赤星雪朗のゲーム

@kageotoko

挑まれたゲーム

 青空を映した窓が一つだけぽっかりと開いている。

 対面の校舎に向かって飲み終えた紙パックを振りかぶった。ぎゅうぎゅうに固めて、丸くしてある。


「上級生の教室だ。殺されるぞ」


「じゃあルール変更だ。入れたら勝ちじゃなく、逃げ切ったら勝ち」


 ハリネズミのように立てた髪が揺れた。


「赤星雪朗」


 呼ばれて二人振り向く。赤星と、雪朗。


「あんたたち、またなんかやった?」


 雪朗はメガネのブリッジを中指で押さえた。


「さすが委員長、地獄耳」


「お、新しい必殺技か?」


「古いアニメのね。別名デビル…」


「地獄耳に興味持たない。指導部で先生が叫んでるよ」


 騒ぎを起こすたび、赤星! 雪朗! と続け様に叫ぶ。おかげでコンビ名として定着してしまった。渡辺雪朗はクラスに渡辺が三人いるため師も生徒も雪朗と呼ぶ。


「さっさと頭下げてきて。今日は委員会よ」


「へいへい」


 踵を潰したスニーカーがスリッパのような音を立てる。対して雪朗は摺り足のように無音だ。

 お怒りの理由はわかっている。

 校舎から運動場へと降りる階段の横に、学校側がユニバーサルデザインと言い張る荷運び用の斜面がある。その頂点から硬球を転がして、二秒後に追走スタート、ボールを拾ってどれだけ早く止まれるか皆で競った。

 仲間の一人が止まりきれず斜面を駆け抜け、用具室に突っ込んで壁に大穴を空けた。おそらくその件だろう。

 プールサイドでシャトルランをやったときも落ちてずぶ濡れになった連中の代わりに怒られた。屋上から自由落下させたバスケットボールを受け止めるまでに何回手を叩けるか競ったときも、受け止め損ねて鼻血を出した奴のせいで呼び出しを食らった。

 数回目に罰として赤星は赤茶の髪を黒く染め直させられている。濃過ぎる黒は青みを帯びて光沢を放っており、雪朗はそれを「カラスの濡れ羽色」と形容した。すると赤星は「濡れ場、いいね」と気に入り、今ではカラスの濡れ羽色とハリネズミのような髪型がトレードマークになっている。


「発起人はつらいね。次は丸刈りとか言ってたな」


「お断りだな。ツルツルとメガネじゃキャラが渋滞だ。お前だって困るだろう」


「バックレるか。超絶に難易度の高いケンケンパでもやろうぜ」


「委員会はいいのか?」


「お、お前今、委員会はいいんかい? って言いそうになったろ」


「歯、食いしばれ」


 おどけた調子で逃げる赤星を、拳を握った雪朗が追いかける。

 鞄を取りに戻ると見つかるのでそのまま校舎を出た。校門を抜けるときチャイムが鳴り、同じタイミングで背後から声をかけられた。


「またサボりか?」


 肩をすくめて振り返ると、進学クラスの桐谷だった。


「そういうお前も妙な時間にいるじゃねぇか」


 赤星が応じる。


「僕は家庭の事情だよ」


「そりゃ大変だな。俺が危うく女性専用車両に押し込まれそうになったときの話を今度聞かせてやるから、今は見逃せ」


 桐谷は赤星を素通りした。


「この間は六十位だったね」


 中間試験の結果だ。雪朗は面倒そうにため息をついた。


「僕は首位だ。インフルエンザの時を除けば、一度も譲ったことはない」


「除くなよ。インフルエンザに負けんじゃねぇ」


「普通クラス落ちなんて恥ずかしくないのかい。…次の期末、勝負しよう。僕に負けたら君は進学クラスに戻れるよう努力するんだ」


 一方的にまくし立てる。


「勝手に決めんな。お前が負けたら全校生徒の前でハーレクインロマンスでも朗読すんのか」


 そう茶化すとようやく赤星を見た。思いのほか強い目だ。そして雪朗に向き直り、耳元で何か囁いた。

 雪朗の顔色がさっと変わった。

 その反応に満足そうに鼻を鳴らすと、桐谷は立ち去った。二人でその背を見送る。

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