君の去ぬ明日の生き方を、俺は今も分からずにいる。

森木林

プロローグ

 四月。

 桜咲く季節、などと形容される季節ではあるが、この時期まで桜が満開で咲き誇れるのは寒い北の大地ぐらいのもので、関東地方では満開を通り過ぎた七部咲きがせいぜいである。ただそこには葉桜が混じるので感覚的にはもっと少なく感じられる。

 そしてそんな評論家気取りの実況をしている間にも、花びらたちは穏やかな風に誘われ、小躍りしながら散ってゆく。

 人の目から見れば美しい花吹雪であるが、散りゆく花びら達からすればそれは、その生においての最期の瞬間である。

 この世に生まれたあらゆるものには、必ず終わりが訪れる。それは人だろうが、動物だろうが、植物だろうが、無機物だろうが、なんなら惑星や宇宙でさえも終わる時が必ず来る。


 終わる時、それはすべてが零へと回帰する瞬間。


 それまで積み上げた徳も、利益も、経験も、人脈も、そして思い出も。

 今生の別れというのはそれらが積まれているほどに辛く苦しいものになる。つまり、一生懸命に生きれば生きるほど別れが辛くなると言い換えることが出来る。

 ならばせめて一生懸命に生きるということ幸福のみで構成されていれば良いのだが、現実はそう甘くない。辛いこと、苦しいことも否応なく組み込まれている。

 以上のことから言えるのは、楽な道を選んで生きることが最善である、ということである。

 幸せになろうなんて夢をみる。希望を持つ。それらが苦難の根源なのだ。


 桜の花びら達はいまも同胞のあとを追うように今世に別れを告げる。

——小躍りするような楽しい最期を、果たして俺は迎えられるだろうか。

 そんな今から何十年も先になるであろう自分の死に際を想像して、無駄に憂鬱な気分になっていたある春の午後。


 俺は出会ってしまった。彼女という希望絶望に——。

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