第31話 カーテンコール

 降り続いた雨も小休止し、綺麗な青空が久方振りにお目見えする。

 文化祭も終わり、学校内の空気もひと段落した。

 そんなある日のお昼休み。俺はいつかのように天空廊下でナギと肩を並べていた。


「で?呼び出しといて何でさっきからずっと無言なんだ?」

「いいじゃん。せっかくの梅雨の晴れ間だし、日光浴は大事だよ」

「ジジイか」


 たしかに久しぶりの晴れだし、吹き抜ける風は心地良い。

 ただし貴重な昼休みがこんな無為に浪費されて良いはずが無い。


「用がねぇなら戻るぞ」

「まぁまぁ、用が無いなら用を作ろうよ」

「無用の長物じゃねぇかそれ?」


 人はそれを、無駄と言う。


「じゃあオレの用に付き合ってよ」

「それ、俺が付き合う必要あるか?」

「タケっちに用があるからね」

「俺に?」


 何だ?また厄介ごとか?

 だったら勘弁してくれ。媛のおかげであの後夜祭での噂がやっと立ち消えたばかりなのだ。もう少し安息の日々に浸らせてほしい。

 しかしその心配は杞憂に終わる。


「ありがとう、タケっち。おかげで全部上手くいった。奏音もそうだし、オレの家もそう」


 そこで言葉を切ったナギは、姿勢を改めると真っ直ぐに頭を下げた。


「本当にありがとう」


 そしていつまでも顔を上げない。


「わ、分かったからとりあえず顔上げろ!なんか落ち着かねぇ!」


 同級生からそんなキチンとしたお礼をされるこちらの身になって欲しい。どうしていいか分からん。

 それに感謝しているのはこちらも同じだ。

 ナギ達のおかげで自分の気持ちを知るきっかけを得られたのだから。

 やっと顔を上げたナギと二人、手すりに体重を預けて中庭を見下ろしながら風を浴びる。


「なぁ、一つ聞いても良いか?」

「オレに答えられることなら良いよ?」

「お前さ、仕組んだだろ」

「全部って?」


 文字通り全部だ。

 でないとおかしい事がいくつもある。


 俺が最初に違和感を持ったのは校長室に呼び出された時。

 金田と最後に会ったのが俺である、という発言を聞いてからそれがずっと引っかかっていた。

 ライブハウスで金田に会った日、あの時あの場にいたのは俺と金田と尊都だけのはず。

 尊都が伝えた、という線は薄いだろう。翌日には寮へと戻っているし、その間のほとんどの時間を家で一緒に過ごしている。それにそもそも金田の親と連絡を取る手段も動機も無いはずだ。

 俺に関しちゃそもそも金田とまともに話すようになったのはこの一件が起きてからである。

 そうなると金田本人から漏れたと考えるのが普通だが、タワーでの話しから察するにその話はしていないと思われる。

 となると考えられるのは第三者の存在だ。

 その場に居らず、でも事情を知っている存在。必然的に対象は絞られてくる。


「それに、弟妹達の世話をしてるはずのお前が家出直後の金田に遭遇する、っていうのも違和感がある」

「なるほど。で、証拠はあるのかね?」

「その発言をする奴は大体クロなんだが」


 推理ドラマであればここで決定的な証拠を突きつけたりするのだろうが、是が非でも突き止めなければいけないという事でもないので、証拠なんざ準備する気もさらさら無い。


「そっかそっか、さすがタケっちだなぁ」

「という事はもしかして……?」

「ご明察。父さんから頼まれたんだよ。『泊めてやってくれないか』って」


 だからあんなにも悠長でいられたのか。

 あんな事を言っておきながら、事前に予防線を張っていたらしい。一杯食わされた気分である。

 それと同時にナギの不可解な言動も辻褄が合って……来ないな。

 コイツの言動は文化祭での企みを除けば意味不明過ぎる。やはり常人に天才の事は理解出来ないらしい。考えるだけ無駄だ。


「そうだ、もう一ついいか?」


 あとひとつ、気になっていたことがあった。


「親父さんに俺のことをどう説明した?」


 校長室であの男は何故か俺を睨んでいた。

 もともとそういう目つきだというのならそれまでだが、あの視線は明確な意思によって俺に向けられていたように思う。

 ナギから情報が渡ったというのであれば、コイツが原因としか考えられない。


「ん?特に?」


 しかしナギはケロっとそう答える。

 少し俺の思い込みが過ぎていたのかもしれない。


「そうか」

「うん。普通に『奏音を救う王子様』ってだけ伝えたよ」

「やっぱり余計なこと言ってんじゃねぇか!!!」


 今どき『王子様』なんて冗談でも恥ずかしくて言えん。

 それを父親相手に言えてしまうあたり、二人の関係はそこまで悪いものではなかったのかもしれない。

 もし、もし今のようないびつな形でなく、普通の家族であったのなら……いや、タラレバを言い出せばキリがない。

 それに普通の家族、というのも曖昧過ぎる。俺の家だって普通かと問われれば素直に頷くことは出来ない。じつは普通というのが一番難しいのかもしれないな。


「なんにしても、タケっちに借りが増えちゃったなぁ」

「そうだな。これで貸しは二つ目だな」

「え、一つ分で良いの?やったぁ!」

「待った!やっぱし二つ……いや、三つ分だ!」


 文化祭は二つ分くらいは働いた。それと最後まで秘密を守った。以上で計三つだ。


「だーめ!男に二言は無し!」

「この人でなしめ!」


 夏を感じさせる爽やかな青空に、朗らかな笑い声が響く。

 この先に待つ運命のいたずらの影を、この時の俺はまだ知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の去ぬ明日の生き方を、俺は今も分からずにいる。 森木林 @morikirin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ