爆弾ライダーお届け便
一矢射的
前編
ことの始まりは
あどけない二人の子どもが道を往く場面からでございます。
二人は私立の名門「木更津 実業学校 初等部」に通う小学生。ランドセルの中では、公立だとなかなか見かけない
「だから、
「サトリはそういうけどさ、そんなのすぐ思いつかないんだって」
「そうかなぁ、一五四九年で『以後よく伝わるキリスト教』キリスト教の日本伝来でしょう。ほら、簡単だよ。何も難しくないと思うけどなー」
「その文章ごと覚えるのかよ。四文字で済む所が、覚える量が逆に増えているじゃないかよ。なんというか、オーノーだぜ」
「オニギリ、その考え方はおかしい」
世の中にはアダ名を禁止する風潮もあるようですが、仲良しの二人にそんな世間の事情なんぞどこ吹く風。短髪のボーイッシュな少女は飯塚里子、通称サトリ。隣で五分刈りの頭を掻きむしっているのは鬼塚義利、略してオニギリ君であります。
ほら、名前の訓読みと音読みを抜き出せばオニギリが隠れていますよね?
子どもながら、いえ、子どもだからこそ、アダ名にはそれなりの意味があるものでございます。決していい加減な代物ではないのです。
それにしても、この
全てはオニギリ君の不用意な一言から始まったのです。
「じゃあ、サトリはアレを暗記できるのかよ。あそこに停まってるバイク、ナンバープレートで得意の語呂合わせをやってみろよ」
「えーなんでよ」
「昔からある語呂合わせなら、出来て当然だろ。新しく自分で作ってから自慢しろよな~」
「しょうがないなーどれどれ」
サトリちゃんが片手で目の上に
停車位置は
そして……。
『野田 い 4592』
バイク後部のプレートにはこのような文字と数字が並んでいました。
プレートの色は緑。白いラインで
さてさて、一見すれば規則無き数字の
「じ、ご、く、に」
「え? なんだって?」
「
「あー、それは確かに覚えやすいな。野田市に失礼だけど。サトリってマジで天才かもな。
「いや、そんな、小説と現実は違うって。はは、照れちゃうな」
「しかしこれ、本当に覚えやすいぞ。地獄に~行くのだ~」
「行くのだ~きゃはは」
和気あいあいとした空気も長くはもちませんでした。
門柱の陰から、バイクの運転手が現れたからです。
地獄に~地獄に~、そう騒いでいる子ども達をたったの
男の異様な気配にたじろぎ、つい顔を逸らしてしまう二人なのでした。
皮のツナギを着たヘルメット男は、チラチラ子ども達の方を気にしながらもバイクに
―― あの人なにをしていたんだろ? チラシ配りか何か? でもそれにしてはバイクが立派だったんだよなぁ。
男が出てきた柱の物陰は丁度ポストがある辺りだったので、サトリの推測はそれなりに妥当なものです。しかしながら、男が乗っていたバイクは配達や出前で使うような原付ではなく排気量250CCを越えている大型二輪でした。まるでプロのレーサーが愛用していそうなカッコいい黒の流線型バイクだったのです。
一方で
「なんだか怖い人だったね」
強烈な衝撃波で後ろから
キーンと鳴る
夕方のニュースによれば、爆発に巻き込まれて屋敷の主人が亡くなったそうです。
死んだ大田原さんは若い頃に反社会勢力へ所属しており、多く人から恨みをかっていたそうなのです。TVのアナウンサーさんは、勢力同士の抗争に巻き込まれたのではないのかと語っていました。冗談じゃありません、下手をすればサトリとオニギリも巻き込まれていたのです。
そして、爆発の原因はポストの中にあった「小型爆弾」だと推定されているではありませんか。
しかし、犯人があのバイク男なのか。
それはサトリにも判断がつきませんでした。
語呂合わせのお陰でバイクのナンバーは記憶しています。
でも、それを警察に通報するべきなのでしょうか。間違った先入観を植え付け、余計に捜査を混乱させるだけかもしれません。その上ミステリー小説によれば、反社会組織は
―― 仕返しされるかもしれない。パパやママも死んでしまうかもしれない。
そう思うと、サトリちゃんの胸はギュッと苦しくなって正義や道徳なんてどうでもいいような気がしてしまうのでした。バイク男にはこちらの顔を見られているのです。
黙ってさえいれば、見逃してもらえるかもしれません。
「里子、どうしたの? お風呂に入りなさい」
いつまでもTVの前を離れない娘を心配して、ママが様子を見に来ました。
「ご近所であんな事件が起きて不安なのは判るけど、大丈夫。すぐ犯人は捕まるに決まっているから。目撃証言も沢山出ているそうよ」
「そっか、なら安心だね」
それなら別に黙っていても構わないか、サトリの弱い心はそう決めつけてしまうのでした。
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