第25話 遠のく日常
ウレイアが襲われた事以外は何事もなく祭りは終わりつつあり皇帝も貴族も既に帰ってみなの緊張が解けて来た頃。
「......そうか、ウレイアは平気なんだな?」
「はい、医療班に見てもらいましたが手の傷が深いくらいで深刻なものではないと」
アイロスは他の騎士から聞いて来た情報を教えに来た。
「......で、そのナイフは?」
「それが突き刺された後に朽ちて消えたと」
恐らくは自分が見たあの錆びたナイフに刺されたはずだ、そう考えるとウレイアの事が少し気になってくる、ただのナイフに刺されただけなら見舞いに行かない選択肢もあったのだが......
「......仕事が終わったらウレイアに会いに行くか」
「っはい!」
◆◇◆◇
「ウレイア様、お身体の方はどうですか?」
「うん、ありがとう落ち着いたから大丈夫」
「ハウレン様も時機を見て参られると」
医療班の人は私にそういって部屋を出る、右手の包帯の中からズキズキした嫌な痛みを感じてはその手を見て、触ったりして、握りしめる。
「みんなに迷惑をかけちゃった......」
正直油断してしまった、あの犬に気を取られて背後の気配に気が付かなかった。
「......早く傷を治して名誉挽回しないとね、お爺様にも迷惑がかかる」
すると。
「ウレイア、大丈夫かね?」
「お爺様ッ」
お爺様はいつものように笑顔で私の方に歩きながら近づいて、右手を見る。
「......触っても?」
「えぇどうぞ」
お爺様は私の右手を触る。
「......本当に何ともないのかね?」
「はい、大丈夫ですよ?」
「なら、良いのだが......」
またお爺様の心配性な所が出てる。
「大丈夫、もし何かあってもガルアンや皆が守ってくれます」
「そうか......お前が結婚するとしたら――」
「お爺様、私は政治への影響力が強い人と結婚したいって言ったでしょう?」
そう、私は神聖アルオン帝国を神を慈しみ、弱者を護る正義の国にする、そのためには騎士で女の自分ではダメ、まずそこを改革してくれる人が良い。
ガルアン......彼はきっと他に良い人が見つかる、自分は自分に出来る事をやるの!
「そう、だな、うむ色々と精査しているが可愛い孫娘をそりが合わない者と結婚させる訳にはいかないからな、完全に願った通りなのは難しいだろうが......お前に約束しよう、私が選ぶ者は誠実で強く、責任感のある者となるだろうとな」
そしてお爺様は私の頭を撫でてそのまま部屋を出て行った。
少し経ってまた別の人が来た。
「......大変だったみたいだが......」
ガルアンとアイロスが見舞いに来てくれた。
「わざわざ来てくれたんだ......ありがとう......」
「仲間が怪我をしたんですから、来るのは当然ですよ......ですよね?」
アイロスはガルアンを見てはそれを繰り返す。
「......そうだな、お前は重く考えがちだからな、まぁうん」
「そうかな?」
「そうなんだよ......」
そしてガルアンは真剣な顔をしてあることを聞いて来た。
「何か不調とかないか?」
「ど、どうしたの突然に」
「......いや、お前を刺した凶器は変なものだったようだからな」
「問題ないよ、大丈夫」
「そうか......それならいい......アイロス行くぞ」
「え」
「ウレイア、無理はするなよ」
ガルアンはアイロスの意見を待たずに私から離れていく。
「......」
ガルアンは私になんてふり返らず、そのまま部屋を出て行った。
◆◇◆◇
ウレイアの見舞いを終えて、祭りの片付けの手伝いに向かっていた。
「......元気そうでよかったです」
アイロスは笑顔で言う。
「......そうだな」
杞憂だったのか、あのナイフは本当にただ錆びたナイフであったのか。
「......あ、ガルアンさん」
「なんだ」
「ハウレン様です......」
小声でアイロスが言う、確かにあの姿は......そうだった。
「アイロス......ハウレン様とは話しがある」
「そうなのですか......では、先に行ってます」
アイロスが行き、俺はハウレンの所へと駆け寄る。
「ハウレン様、お帰りにはなられなかったのですね」
「うむ、ウレイアの件もあったしな」
「ッそうでした申し訳ありません、ハウレン様の気持ちを考えず」
「いや、構わない......ウレイアの件だが......君は思っている?」
「どうとは?」
「......後日、決断してくれると言ったはずだが、私としては其方がウレイアと結婚してくれれば安心できるのだ、今回も見舞いに来てくれたのだろう?」
そうだった、後日答えるとは言ったが実際どうするべきか迷っている、断ればハウレンからの印象が悪くなる、だが結婚となるとあのウレイアとは宗教的な価値観から見てもそりが合う気がしない。
「え、えぇまぁ......」
「其方は強い、何があっても守ってくれるだろうし――」
「本当にどうかなされたのですか、所詮自分は一端の騎士ですよ、そこまで誇張して評価されましても」
「......彼女を襲った者への尋問はこの後行われるだろうが、凡そ見当がつく、私への恨みを持つ者の仕業だろう」
その可能性は否定できない、しかしその決断は時期尚早だ、ただの狂人、騎士への恨み、彼女個人への恨み、などいくらでも動機なんて考えられる。
ハウレンはもしかしてそういった危機から逃がす為に政治の中枢からウレイアを避けさせていたのか?
しかし、こちらだって結婚ともなれば善意でどうこうするわけにはいかない。
「私が生きている間はどうにかなるだろう、しかし私が亡き後......ウレイアに世渡りは無理だ、守ってくれる者が必要だ、誠実で、強く、責任感のある者が――」
ハウレンの目から普段の知性的な瞳からは一転、純粋な感情というより余裕さを失い動揺しているとさえ思わせる、しかし言動そのものは普段のそれに倣って動いている。
「......ガルアンよ、信じているぞ」
「......」
しかしだからといってこれはないのではないか?
「しかし、わ、私にも生活が......」
「ガルアン」
「生活が、あるのです!そのような自分の意思を無視されては......困るのです」
「頼む、ウレイアを守ってやってくれ、あの子には其方のような者が必要なんだ」
「し、しかし」
ハウレン相手に反論が零れる、そうだ、俺には生活がある。
厳格な規律、清廉なる生活、清貧!
知らない、そんなこと興味もない、ただ普段は取り繕っているだけだのに!
「それにじ、実は結婚を約束した者が田舎におります、それに、あ、貴方が思うほどに私は清廉ではないのです!きっと失望します、後悔します、大変恥ずかしながら娼婦へと行った経験すらあります!私というのは実際どうしようもない人間でありまして――」
普段の自分だったら絶対にしない、したらまずいことすら暴露していく、嘘も混ぜて語る、自分に幻滅してほしい、何より結婚、とくにウレイアという厳格な人間との結婚生活なんて無理なのだ、絶対に!彼女にとっても不幸な事なのだ!
しかしそんな思いはまるで効かない、自分の曝露すらも誠実さに見えたのだろうか、もしかしたら自分が嘘をついていると思っているのかもしれない、どちらにしてもハウレンはもう決めてしまっていた。
「――ガルアン=マサリー、これは神官ハウレン=リルーの頼みだ」
「しかし」
「......わからないか、神聖アルオン帝国の聖教会を統括する
「――ッ......!」
――こんなの拒否権がない、これを拒否してしまったらもうおしまいではないか。
「......ハウレン様......それはあまりに」
「......」
「あんまりでは、そんなまるで脅すような......」
「......」
思わず膝を地面に付けながらすがる様にハウレンへと懇願する。
「何か仰ってください、ハウレン様、貴方はそんな事をする方ではないと私はわかって――」
そんな事......というのは、騎士団をクビになる、程度ならいい、しかし長老派と関係があるなど言いがかりをつけられたらおしまい。
普段のハウレンならしない、だがもうわからない、自分にはわからない。
「ウレイアを、守ってやってほしい、では――」
その絶望の言葉を最後にその場から去っていく。
「......そんな......どうして、こんな......」
ただ静かに空を眺めるだけ、あぁ俺は一体どうしたら
どうしてこんなにも世界は俺を生きづらくさせるのか――
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