俺からのメッセージ

藍條蒼

二人が別れた?

 ピコン 


 ピコンピコン


「やっぱ二人とも俺に連絡してくるよね……」


 立て続けに鳴るメッセージの通知の送信者を目で追うと、ちょうど今大学のサークルメンバーのグループLINEで話題になっている二人、愛菜と礼央だった。


『いきなりグループ抜けてごめんね、けーくん。礼央と別れたから、あそこにもう居られなくて』


『大丈夫? 愛菜ちゃんが抜けちゃってけーくん寂し〜。何かあったらならなんでも聞くよ?』


『グループ荒らして悪いな、圭。愛菜と喧嘩しちまって……別れた』


『ちょっとどうしたのよ礼央くん。愛菜ちゃんと礼央くんが別れるなんてよっぽどじゃない? 何しちゃったのさ』


 それぞれに返信した俺は、大きく溜め息を吐いてスマホを片手にベッドに寝転んだ。


「あの二人、絶対に別れないと思ってたんだけどなぁ」


 サークルに所属した当初からたまたま同じ学科だと知り三人で連むようになり、三年間恋人同士である二人のそばに居た俺は、愛菜が唐突にグループを抜けた先程からサークルメンバー達の質問攻めにあい頭を抱えていた。

 俺に聞かれてもむしろ俺が知りたいくらいだし、彼氏である礼央にまず先に聞けよとも思うのだが、人見知りで親しくない人には無口な礼央は誰も寄せ付けないオーラを出していて近寄る人も少なく、反対に俺は誰にでも愛想良く話好きだと思われるように振る舞っているのだから、皆が俺に聞きに来るのも無理ないのだろうけれど……。


『あのね、けーくん。……礼央と別れられるようにわざと喧嘩したの』


 いろんな人からのメッセージを流し読みしていると、愛菜からの意外なメッセージに俺は目を疑った。


「え、愛菜ちゃんから……?」


 今まで礼央がどれだけ感情的になって喧嘩越しになっても、大人な対応で全部収め、私から別れる事はないとまで言っていた愛菜が、どうやら今回の喧嘩の発端であるらしい。


『わざと? そりゃまたどうして。礼央くんのこと、もう好きじゃなくなっちゃった?』


『ううん! 全然! そんなことないの……』


 書いては消してを繰り返している愛菜は、どうやら何か言いにくい事があるらしい。

 一方で礼央からも、返信のメッセージが来ていた。


『俺やっぱり愛菜の体調が心配で、無理して俺に合わせてくれてたら悪いから、別れようってまた言っちまったんだ……そしたらなんか、喧嘩になっちまって』


 いつも言葉足らずのまま愛菜に伝えてしまう礼央を何度俺がフォローしたことか……。


『別れようとか言う前に俺に相談してっていつも言ってるでしょ〜! そんな何度も別れようとか言ってくる彼氏とこんなに長く付き合ってくれるのは愛菜ちゃんだけだからね!? 嫌いになったとかじゃないんでしょ?』


『愛菜のことは大好きだ。愛してる』


 ……頭が痛い。

 こいつはこれでいて成績優秀なんだから余計に気に食わない。

 愛菜は元々持病もあり身体の弱い子なのだが、二ヶ月前に学校で倒れ入院してしまい、そんな時にこそ彼氏である礼央に一番傍に居て欲しいだろうに、あろうことか礼央は、俺が無理をさせているのかもしれないから別れようと思う、と言い出す始末だ。


『前にも言ったけど、愛してるなら別れようなんて言うもんじゃないよ。愛菜ちゃん可哀想に。好きな人に別れようって言われるなんてけーくんだったら耐えられない!』


『……こんなに大切に想う存在は初めてなんだ。俺のせいで何かあって欲しくない』


『全く、愛菜ちゃんの懐の広さに感謝すべきだよ〜? で、今回はどうして別れちゃったの? 愛菜ちゃんいつも嫌いになったわけじゃないなら別れたくないって言ってくれてたじゃん』


『……嫌いになった、と言った』


 礼央の返事に俺は思わずベッドに横にしていた体を起こした。


「『え、なんで!?』」


『本当に別れたいならせめて嫌いになったって言って、と言われて……』


「『も〜、ホントに馬鹿!』」


 驚きすぎて声にも出してしまったが、本当に馬鹿すぎて話にならない。恋愛初心者すぎる。本当に愛菜が可哀想……。


『ねぇ、けーくん。これ、礼央やサークルの皆には秘密にしてくれる?』


 礼央のメッセージに頭を抱えていると、ずっと話すか悩んでいたらしい愛菜からの返信が届く。


『もちろん。けーくんは口硬いから安心して♪』


 いつも礼央が暴走しようが問題を起こそうが相談なんてしてこなかった愛菜に頼られるのは嬉しい。

 俺に出来る範囲で全力で力になろうと心に決め、愛菜からの返事を待った。


『……私ね、実は来週開頭手術することになったんだ』


「『え……?』」


『礼央にはね、退院してから体調良くなってきてるってずっと嘘付いてたの。でも実際は、悪化していく一方で……夏休みだから皆と会う機会も無いし、バレないからって思ってたんだけど』


『え、大丈夫なの?』


 思いもよらないカミングアウトに、俺はスマホを握る手に力が入る。


『頭の手術だから、もしかしたら記憶無くなっちゃったりするかもしれないみたいで……これ以上私が礼央のこと縛ってちゃダメだなって思ったんだ。むしろ嫌って、私のことなんか忘れてくれた方がいい……』


「そ、れは……」


 愛菜はいつも人の為に行動する人だ。今回の騒動もきっと礼央の為にと思っての行動なんだろうと思ったけど、これは想像以上に大事らしい。


『そっか……大変な思いしてたんだね、愛菜ちゃん。なんの力にもなれないかもしれないけど、俺に出来ることがあればなんでも言ってね』


 どんな言葉を投げてあげたらいいのか分からずに、俺は当たり障りのない返事しか送れなかった。


『ありがとう。やっぱりけーくんは優しいね。けーくんだけにこんな話してごめんね、本当は誰にも言わずにひっそり消えようと思ってたんだけど……やっぱり誰かに聞いて欲しくなっちゃって、ごめんね』


『いいよいいよ、むしろ話してくれて嬉しいよ。けーくんは愛菜ちゃんのこと大好きだから、寂しくなったらいつでも連絡して来てね。話し相手なら任せてよね♪』


 いつもの明るい調子を崩さないように取り繕って、俺は愛菜とのやりとりを閉じた。


『なぁ、愛菜から何か連絡来たか?』


 しばらくやりとりが途絶えていた礼央からのメッセージに、俺は既読をつけるか少し悩んでスマホの通知画面と睨めっこをする。


『愛菜、いつもと様子が違ったから心配なんだが、俺からのメッセージ多分見たくないと思うんだ。圭何か聞いたら教えてくれないか』


 更に届く礼央からのメッセージに、俺は観念して既読をつけて返事を送る。


『愛菜ちゃんからも連絡来たよ。グループ抜けてごめんねって』


『そっか……何か言ってたか?』


『いや、礼央くんと別れちゃったって話くらいかな』


 礼央には秘密にしてくれと言われた手前、手術のことは話すわけにはいかない。

 でも、二人して相手のことを思って別れるなんて……本当に馬鹿馬鹿しい。


『ねぇ礼央くん、本当にいいの?』


『何がだ?』


『愛菜ちゃんと別れちゃって』


 これは俺が出来る精一杯のフォローだ。


『本当に愛してるなら、もう一回ちゃんと話してみたら? 愛菜ちゃんも礼央くんのこと嫌いになったわけじゃないっぽいし……仲直りしてまた付き合った方が二人にとってもいいんじゃない?』


『俺から別れようって言ったのに、やっぱり付き合って欲しいだなんて言えるわけがない』


『でも好きなんでしょ?』


『あぁ、愛している。だからこそ、俺が愛菜の人生を無茶苦茶にしてしまいたくない』


『……そっか』


 礼央は自分で決めたことはなかなか曲げない。それはこの三年の付き合いで痛いほどよくわかっている。これ以上は何を言ってもダメだろうなと俺は区切りをつけた。


『とりあえず、何かわかったら連絡するね。礼央くんも、ちゃんと自分の気持ち愛菜ちゃんに伝えた方がいいってけーくんが助言しといてあげるね。別に愛菜ちゃんはメッセージ送られたくないなんて思ってないだろうし』


『わかった……』


 礼央とのやりとりもこうして閉じると、俺はようやくスマホを手放した。


「数時間前までの日常が恋しい……」


 突然壊れた三人の関係に頭痛を覚えて目を閉じる。しかし、愛菜の手術の話が頭から離れず眠る気にもなれない。

 何度か愛菜と礼央とのメッセージを読み返すと、俺は意を決して文字を打ち込んだ。


『ねぇ、礼央くん。ごめん、愛菜ちゃんからは口止めされてたんだけど伝えるね』


 そう送りながらも、既読になるまでの数秒がとても長く感じる。


『なんだ?』


『愛菜ちゃん、来週手術することになったんだって。だから礼央くんのことこれ以上縛ってちゃ悪いと思って今回別れたみたい』


『…まじ?』


『二人はお互いを想ってすれ違い過ぎ。本当に愛菜ちゃんのこと手放すなら、けーくんが貰っちゃうからね。礼央くんは自分が言われたら嫌だなって思う事とかもうちょっと考えてみた方がいいと思うよ〜? けーくんだって毎回毎回フォローできる訳じゃないんだから』


『…悪い。いつも助かってる、ありがとう』


『どういたしまして〜♪ けーくん優しいからね♪』


『ちょっと、ちゃんと考えてからメッセージ送ってみる。教えてくれてありがとう。本当に、圭は優しい。頼りになる』


『ふふ〜ん、でしょ〜? きっと礼央くんからのメッセージが愛菜ちゃんには一番の薬だよ。ちゃんと送ってあげなね。じゃあ、おやすみ』


『あぁ、おやすみ』


 息を止めて一気に送っていたかのように、礼央からのおやすみが届くと俺は大きく息を吸った。


「全く……なんで俺が二人の仲を取り持ってあげなきゃなんないんだか」


 明日の朝のアラームをセットすると、スマホを充電器に繋げて俺はようやく枕に頭を預けた。


「俺だったら、絶対愛菜ちゃんの側にずっと居てあげるのに……ほんと、礼央くんの馬鹿」

                                      終わり

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俺からのメッセージ 藍條蒼 @aiedasou

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