浮くは雫、沈むは大海~輪廻転生に逆らうは常なり

藤泉都理

序章

第1話 出会いは必須?もう一度恋をしよう




 何の偶然でしょうか?ごく普通の一般家庭に生まれた少女は稀な能力を得ました。

 幾ら輪廻転生を繰り返しても、記憶は積み重なり失う事はない。

 謂わば。

 不死の力を。




 少女は悲観する事など全くなく、どの時代も愉しんで生きていました。

 例えば辛く苦しい時代に遭遇しても。

 どんな刻にも愉しみを絶やさそうとしない少女に興味を持ったのか。

 気紛れな神様は異空間を飛び越える能力を授けました。

 



 これからまだまだ途方も無い時間を生きなければならなかった少女は、喜んでその能力を使い、今もなお色々な世界を旅しています。




 これから語りますのは、彼女と彼女を捜す少年が織り成す、ほんの一刻の物語です。















 

 人類が宇宙に飛び立ち、様々な星に移住してから数百年が経った現在、約百もの惑星は不可侵平和条約を結び、それらの星々から代表者を募って創設された『SPO(Space Peace Organization)により統監されていた。

 そのSPOの長は代々投票制により決定されていたが、数十年前から或る一族が世襲するものとなってしまった。



 条約国の一つ、惑星『鴻蘆こうろ』。


 地球の四分の一ほどの大きさのこの惑星は、或る王族が統治する一国で成り立っていた。ほぼ全ての住民が生活する中心部の町の高い建物と道路は灰色の石で作られており、街路の傍らには水が流れ、町を覆い囲うように農業や公園などの緑が、その自然の外側の或る場所に建てられた真っ白な城と工業地帯、さらにその外側に真っ青な海があった。

 全ては先祖がたゆまない努力と苦労にそれらに勝る希望を持って定着させた人工物である。



「と言うわけで。あなたは私の妻だったんですよ」

「あんた。大丈夫か?」



 懇切丁寧に説明した末のその言葉に、冷たい視線に。だが少年は心折れることなく、二人の間を遮る鉄格子を握り、距離を縮めた。

 なんかもー、全身から無気力な空気を滲ませる少女との。



「何でそんななの?昔は元気溌剌だったじゃん。瞳とか爛漫に輝かせてたじゃん。今は何でそんな死んだ魚みたいな瞳なの?何でそんなぼさぼさの髪形なの?何でそんなタルんだ服装なの?何でそんな『世の中どーでもいいや』みたいな態度なの?いや、でもそこは昔と変わらないかな」

「あんたさ「何で女の子なのにそんな言葉遣い!?昔の『あおい』は何処行ったの!?てゆーか」

「何で記憶ないんだよー!?」



 怒涛の疑問投げの末の大絶叫に、少年に『葵』と呼ばれた少女は首を掻きながら、長い息をついた。


 可哀想に。



「とかゆー視線向けるな!全部事実なんだよ!」

「分かった、分かった」

「その場しのぎで頷くな!」

「…………」

「な、何だよ」

「お巡りさん。面会終「だー!もーちょっと話聞いて!」



 鉄格子の間に腕を突っ込んで待ったをかける少年の余りの必死さに、くるりと背を向けた少女は仕方がないと振り返った。



「仮にあんたの言う事が事実だとして、その葵?偶然私と同じ名前の人?は記憶を持ってるんだろう?だが私にはあんたの記憶は一切ない。全然。つまり、あんたが捜している葵とは別人ってわけ」


 少年に反駁する暇を与えずに、少女は言葉を紡いだ。


「第一に。その葵が輪廻転生を繰り返してるってんなら、昔と姿形は全く違う事になる。何であんたは私がその葵だと断定する?」

「決まってんだろう」


 ふっと口元を綻ばせて後、少年は穏やかな笑みを浮かべた。


「俺の欠けた魂がおまえだって言ってんだよ」

「あんた娯楽の影響受け過ぎだ」



 少年は心にとてつもない衝撃を受け、ガクリと片膝を地面に落とした。



「空想の中だからこそ、そーゆう科白は効力が発揮できるんだ。実際言われたら引くだけ。つっても、まー、一個人としての意見だから、とりあえず今後の参考にでもしとけば?」

「…分かった。おまえの前で気障ったらしい言葉は使わない」

「だから、私はあんたの捜し人じゃないって」

「いや。絶対おまえだ」



(よくまぁそこまで断定できるな)



 疑問は尽きないが、一番気になるのは。

 事実だろうが妄想だろうが、何故ここまで追い求める。のか。



(まぁ妄想だったら、思い通りの理想の女が作り出せるわけだから当たり前か)



「そんなにいい女だったのか?」

「ああ」

「あんたと幼い子どもを置いて出て行ったんだろう?しかも『旅に出ます』って言う薄情な手紙一枚残しただけ。要するに捨てられたわけなんだから、諦めりゃいいのに。折角生を受けたのに前世の記憶を引きずって。勿体無いだろう。私なら新しい恋に向かうね」



 素っ気ない物言いだけに、針で突かれるような小さな痛みが生じるが、それ以上に。



(また似たようなこと言いやがって)



 懐かしさが込み上げる。



『私といても絶対幸せになれない』



 そう告げられては何度も何度も求婚を断われたもんだ。



(莫迦だな)



「そーゆう女って知って俺は一緒になったんだ。今更なんだよ。今更」



 何度突き放されようが。



「諦めるなら、とっくに記憶を手放してんだよ。洗濯機の中にな」



 逢いに行くと誓ったのだから。




(どんだけ惚れこんでんだか)



 幸福感に満ちた表情に、眉根を寄せる。


 正直に言うと、その気持ちに全く共感できない。

 どうしてそこまで追い求められるのか?


 憧れの人はいる。会いたいとも思うが。

 それは自分がなりたい理想像で。


「あんたさ」


(微妙に険しい表情になったのは気のせいか?)


「何だ?」

「仮に私がその葵だったとして、何がしたい?結婚もした。子どもも産んだ。短いが子育てもした。夫婦としてやる事はやっただろ?」

「全然足りない」

「は?」



 少年は呆気に取られた表情をくっきりと浮かべた少女の瞳を真っ直ぐに捉えた。

 もう、見離さないと言わんばかりに。



「もっと子ども欲しかったし、もっと一緒に旅したかったし、もっともっと。一緒にいたかったし。楽しみたかったんだよ。一緒に。歳取る事をさ。なのに、あんな手紙一枚で済ませるし。不平不満とか書いてんならまだ納得できた。けどよ。旅に出るって」



 熱弁から一変、拗ねた口調になる。



「旅出てんじゃん、そりゃあもう、あの漫画の主人公に負けないくらいさ。ちょっとくらい羽休めりゃいいじゃん。何?そんなに俺と一緒にいたくなかったわけ?」

「私に訊かれても困る……仮に私が捜し人であったとしても、記憶がなけりゃあ、別人だ。悪いが。諦めろとしか言えん」

「じゃあもう一回恋をしよう」



 あまりにも気落ちした姿を見せるので、少女なりに励ましの言葉をかけたのだが。

 その結果がこの発言だ。


 一秒。一分が経ち。二分十秒後。


「はぁ?」


 これでもかと怪訝な表情を向ける少女に対し、少年を嬉々とした表情を浮かべる。

 この状況を楽しんでいるようだ。


「そーだよな。もう一回関係築くってのもいいもんだよな」

「おい」

「前は十の歳の差があったけど、今は同じくらいだしさ。本当に一緒に年取れる。な?」

「するわけないだろう」

「何で!?」


 意味が全く分からない、という表情を浮かべる少年に対し、少女は当然だと突き放した。



「あんたが好きなのはその葵であって、私じゃない。私を勝手に葵と見てるだけだろう?そんなやつと恋できるか。第一に、あんたは私の好みの相手じゃない」

「…じゃあ好みの相手って誰だよ」



 答えは容易に想像できるが、とりあえず尋ねる。



(いやちょっと待てよ。あいつってこの空間にもいるのか?)



「名を口にしてはいけないあの人だ」



(特定人物ってことはやっぱ……にしても)



「それじゃあ分からないだろう」


 ほんの少し嬉しそうな表情に、ほんの少し面白くない気持ちになる。


「…短い髪形のほんの少し鼻のでかい、空手家で変幻自在なあの人だ」


(やっぱりかー)


 どんぴしゃな答えに、やっぱり間違ってはいないと嬉しくもなるが。


「つーか。チ「莫迦。口にするな」

「あいつ「あいつとは何だ?敬称を付けろ」

「あいつさんはどの世界にも出没してんだな」

「…その葵もあの方を慕っているのか?」

「ああ。自分の理想像だってよ」

「そうか。仲良くなれそうだな。男の趣味は疑うが」

「だから同一人物だっての…てゆーかおまえ。孔冥はどうした?」



 はたと、傍にいついては中々離れなかった存在がいない事に今更ながらに気付く。



「こう、めい?誰だ?」

「おまえを異空間に連れて行くやつのことだよ。記憶がないんじゃ分かんねぇのもしょーがねぇか」

「ちょっと待て」


 少女は危機感を覚え、焦った。

 何時の間にか、記憶のない葵として見られていることに。


「何回も言っているが、私はあんたの妻だった葵じゃない」

「い~や。あんたは俺が愛した、愛する女だ」

「面会時間終了だ」



 その合図に、少女はほっと安堵のため息をついた。

 これ以上一緒にいたら面倒な事になる。絶対だ。

 女の勘がそう告げている。



「早っ。もうちょいいいだろう?」

「規則は規則だ」

「じゃあな。もう会うことはないだろうが、真っ当な人間になることを今だけ祈っといてやる」

「あ。ちょい。捜し出すからな!待ってろ!」


 頑丈な扉が閉められる前に、素早くそれだけ告げる。


「ご苦労だったな。これが謝礼金だ」

「どうも」


 少女は終了時間を告げた人物とは別の太った警官からそれを受けとり、そそくさと警察署を後にした。








「あんた何やってんですか?」

「…しょーがねぇだろう。腹減って金がなかったんだからな」


 先程終了時間を告げた黒髪長髪の中性美形警官は鉄格子越しに、牢屋の中にいる少年を呆れ顔で見つめた。


 情けなくて涙が出てくる。


「泣くなよ」

「あんた、自分が何者か分かってますか?」

「葵の夫」

「あんたはこの国の王子、草玄そうげん様でしょうが!」



 少年は頬を掻きながら、さもどうでもいいという風に答えた。



「まぁ、そうとも名乗るな」

「前世でその葵さんの夫でも、今のあんたは王子なんですから!しっかりしてください!」

「落ち着けよ。署長」

「落ち着けますかー!?」


 署長の悲痛な叫び声が牢屋に響き渡る。



 遅らせながら。

 少年の名は草玄。鴻蘆星の唯一の第一王子である。



「もうこの星は終わりだー!」

「落ち着けって」







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