが求めるものはなんだ? 金か、それとも魔法師団長の座か?」


 魔法師団長という言葉でレベッカの視線がキッとルシールに向く。しかし、ルシールが意に介することはない。


「いいえ、求められたのはマーフル洞窟周辺への探索許可と護衛です。魔物が減るのですから領にとってメリットとなるでしょう」


 マーフル洞窟とその周辺はゴースト系の魔物ばかりがいる場所で、定期的に魔物討伐隊が組まれている。

 放置されているとボスが発生し、魔物が洞窟から出てきて町を襲い始めるからだ。


 ゴースト系は物理攻撃が効かず、魔法耐性が高いという厄介な相手だが、この時は聖騎士が覚える光魔法が活躍する。

 ラングドン領の者はINTが低いとはいえ、聖騎士はINTにプラス補正があり、高レベルであればMPもそれなりにあった。

 高レベル聖騎士のみで構成された討伐隊が数日かけて魔物を倒し、町に被害が及ばないようにしているのである


(しかし、セージはどうするつもりなのだろうか。戦士をマスターしていないなら聖騎士にはなれないだろうし。光魔法でないとあの洞窟の攻略は難しいぞ)


 そう心配するルシールだったが、セージには裏技があった。ゴースト系の魔物のほとんどは回復魔法が効くのである。

 その裏技が有効な確証はないが、セージはスライムに盗むが効いた時点で全ての裏技が有効であると考えていた。


「許可しよう。他には?」


「魔法、特技、錬金術、魔道具、技工など全ての職業にかかわる書物や知識です。言語は問わずなんでも構わないとのことでした。報奨としては少々変わっていますが、書物や知識については高額な物が多いため妥当だと考えています」


「……わかった。セージにはラングドン家の書庫を開放しよう。そして、現在集めている書物の範囲も広げさせる。それで良いな」


「ありがとうございます」


 ノーマンは後ろに控えていた執事に指示を出し、次の話題に移った。



 ルシールは会議の後にノーマンと話をしてから、ギルとセージに割り当てられた小さな民家に褒賞の結果を報告しに行った。

 ギルはそこにはおらず、セージは民家の家具の修理をしていた。


(これは木工師のランク上げか? さすが余念がないな。常に全力でランクのことを考えている)


 ルシールは苦笑しながらセージに声をかけて、褒賞の結果を伝えた。


「ランク上げに行っただけで褒賞なんて何だか悪いですね。でも本当に嬉しいです。ありがとうございます」


 そうやって嬉しそうに笑うセージは年相応に見える。


(まだ十一歳なのだな。そして私が十七歳か……)


 ルシールはノーマンから報奨のこと以外にも話があった。セージとラングドン家をつなぐこと、つまりセージと婚約を結ぶことである。

 直接的な言葉ではなく、強制もされていない。しかし、ノーマンの心の内がルシールには伝わっていた。


 ノーマンはセージの力、そして知識に関してこの短期間で多くの報告を聞いている。

 王都の学園に行った後、ラングドン領に戻って来ないのではないかと考えたからだ。


 ルシールは次期当主であるが、弟が十二歳になる時には代わる予定である。

 元々ルシールが次期当主として選ばれているのは、二つ下の弟が四歳の時に病で亡くなったからである。

 この世界で怪我や事故で亡くなることは稀であるが、病に倒れることは珍しくない。

 その時、他には妹しかいなかったため、その弟が次期当主になる予定であったが、急遽長女であったルシールが選ばれた。


 その二年後再び弟が生まれたのだが、また不幸があるかもしれないとのことで、そのまま長女のルシールが神木の試練を受けて、一時的に次期当主となったのである。

 ルシールは一時的であることを分かった上で、真面目に次期当主として振舞った。もともと騎士にあこがれていたこともある。当主は騎士団の総指揮を執るのだが、その姿に羨望のまなざしを送っていた。


 学園は貴族同士が婚約を考える場としての機能もあるのだが、ルシールはその輪に入らず、騎士としての訓練を全うした。

 貴族の子息とはどちらかというとライバルのような関係性を築いており、卒業後に婚約の話は一切なく、母親から説教を受けることになったほどであった。


 弟と代わることはわかっていたが、ルシールは騎士になりたかった。当主でなくとも戦果を挙げて騎士団に入ることができないかと心の隅で思っていたのだが、女であるからと戦いに出ることさえ叶わなかった。


 親の勧めもあり諦めて嫁ぐ計画をしているのだが、うまくいっていない。

 男爵家であるため、上級貴族には相手にされないのは当然であり、同じ男爵家は子爵の娘に嫁いでもらい縁を結びたいと考えている。


 ルシールも子爵家の子息に嫁がせようと考えたが、それも難しかった。すでに親しい間柄の家には次女三女を送っている。

 そして、ルシールには端的に言うと女性らしさが足りなかったのである。


 説教を受けてから短かった髪を伸ばし始めているが、まだ肩を過ぎたくらいで他の娘に比べて非常に短い。鍛えられた体は脂肪が少なく、身長も男の平均に近いほど高かった。


 そもそも学園で訓練に明け暮れていた時点で出遅れている。

 王国や領の騎士などで働く貴族の三男などもいるが、そういう者はすでに婚約者を決めていることが多い。ラングドン領にある商会の息子の第二夫人であれば話があるのだが、貴族の長女が平民の第二夫人であるというと外聞が良くないので避けている。

 新興の貴族として舐められるわけにはいかないという気持ちも強い。

 ルシールは騎士としても貴族の娘としてもうまくいかず、心が疲れていた。


(気が重いが……仕方ない)


「突然だが、セージは結婚とか考えていたりするのか?」

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