第5話 はじめての魔法
セージはルシールに連れられて教会へと入った。これで助かったと安心し、一息つく。
(ふぅ。何故か変な目で見られたけどなんとかなったな)
ほっとしながら教会の中を見渡す。
教会は木造の簡素な作りで、両サイドに長椅子が三台ずつ並べられ一番奥に女神像が奉られている。その上には丸いステンドグラスが嵌め込まれた場所があり、色とりどりの光が差し込んでいた。
(なかなか良いところだ。あの像はFSの女神リビア様っぽい。教会って何ができるんだろう。歴代FSではセーブポイントだったり、治療場所だったり、イベントしかない時もあるんだが。とりあえず、セーブはないだろうな。あったら安心感があるんだけど)
ルシールは椅子を拭いていた若い女性に声をかけた。
「レイラ、ちょっと来てくれ」
「ルシール様。何かあったんですか? あら、その男の子はどうしたんですか?」
レイラと呼ばれた女性は黒の修道服を着ており、十代後半のように見える。綺麗な顔立ちだが少しあどけなさが感じられた。
(レイラとルシール様か。ルシールは貴族か何かの偉い人の娘とかだろうか。服装的には冒険者っぽいし、英雄の娘ってのもありえるな)
「さっきスライムに襲われているところを助けた。HPが減っているらしい。回復してやってくれ」
「構いませんよ。それでは、lueto curo ad tu『レスト』」
レイラはなぜこんなところに一人で少年がいるのかと思い、少し困惑した表情をしながらセージに手の平を当てる。
手がぼんやり光ったかと思うと『レスト』という言葉と共にその光がセージに吸い込まれた。
セージがステータスを表示するとHP17/17と書いてある。
(おお! 魔法だ! 魔法がある! レストだよレスト! きたきたこれだよこれ! 何か呪文を唱えてるし! んっ? 呪文? よし、ちょっと落ち着こう。FSの初期の回復魔法はレストだし合ってるな。別にFSだけじゃないけど。それは良いとして、呪文っぽいのはなんだ? FS11以降は発動待機時間があったりしたけど、あれ呪文を唱えていたのか? 音声はなかったぞ)
キラキラ目を輝かせたかと思うと思考に沈むセージにレイラが困惑を深めながら声をかけた。
「どう? ちゃんと回復できた?」
「はい。全回復していました。ありがとうございます」
「全回復したのか? そんなにHPは回復しないだろう」
口をはさむルシールにセージが答える。
「HPが17しかないので。そんなにレストの回復量は少ないんですか?」
レイラはその言葉に頷く。
「そうね。私の場合は30くらいしかないわ。すごい人なら回復量は100くらいになるみたいね」
「ちょっと待て。HP17ってレベルはいくつだ?」
「レベル1ですけど」
不思議そうに答えるセージにルシールは「レベル1でどうやってファイアボールを……」とつぶやいている。
セージはそんなことに構わず、レイラに質問する。どうしても気になることがあったのだ。
「ところで、レストと言う前に何を言ったんですか?」
「lueto curo ad tuのこと? これは呪文よ」
(やっぱり呪文か。しかも日本語じゃない。英語っぽい発音だけど違うし。ラテン語か? それか、どっか別の国の言葉か、あるいはFS独自の言語か。何にせよ覚えれば魔法が使える!)
「ラエト クーロ アド ツゥ?」
セージが真似をして呪文を唱えると、ふふっとレイラが微笑んだ。
「上手ね。きっちりした発音じゃないと魔法が発動しないんだけれど、ちゃんと使えそう」
「ちゃんと発音できたら僕も『レスト』が使えるようになりますか?」
「あなたの職業は? 聖職者?」
「職業は空欄なのですが」
「あら、じゃあ町に戻ったら教会で職業を決めましょう。回復の魔法が使えるのは聖職者っていう職業だけなの。あなたも聖職者になってうんと勉強すればきっと使えるようになるわ」
(勉強? 聖職者の職業を得るだけじゃ駄目なのか)
「勉強も必要なんですか」
「ええもちろん。勉強しないとMPが上がらないからね。魔法とか自然とかちゃんと理解しないと使えないのよ」
「そうなんですね」
(それなら大丈夫だな。MPはあるし。というか勉強で能力が上がるのか。なるほど、MPが高いのは自然科学とかFSの魔法の知識があるからか。てことは呪文とかをもっと勉強すればさらにステータスが上がるのか?)
「ところで、あなたの名前は? 私はレイラ、こちらは領主様のご息女、ルシール・ラングドン様よ」
ここで今更ながらお互いに自己紹介をして、セージはルシールとレイラのことを知った。
ルシールは貴族、男爵家であり、次期当主として神木まで行っていた。
レイラは男爵家に雇われていて、定期的にこの教会に訪れて祈りや掃除をする管理人だ。普段は町の教会にいる。
「それで、なぜこんなところに来た? どこから来たんだ?」
ルシールがセージに聞く。
「わかりません」
「おい。ちゃんと答えろ。不審者として警備隊につき出してもいいんだからな」
ルシールはあまりにも不自然なセージの事を警戒していた。
(と言われても、日本から来たとか言ってもわからんだろうし。なぜここに来たかは俺にもわからないし)
そう思いながらどう答えるか悩んでいるとレイラが助け船を出してくれる。
「まぁまぁ、ルシール様。この子はまだ五歳ですよ。セージ君、神木を見た?」
「見ました。あの一番奥にある巨木のことですよね?」
「そうよ。そこまでは一人で行ったの? 誰かと一緒に行ったの?」
「わかりません。気づいたら神木の下で倒れていました。その前のことは何もわかりません」
「お母さんやお父さんの名前は?」
「わかりません」
「じゃあ、住んでいた所は?」
「それもわかりません」
レイラも困惑している。しかし、セージもわかりません以外の回答を持っていなかった。
「ええと、名前と歳は教えてくれたけど、それ以外で覚えてることある? お友達の名前とかどんな生活をしていたとか」
「名前と歳はステータスで知りました。それ以外は何もわかりません」
場に沈黙が降り、ルシールとレイラがこそこそと話をする。
「ええと、記憶喪失ですね?」
「こんな感じなのに? ステータスのこともちゃんとわかってるみたいだぞ」
「でも、本気で言っているようですし」
「名前も歳も嘘かも。絶対変だぞこいつ」
「見る限り五歳の男の子ですよ。人族にしか見えませんし。それに、わからないことだらけですが、これだけしっかりしているなら、むしろ自然な嘘ぐらいつけると思います」
レイラの言葉にルシールは黙る。
ルシールの頭は疑問でいっぱいだった。ただ、貴族としての教育もあり大人びているとはいえ十二歳。それを上手くまとめることができなかった。
そんなことを知らない、そして気にしないセージは、確認しておきたいことがあったため内緒話に口をはさんだ。
「すみません。一つ聞きたいんですが、近くの町に孤児院はありますか?」
セージはどうやって生きるかを考えて、孤児院しかないと思っていた。所持金ゼロ、スライムすら倒せない、低ステータスの五歳、つまり、最低限の衣食住さえままならないわけだ。
そして、FSの世界には孤児院の描写があったことを覚えていた。
「ええ、孤児院はあるわ。神木の道を抜けた所に町があってそこの教会が孤児院よ。私はその孤児院でお勤めをしているの」
レイラは少し戸惑いながら答える。
「僕も孤児院で住みたいんですが可能ですか? 出来る限り働きますので」
「それは大丈夫だけど、良い暮らしはできないからね」
「もちろんです。そこまで連れていってくれませんか?」
そこで二人でルシールの方を見る。
レイラはレベル10の聖職者である。魔除けの香水を持っているためスライムが近寄ることはない。
しかし、もしセージを狙ってきたときに、守って戦うことはできないので、ルシールに頼るしかなかった。
ルシールは腕を組みつつ答える。
「仕方ないな。連れていってやる。レイラ、セージをしっかり見ておけよ」
こうしてセージたちは町に向けて歩き出した。
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