すべてはこの世界を楽しむために

出井啓

第1話 プロローグ

 木漏れ日の森。

 梢や葉が触れる音と共に心地いい風が通り抜ける。

 そこに一人の少年が立ち尽くしていた。


 その少年の目の前には樹齢何千年かと思うほどの巨木が立っている。

 長い年月この地を見守っていた風格、御神木のような神聖さが感じられた。

 まるで、大地や空気さえ清浄に思えるほど。

 日本の東京では感じられない空気がここにはあった。

 少年は呆然としながら思う。


(どこだよここ)


 その疑問に答えてくれる者はいない。

 ただ一人、巨木の前で立ちつくした。


 **********************************************


 森で立ち尽くすことになる数時間前のこと。

 しがないサラリーマンである石川誠司は自宅に帰り、ご飯を食べながらネットを見ていた。

 それは誠司にとって日課のようなものだ。

 その日は開発に取り掛かったと言われているゲーム、ファンタジーサーガの最新作の情報を調べていた。


 ファンタジーサーガ、通称FSとは世界的に大ヒットしたロールプレイングゲームだ。勇者が魔王を倒す基本構造の中に深いシナリオ、新しいシステムが導入され続けており、26年の時を経てなお人気がある。


 誠司の唯一の趣味はゲーム、その中で最も好きなものはFSである。5歳の時にFSが発売され、それから26年間プレイし続けていた。

 16作目となる新作のFSが制作されると聞いてから、1から15をプレイし直しているくらいだ。

 新作が出るたびに何度も繰り返しプレイし、リメイクでもスピンオフ作品でもとりあえず買ってクリアするような熱狂的なファンである。


 ふらふらとネットの海を漂い、最新作の情報を探しているときに、速報で流れてきたニュースに愕然とした。

 FS開発者である中嶋圭吾氏が亡くなったとのことだった。


(まさか、そんな……)


 御歳65歳、高齢ではあるが年齢を感じさせない溌剌さがあった。ついこの間の記事で最新作FS16の開発に向けて意欲を語っており、誠司は年甲斐もなく心が踊っていたのだ。


 FSはどうなるのだろう。誠司は半ば呆然としながらネットの記事のリンクを彷徨う。

 FSは終わったとか、製作者たちが受け継いでいくとかそんな意見が飛び交う中を進み、あるサイトに飛んだ。


 新型ファンタジーサーガ体験版プレイヤー募集。


(本当か、これ)


 開発に着手する話をしてから僅か一ヵ月。誠司は最新作が出来上がるまで一年以上はかかるだろうと想定していた。


(こんなに早く新作ができる訳がないし、きっと誰かがネタか趣味で作ったものだろうけど。でも、見てみるか)


 趣味で作られた物だろうと出来が良ければ構わなかった。今はFSの世界に浸りたい、そんな気持ちでクリックする。

 すると、急に質問が始まった。


『このFS体験版に登場するスライムの経験値を答えよ』


 FS体験版をプレイするためだと言うのにこの質問はおかしい、と普通なら思うだろう。しかし、誠司にとっては簡単な問題だった。


(これは1だな)


 FSをプレイし続けたからこそ自信を持って答えられた。歴代FSに登場するスライムの経験値は全て1だからである。


(質問に正解したらプレイできるってことか? クイズ自体がゲームって可能性もあるな。まぁ何でもいいか)


『このFS体験版に登場する人物を三人答えよ』


(モノノフ・ローレン、カイザフ、ライラ)


 次々出される質問に誠司は余裕で答えていく。この三人はモブキャラではあるが、FSシリーズの複数のナンバリングで現れるのだ。モノノフ・ローレンは初期から、カイザフはFS7から、ライラはFS11から必ず名前か姿が見える。


(この質問の仕方はネット検索対策だろうか)


 大抵のことはネットで調べればわかる。しかし、新作のことについて聞かれたらわからない。


(時間制限は書かれていないが、もしかしたら回答に時間をかけると終了になるのかも知れないな)


『このFS体験版に登場するキール・ハワコナの父親の名前を答えよ』


(ザッカー)


 質問に淡々と答えていく誠司だが内心テンションが上がっていた。

 スライムの経験値くらいなら答えられる人は多い。

 だが、ザッカーの名前はそうはいかない。FS3に出てくるキャラ、ザッカーを覚えた上で、FS11に登場する町の領主キール・ハワコナの話を聞き、FS12でそのキールがザッカーの息子だとモブキャラの話から推測して、やっとわかることだ。相当やりこんでいないと答えられない。

 ちなみにザッカーの死後、キールが家名を貰っているのでザッカーはハワコナではない。


 その後も正解を重ねていき100問目に達した。


『最後の問題です。このFS体験版をプレイするあなたの名前を答えてください』


(これは本名じゃなくてキャラネームのことだよな? やっと最後か。なかなか骨があるクイズだったな。今までの作品の事を思い出せたよ)


 ノスタルジーのような感情に浸りながら、セージと入力してEnterキーを押す。

 その瞬間、目の前がシャットダウンするかのようにブラックアウトした。


(なんだ? 停電?)


 誠司は焦って立とうとしたが、体の感覚もなくなっていた。


(なっ、えっ、どうなってる!?)


 気持ちは焦っているのに、徐々に意識がなくなっていく。


(これは、死ぬ、のか? 過労? ってほど全力で働いていたわけでもないのに)


 そんなことを思いながら意識を手放す直前、真っ黒な視界に文字が浮かんだ。


『FS体験版へようこそ』


 それはFSで採用されている馴染み深いフォントであった。

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