廃屋ぐらしの女の子 ~ 二人になったので、生活レベルを上げましょう ~

一色 遥

第1話 贅沢な朝御飯

 ある晴れた日。所用を済ませ、空腹に唸り声をあげるお腹をさすりながら、住家すみかであるオンボロ廃屋へと戻ると……そこには、焦げ茶色の猫人族見知らぬ女の子が、私のお味噌汁と白米贅沢な朝御飯を、一心不乱に食べていました。


「はぐっ! んぐ……っ! むぐんぐ!」


 ずたぼろな屋根から差しこむ、とても明るい光に照らされた女の子が口に含む度に消えていく、お味噌汁と白米私の朝御飯。その勢いはすさまじいものがあり、まるで天地揺るがす大竜巻のような吸い込みっぷり。勢い任せなこともあって、時折喉に詰まらせるものの……そこはお味噌汁でぐいっと飲み込んで、さらに食を進めていたり。


「って、私のごはんんんんー!?」

「ふにゃあぁぁぁぁああぁぁぁぁ!?」


□□


 そもそもの始まりは、私がおんぼろ屋根から差し込む、心地よい光で目覚めたところから始まります。目を閉じていてもなお感じるその眩しさに、私は横へとごろりと転がって、ゆっくりと目を開きました。

 明るさにしぱしぱする目に痛みを覚えつつ、次第に慣れてきた目で屋根を見れば、屋根に空いた穴からは、真っ青に晴れた空が見え……。どうやら、今日はすごく良い天気みたいです。


 身体を起こし、固まった筋を伸ばし、寝床からゆっくりと立ち上がり……のそのそと服を着替え始めました。

 スポッと下から着れば良い木綿の服に、伸びた草で怪我をしないためのパンツ。母譲りの紅葉色した髪を手櫛で整えて、ついでに頭の上にある狐人族きつねひとぞくの証たる耳の毛もちょっと整える。最後に、お尻のところに小さく空いた穴から、尻尾をもふっと取り出して……着替え終了!

 そう、これが私……今年十六歳になる、稲荷 紅葉いなり もみじのいつもの服装なのです。


「さて、今日はとても良い天気ですし、朝御飯も少し奮発しちゃいましょう」


 ぱんっと手を叩いて、早速準備に取りかかります。

 主食は雑穀……ではなく、白いお米に山菜をいれたお味噌汁。山菜を使った漬物も出して……うん、とても贅沢な朝御飯です。白いお米なんて、年に数回食べるかどうかですからね。それでも前はもう少し食べれていましたが……今の生活では、年に数回食べるだけでも、かなりの贅沢でしょう。


「ではでは、頂きます」


 そっと手を会わせ、箸へと手を伸ば――――バァン! と我が家の入口が叩き開かれた。


「先生ぇ! ばあちゃんが!」

「……灰人かいとくん? えっと、何事でしょう?」


 轟音を響かせ、家へと飛び込んできたのは、私の家から一番近い場所にある『小牧村』に住む、灰色をした狼の耳と尻尾を持つ少年、灰人くん。まだ八歳ではありますが、れっきとした狼人族おおかみひとぞくで、日に日に逞しくなっている男の子です。

 そんな灰人くんがおばあちゃんと呼ぶ人物といえば……真白ましろさんでしょうか?


「ばあちゃんが、腰が痛いって! 今日は畑仕事も途中でできなくなって……!」

「なるほど。……分かりました、すぐ準備をしますので、少し待っていてくれますか?」

「ああ!」


 そうして私は、出来立ての朝御飯にしばしの別れを告げ……灰人くんと共に、小牧村へと向かったのでした。


□□


 それから真白さんに塗り薬の処方をして帰ってくると、こんな大変な事態に。まさかまさかの事態です。


「よもや、死因が……餓死、とは……」

「死っ!? そそそそんなっ、私、私人殺しになっちゃうの!?」

「ああもうお腹が……お腹が……」

「どどどどうしよう!? どうしよう!?」


 ショックと空腹に、私がへたりと地面に倒れると、猫人族ねこひとぞくの女の子は慌てた様子であたふたあたふた。なにかを差し出そうにも、今しがた綺麗に食べ終えたばかりのお皿には米粒ひとつなく、それに気づき更にあたふたと。


「ああ、せめて最後に……父と母に、会いたかった……」

「し、死んじゃだめぇぇぇぇぇぇ!」

「……先生、とりあえず台所借りてもいいか?」


 ふむ、そうですね。そろそろ良い頃合いでしょう。

 あまり責め立てて、女の子の心にトラウマを植え付けてしまうのも忍びないですし、この辺りが“良い薬”という程度ですね。


「とりあえず有り合わせでなにか作るから、先生は部屋で待っててくれ」

「ええ、お願いします」

「えっ、えっ!?」

「そこの貴女は、私と一緒に来てください。聞きたいことはたくさんありますから。……よもや、逃げようと思っている、なんてわけはありませんよね?」

「は、はははひ!」


 事態に追い付けていない頭であっても、しっかりと返事を口にし、頷いたところを見るに……元々親がいない、という子ではなさそうです。亡くなったか捨てられたか。どちらにせよ、片手より少ない数年というくらい前の話でしょう。


「ではそちらに座ってください」

「……はい」

「そうですね。まず……臭いですね」


 正面に座って見れば、女の子の状態はあまり良いとは言えない状態なのが見てとれました。髪は肩上ほどの長さですが、汚れもあってベタッとした印象がありますし、耳と尻尾の形から猫人族であること、身長から灰人くんよりも年上なのは分かりますが、あまりにも肉付きが悪すぎます。それに、服の裾から見える腕には、木の枝や葉などで切ったような痕。きっとふくらはぎなどにも、多数の切り傷があることでしょう。


「うぐっ」

「貴女を悪く言っているのではなく……ただ、臭いので、話の前に一度その臭いをある程度マシにしましょうか」

「え、っと……?」


 意味はわかるが、何をするのかがわからないという風に首を傾げた女の子の手を引き、私は家の外へと連れ出す。家を出る前に見た台所では、灰人くんがせっせと野菜を切り、お湯を沸かすところが見え、特に危ない素振りもなかったので、少し感心してしまいました。

 そんな気持ちで家の外に出た私は、女の子の手を引いたまま、近く流れる川へ。そう、身体を洗うのです。


「さて、まずは服を脱いで、しっかりと身体の汚れを洗い落としましょう。身体を洗うときはこちらを使ってくださいね」


 そう言って差し出したのは、てぬぐいで作った糠袋。白米を購入した際、ご厚意で頂いたものだったりします。

 糠は凄いのですよ? 保存食を作るだけでなく、身体を洗う時に使えば、汚れを綺麗に落としてくれますし、田畑に撒けば肥料にだってなるのです。もちろん、普通に食べることだってできますから!


「は、はい!」

「ああ、ごしごしとすると痛みますから、優しく滑らせて」


 力任せに擦ろうとする手を止めて、教えるように手に持ったままの糠袋を動かしてみせます。すると女の子はわかったように何度も頷いて、今度は一人で、ゆっくりと身体を洗い始めました。

 留守泥棒……いわゆる空き巣という行為を行ってしまったのは置いてくおくとして、本来の性格は素直な子というのは間違いないでしょう。このご時世、食うに困っての泥棒行為というのは、私の周りに無かっただけで、頻繁に行われているというのは理解していますし……私の家のように、外から見れば廃屋当然の家に、美味しそうなご飯がおかれていれば、飛び付いてしまうのもやむなし、というものでしょう。 


 しかし、ふむ。


「……ひゃっ!?」

「ほら、しっかりと隅々まで洗わないとダメですよ?」

「え、や、でもその!」

「じたばたされると、洗いにくいのですが?」

「う、うぅぅぅ~!」


 脇の下とか、首筋とかおへその辺りを糠袋で優しくなでこすり。くすぐったいのでしょう? そうでしょうそうでしょう……しかし、今は耐えていただきます! そう、私の……を食べた恨み、晴らすまでは!


 しかし、枝や葉によるものと思われる切り傷や擦り傷はありますが……誰かに殴られたような跡は見当たりませんね。つまり、ご家族が亡くなられたか、自ら家を出てきたかのどちらかと見ても問題なさそうですね。


「……さて、身体は洗い終わったみたいですね。では次に、こちらの灰で髪も洗ってしまいましょうか」

「ふぇぇ……えっ!?」

「驚くのも無理ないかと思いますが、灰は万能なんですよ? お皿を洗ったり、こうして髪を洗ったり、田畑に撒くと、よく実るようになったりもしますから。ほら、そこに背中を向けて座っていただけますか?」

「は、はい」


 おずおずと、川の傍にあるそこそこ大きな石に座った女の子に微笑みつつも、私は水を混ぜてどろどろになった灰まみれの手で髪を洗いはじめました。最初こそベタッとしていた髪も、丁寧に何度も洗い流してあげれば、最終的には手が簡単に通るくらいの髪質に。

 まあ、ひとまずこんなもので良いでしょう。


 それにしてもこの子……肉がつけば結構可愛い子なのでは?

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