第14話 寡黙な木工師ジッロ

 回復薬の件が一段落し、セージは木工師の町を歩いていた。

 この年齢で弟子入りは出来ないが、少しでも木工師のランクを上げるために見ておこうと思ったからだ。


 ちなみに服飾師のランク上げは孤児院でティアナから服や小物作りを教わって地道に上げている。

 ティアナは10歳になってから服飾の店で手伝いをしており、まだ決めてはいないようだが、そのまま服飾店で働くことになりそうだ。そのことを聞いたセージが、夜寝る前に少しの間教わっているのだ。


 ただ、セージは元々服飾師ランク11であり、今のティアナより高い。ティアナはそれを知らないのだが、物によっては自分よりうまく作るセージのことをライバルの様に思い、服飾師への取り組みに熱が入っていた。

 セージはタダで教えてもらえてラッキーと思っているだけだったが。


 木工の町は筋骨隆々な木こりや大工が多く、子供が入って行けるような雰囲気ではなかった。冷やかしで行ったりしたら殴られるんじゃないかと思うほどだ。


(鍛冶師も木工師もハードルが高いよな。鍛冶師は鍛冶ができる設備が必要だし、木工師もこんな雰囲気だし。まぁどちらにせよ力がないとどうしようもないよな。十歳でどちらかに弟子入りかな)


 ふらふらと歩いて帰ろうとしたとき、ふと目に留まる人がいた。座っていてもわかるほどの体の大きさだったからだ。

 露店商のような形で商品を並べ、手に握った木を削っている。


(もしかして巨人族じゃないか? こんなに大柄な人は見たことないし。でもなんか体に似合わず繊細な削り方してるな)


 この世界の男性は平均身長170センチ程度とそれほど大きくない。しかし、巨人族は2メートルを軽く超え、3メートル近い者もいる。

 FSの戦闘では力が強く遅いのでセージの中では前衛のタンクとして戦っているイメージであり、繊細さとはかけ離れていた。


 じっと見ていたセージに巨人族の男が気付く。しばらく目を合わせたあと、削っていた木と道具を置いてセージに歩いてきた。


(おおっ! やっぱり高い! 俺の二倍は超えてそう。やっぱり巨人族だ。色々町を散策したけど、初めて見た。でも、どうしたんだろう)


 巨人族の男はセージの前に無言で立って見下ろし、反対にセージは見上げて見つめ合う。


 実は巨人族の男は戸惑っていた。

 人族の町に住んでいる巨人族は少ないので、視線を感じることが良くある。そうすると集中できないため、いつも追い払っていたのだ。

 追い払うと言っても立ち上がって近づくだけで逃げていくので、実質何もしてはいない。

 この時も近付けばすぐに逃げるだろうと思っていたため、全く逃げずに不思議そうに見上げるだけのセージに困惑していたのだが、そんな内心にセージは気付かなかった。


「名前は?」


 巨人族の男は近付いたもののセージに用があるわけではない。どうして良いかわからず、名前を聞いた。


「セージです。あなたは?」


「……ジッロ」


 奇妙な自己紹介を終えると、ジッロはまた戻っていき、椅子に座って木を削り始めた。


(名前を答えてくれるし、怒られなかったし、見ていても大丈夫そうだな)


 セージが露店に近づいて商品やジッロの手元を遠慮なく見ていると、じろりと目を向けられる。


(さすがに邪魔だったか? でも見た目は五歳だし、なにもわからない振りをしよう。ふっふっふ。こんな時子供は便利だな)


 そんなことを考えながらセージは微笑みながらジッロを見続ける。その不思議なにらみ合いから視線をそらしたのはジッロだ。

 セージは内心で勝ったと思いながら微笑みを深めた。

 ジッロは何も言わずに商品の小さな椅子を自分の隣に置きコンコンと叩く。


(座れってことかな? しっかし無口だなこの人。巨人族ってこんな感じなのか? ゲームではそんな感じはしなかったけど。どちらかというと血の気が多めだったような)


 とりあえず隣に座ると手で握れるくらいの木材と彫刻刀のような物を渡される。そして、商品の一つをポンとセージの前に置き、ジッロは無言で自分の作業に戻った。


(同じように作れってことか? まぁ作っていいならありがたくランク上げの経験にさせてもらうけど)


 セージも黙々と作業に没頭した。セージはこんな作業が嫌いじゃなかった。

 元々手芸をしていたくらいだ。ちまちまと何かのものづくりをすることは苦にならない。


 露店なのでたまに客が来るのだが、三人目以降はその対応をセージがするようになった。ジッロは商品の効果を呟くだけで接客はしなかったので、見かねてセージがやったのである。

 値段は商品台に六個の枠があり、それぞれ値段が決まっているため簡単だった。


 セージは接客と彫刻を続ける。隣ではジッロがものすごく複雑なものを作っている。

 二人は特に話をするわけでもなく、出来た物をジッロに見せると出来が悪いところを指差されてセージはそこを修正する、ただそれだけのコミュニケーションしかない。


 そして、それを繰り返し、合格点にたどり着くと新しい物を渡される。

 巨人族の大人と人族の子供が露店で二人黙々と作業をするという、はたから見るとなんとも不思議な空間だったが、なぜか調和していた。

 二個目を作り終えたとき、また新しい物が渡されるのかと思ったらジッロは片付けを始めた。そこで、セージは日が落ち始めていることに気がついた。


(もうこんな時間だったのか! 早く孤児院に帰らないと)


 セージは片付けを手伝いながら、ステータスを確認する。


(木工師のランクに変化なしか。まぁそんな簡単には……んっ? 細工師のランクが上がってる?)


 細工師のランクが14から15に上がっていた。


(マジか! なるほどな! 木を削るのは木工ではなく細工に分類されるわけだ!これだけで上がったとか細工師は上がりやすいのか? ジッロがすごいのか? もしくは元々15に上がる直前で止まっていたのか。何にせよ、これで細工師ランクが上がるということが分かっただけで価値があるな。逆に木工は大工仕事のような大掛かりなものでないと上がらないのか? そうだとすると鍛冶師の次に厳しいぞ)


 そんなことを考えながら片づけの手伝いをする。全て片付け終えるとジッロは荷物を担いでセージの方を向く。


「今日はありがとうございました」


 そして、急いで帰ろうとしたときジッロが口を開いた。


「毎日ここにいる」


「えっ? はい、僕は孤児院にいます? あっ違うか。えっと、今日はたまたまここを通っただけだったんですけど、また来ますね」


 ジッロは頷くと去っていった。


(毎日ここにいるっていうのは、また来いってことか? そうだとしたらわかりにく過ぎるわ。無口というかコミュ障だな。高校生までの俺かよ。ぐあっ、ジッロめ! 黒歴史を思い出すじゃないか!)


 セージは昔のことを思い出して悶えながら急いで教会に帰るのであった。

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