副会長様の言葉は

藍條蒼

文化祭では

「宮部会長、文化祭の出し物の件でご提案がありますの」


 下校の音楽が流れる中、日本の御伽噺かぐや姫を連想させるような、漆黒の長い姫カットの髪を風に揺らし、この山吹高校の生徒会副会長である山吹姫花は声をかけた。


「え、い、今⁉︎」


 声をかけたられた会長、宮部総士は、今まさに帰り支度を終え、生徒会室の扉を開け家路への第一歩を踏み出し始めていた足を慌てて戻し、反動でずれた眼鏡を掛け直しながら姫花に向き直る。


「い、いきなりどうしたの? 山吹さん」


 早く帰りたいんだけど……と訴えるかの如く扉に手をかけたまま、苦笑いを浮かべる総士。その顔を見ても何食わぬ様子でコツコツと姫花は歩み寄る。


「私(わたくし)やはり思ったのですが、今年の演劇の出し物は生徒会役員がメインの配役を務めるのが良いと思いますわ」


 さも当然とでも言うようににこりと微笑んで提案する姫花に、総士は慌てて反論する。


「へ⁉︎ いやいや、何言ってるの。毎年演劇部が担当しているから、今年も変わらずそれで行こうって今日決めたばっかりだよ⁉︎」


「ですが、例年であれば確かに大会での入賞実績などもあり、彼らに任せる他ないと思っておりましたが、今年の演劇部は地区予選敗退ばかり。そんな彼らに任せるよりも私達の方がよっぽど素敵に演じられると思いますわ」


 負けじと言い返す姫花に、確かに敗退はしてるけど、と困ったように総士は頬を掻く。


「そうは言っても、普段から演劇をやっている彼らと、演劇にあまり親しんだことのない僕達とじゃ、そもそものレベルが違うと思うけど」


 やんわりと断り、なんとか諦めてくれないかと願う総士とは裏腹に、姫花は更に得意げになる。


「その点は問題ありませんわ。演劇部の行う演劇と、生徒会役員が行う演劇とでは、観客の皆様の求める目的が異なりますもの」


 どう言うこと? と首を傾げる総士に、姫花は話を続けた。


「演劇部の演劇にはもちろん、それなりのクオリティが求められますわ。それもこれまでの入賞歴もありますからかなり高いレベルの物が。対して私達生徒会役員は、生徒会役員が演劇をやっていることだけに意味がありますの。クオリティは二の次です」


 姫花の説明に、その通りだけどと総士は余計に頭を抱える。


「ご安心なさってくださいませ。やるからには全力で取り組みますわ。最高の舞台にして見せます。それが山吹家の者の務めですもの」


 その自信はどこから出てくるんだという程自信に溢れた姫花の言葉に総士は唸った。


「山吹さん、今日の音楽の授業で観たミュージカルに感化されたんでしょ」


「そ、そんなことありませんわ! 文化祭がより盛り上がるようにと考えての結論です!」


「本当に〜?」


 うだうだと渋る総士に最後の一押しだと言うように、姫花は副会長の椅子に腰を下ろす。


「それに、理事長の娘であり、生徒会副会長である私の言葉は」


「絶対、ですもんね……わかりました」


 降参だと手を上げ、総士も自分の席である会長の椅子に座る。


「物分かりが良くて助かりますわ。宮部会長」


 自分の思い通りにことが運ぶ様子に、姫花は嬉しそうに手を合わせて喜んだ。


「でも、こうさせてくれる?」


 机に肘をつき、頭を抱えて総士が提案を出す。


「今年の文化祭の演劇の配役は全校生徒からの公募で決める。自薦他薦は問わない。オーディションを全校集会で行い、投票で決定する.……これでどうかな」


「そ、そんな面倒なことしなくても生徒会で完結させてしまえばいいと思うのですが」


 新たな提案に不満を漏らす姫花に、総士は得意気にこう続けた。


「山吹さん、文化祭がより盛り上がるようにって言ってたでしょ? この方が皆盛り上がると思うけど……それとも、山吹さんがやりたいだけだった?」


 意地悪な笑みを浮かべて問いかけてくる総士に、姫花はふんと顔を逸らした。


「そ、そんなわけありませんわ! 確かに全校でのオーディションは盛り上がるかもしれませんわね!」


 ツーンとそっぽを向いて話す姫花に、総士は苦笑を浮かべた。


「そう拗ねないで。山吹さんならきっと受かるよ。僕も応援してるね」


 宥めるようにそう言って、総士はさて、とパソコンを開いた。


「拗ねてなんていません! って、何をしていますの?」


 話は終わったのに帰る気配を見せない総士に、姫花は不思議そうに尋ねる。


「企画書作らなきゃ。帰ったらだらけちゃいそうだから、ここでやっていこうと思って。あ、山吹さんは先に帰って大丈夫だよ。暗くなる前に気をつけてね」


 そう言って真剣な表情でパソコンに向かう総士を見て、姫花は座り直した。


「え、帰らないの?」


 その様子に気付いた総士が声をかけると、姫花は鞄から教科書を出しながら答えた。


「貴方がサボらないように、予習でもしながら見張っててあげますわ。どうせ連絡すればすぐお父様が迎えにきますし」


 サボらないよ、と総士が苦笑いを浮かべると、姫花はふん、と鼻を鳴らして教科書を開いた。

 パソコンのキーボードを叩く音と、ノートに鉛筆が走る音。

 しばらくの間物音だけの静かな時間が流れた。



「山吹さんは、何の役やりたいの?」


 不意にパソコンに向かったまま総士が何気なく声をかけると、姫花は手を止めて答えた。


「ジュリエットですわ。やるからにはヒロイン役に決まっていますでしょう」


 得意そうにそう答える姫かに、総士はそっかぁと呟いた。


「貴方は何役に応募しますの?」


「え⁉︎」


 予想していなかった返しに、総士はキーボードを打つ手を止めて姫花を見た。


「まさか、応募しないなんていいませんわよね」


「い、いや、僕は演技なんて、全然できないし……」


 頭を掻きながらそう答える総士に、姫花はつまらない、と溜息を吐いた。


「ならば私が、ロミオに推薦しておきますわ。他薦もあり、なのでしょう?」


 淡々とそう告げる姫花に、総士は焦ったように釘を刺す。


「た、他薦はちゃんと本人の許可を得ないと通らないから!」


 ちゃんと企画書にもそう書いてる最中だし、と総士は姫花にパソコンの画面を見せる。

 つまんないですわ、と肩を落とす姫花に、総士はあはは、と乾いた笑いを溢した。


「私、宮部くんとロミオとジュリエットをやりたいわ……」


 ボソリと呟いた姫花の声に、総士はどうした?と聞き返した。


「な、なんでもありませんわ! 早く企画書を完成させなさい」


 急に怒られ、なんだよと言いながらも総士は企画書を書き上げた。



「本当に乗っていきませんの?」


 企画書が書き終わる頃にはすっかり辺りも暗くなってしまい、姫花は心配そうに総士に尋ねる。


「大丈夫大丈夫、家結構近いから!」


「遠慮なんていりませんのに……」


 そんな高そうな車になんて恐れ多くて乗れないよ、と拒む総士に、姫花はしょんぼりと肩を落とした。


「こんな遅くまで、付き合ってくれてありがとね、山吹さん」


 にっこりと微笑んできた総士に、姫花はパッと口元を手で覆った。


「べ、別に私も予習がしたかっただけですわ! あなたの為じゃありませんもの」


 気まずそうに視線を逸らす姫花に、総士は不思議そうに首を傾けた。


「そう? でも、山吹さんが僕を生徒会に推薦してくれて本当によかったよ。感謝してる」


 ふと、懐かしそうに思い返しながら総士が話し出した。


「え?」


「僕生徒会とかすごく憧れてたんだけど、自分じゃ無理だろうなって応募する前に諦めてたから……今学校生活が充実して楽しいのは、山吹さんのおかげだね」


 まぁまさか会長になるとは思ってなかったけど、と笑いながら話す総士に、姫花はツンと横を向いた。


「別に、私の言うことを素直に聞いてくれる扱いやすそうな人に会長になって欲しかっただけですわ。結局いつも、うまく妥協案を飲まされてますけど……なんだかそう思い返したら腹立たしくなってきましたわ。なんであなたは思い通りにいかないのかしら」


 ぷんぷんと怒りだす姫花に、大分言うこと聞いてると思うけどなぁと総士は視線を泳がせる。


「でも、あなたが会長になったのは自分の力ですわ。きっとあなたの誠実さに惹かれて、この人になら任せられるってみんなが思ったんですもの。私流石に投票数を操作なんて馬鹿なことしませんし」


 そう言いながら車に乗り込む姫花に、総士はありがとう、と照れ臭そうに頬を掻いた。


「ロミオの推薦の件、考えておいてください。私は絶対にあなたを他薦しますわ」


「えぇ⁉︎ まだ諦めてなかったの⁉︎ 無理だって!」


 車の窓を開けてそう言い放つ姫花に、総士はぎょっと驚いた。


「無理かどうかなんて、やってみなくちゃわからないじゃないですの。ロミオ、お似合いになると思いますわよ、宮部会長」


 嬉しそうにそう言うと、姫花は窓を閉めた。

 姫花を乗せた車が、学校から遠ざかっていく。


「言い逃げかよ」


 車の後を目で追いながら、総士は苦笑いを浮かべる。


「ロミオとジュリエット、ねぇ」


 総士はスマホで調べ物をしながら帰路についた。


「今夜は寝る前に映画一本観ようかな」


 作品はもちろん、ロミオとジュリエットだ。


                                      おわり

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