ある騎士の憂鬱
村日星成
第1章 亀裂
第1話 ある騎士の憂鬱
神聖アルオン帝国、最も高潔である神聖騎士団がこの帝国の秩序を守護する。
白き鎧、いかなる穢れも許さず、許されない、白はまさに清潔さの象徴である。
「神聖騎士ガルアン=マサリー」
名を呼ばれた黒髪の神聖騎士はちょび髭の男と向き合う。
「神聖騎士ガルアン=マサリー、お前の活躍により、我が国を犯さんと企てた魔女、その正体暴き、そして見事に斬滅した、皇帝陛下とザンテ猊下はこれを評価し、爵位をも与えるとした」
「はい......」
「だが、お前は辞退するとした、なぜだ?」
「爵位など、私には勿体なきものなのです、私のような田舎者は神聖騎士団の騎士として神聖アルオン帝国を守れている、今のままで十分に幸せなのです」
「......全く欲のない者というのは、こんなに難しいものか」
男は諦めたようだ。
「......ペイアイさん、すみません、迷惑をかけて」
「気にするなよ、まぁ、半端に貴族社会に入りたくないお前の気持ちもわかる」
「そっそのような」
「隠さなくていい、別に誰にも言わないさ」
ペイアイは煙草を吸う。
結局ガルアンは爵位を辞退することで話は進むこととなった。
神聖アルオン帝国、帝都アルルアの小さな家、そこにガルアンは住んでいた。
「全く、爵位なんて......面倒なだけだ」
ガルアン=マサリー25歳には前世の記憶がある、細かい事は覚えていなくとも、日本で生まれ長く過ごした事くらいは覚えていた。
「あぁ、なんでこんな世界に生まれたんだ」
この世界に生まれてから、時折、悲観的に物事を考えるようになっていた、日本とは全く持って違う価値観、半端に前世の記憶を持ってしまったガルアンは苦しみを覚えていたのだ。
町を歩けば聞こえてくる。
「この国にはまだ魔女がいる、悪魔と契約を交わした恥知らずどもが今もなおこの国に暗躍しているのだ!」
「(くだらない、想像で話を語るなよ)」
「さぁ、アルルアに住む皆さま、隣人同士よく見て話し、気を付けましょう、いつ悪魔が友を装い我らを喰らうか、わかったものではないのだから」
最近は特にひどかった、やれ悪魔だの魔女だの、言いがかりレベルでの出来事で殺しが起きたり、ヒートアップしている中でこのように演説する者まで現れていた。
そして何より深刻なのは、現実にこの世界では悪魔も魔女もいる。故に完全な嘘と断じることも難しかった。それがこの状況を悪化させていた。
「今日は何人燃やされるか......ん?」
見覚えのある人影を見つけて思わず駆けていく。
「マリアにサートナ!」
白いドレスに腰まで伸びた金髪のロングヘア―の少女マリア=シーゼル17歳、銀の髪をオールバックした神聖騎士団の同期、サートナ=シルバ25歳
「ガルアンさん!」
「おや、準男爵殿ではないか」
「おいおい、俺は辞退したんだぞ」
マリアはシーゼル伯爵のご令嬢であり、サートナはそんな令嬢様の護衛、だがそんな仲でもガルアンにとっては数少ない話し合える友。
「ガルアンさん......準男爵どうして断ったのですか?」
「俺には貴族社会は合わないと思ってるからな、無礼を働いて首を切られるとか勘弁だ」
「あぁ、確かに、俺は護衛だから大目に見てくれてるだろうが、普通に貴族として過ごせ、だなんてきついな」
「あぁ、俺には合わないさ」
今世に良い事がないガルアンはマリアに対して自らをいたぶるような話題を振る。
「マリア殿は何時ご結婚なさるので?」
「もっもう、ガルアンさん、その話題は恥ずかしいのでやめてください」
「はははっマリアはもうゾッコンだな」
「もう、サートナさんまで......」
マリアはサートナを見る。
「(あぁ、本当にくだらない)」
自ら話題を振り、自らを傷つけるようなことをガルアンは最近ずっと続けている。
「一回、マリアの婚約者さんと会ってみたいな......」
誰も聞いてはおらずマリアはサートナと談笑する。誰にも聞かせるつもりのない大きさで呟いただけのはずなのに、とてもとても惨めな気持ち。
ガルアンの行きつけの酒場は、どちらかと言えば底辺層が通う酒場だ。
「いらっしゃい、おやガルアンさん」
「いつもの瓶一つ」
「はいはい......顔色悪いけど大丈夫かい?」
「全然」
全然とはどっちの事だろうか。
ガルアンは店の隅にある丸机、そこの椅子に座り酒を飲んでいると、目のまえにに上半身裸のあごひげを蓄え、明らかに浮浪者であろう男は馴れ馴れしく話をかけてくる。
「いやぁ、初めましてですかな、ガルアン殿」
「......」
面倒そうなのに捕まった。
内心そう考えるが、今更席を移るというのもなんだか悔しい。
「いやガルアン殿貴方のご活躍はここいらでも有名ですぞ、人間に紛れ込んでいた魔女の正体を暴き殺した、う~ん、これは吟遊詩人もだまっていないですぞ、いずれ詩が作られるでしょうな」
「......」
「神聖騎士団に紛れ込んでいたという魔女はこの国を脅かそうとしたという。しかし、しかし、かの神聖アルオン王国の神聖騎士ガルアン=マサリー殿は見事悪鬼ども殺して給うた」
男は瓶でお酒をがぶがぶと飲む、そのなりで金は何処にあるのだろうか、ガルアンはそのように考えていると、男はまるで心を読んだかのようにニヤリと笑う。
「金をどう工面しているのか気になるご様子ですな」
「そのなりじゃな、俺は奢らないぞ」
男はガルアンに近づき小声で
「ご安心あれ、わたくしはこう見えても、元貴族、金はこっそりとため込んでいるのでございます」
そう囁く。
「へぇ、元貴族、元ってつくのも納得だよ、お前のような浮浪者が貴族を名乗るようなら世も末だ」
ガルアンはどこか適当に流す、自分のことを貴族であると思い込んでいる一般人に真面目に返すのもあほらしい。
「ほほほっ、気になる事ありませんか、なぜわたくしが元貴族という不名誉な号を使うのか」
「さぁ、自分の心に聞いてみろよ、本当は貴族ですらないかもしれないな」
適当にハイハイと受け流し、お酒を瓶で飲み始める。
――わたくし、ある少女と性行為をしたのでございます――
それは小さくガルアンにのみ聞こえるような声であった、酒場で今もガヤガヤと騒がしく誰も聞いてはいないだろう。
「おい、冗談でも笑えるものと笑えないものがあるぞ」
ガルアンは男をにらみつける、子供への性行為により汚すことは悪魔に惑わされた者が行う禁忌の一つ。
「逆に冗談を言う意味がありますかな?」
「さぁな、お前みたいな浮浪者の考えはよくわからねぇ」
ガルアンは瓶の酒を全部の一気に飲み干す。
「わたくしは、そのことを咎められ貴族としての地位を失ったのでございます」
「そうかよ、それはざまぁないね」
ガルアンは苛立ちながら席を立つ。
「ガルアン=マサリー殿、また会いましょうや」
「黙れ、二度と現れるな」
実に不愉快だ、ガルアンはそのまま酒場を後にする。
辺りは暗く、薬の売人も出歩くようになる中ガルアンは一人で歩く。
「どいつもこいつも、なんなんだ」
悶々とした気持ちをどうにか隠そうにも隠せず、大きく音を立てながら歩く、その様はまるで怒る子供のようだ。
どれほど歩いただろうか、気が付けば小さな自宅についていた。
「......ただいま」
ギイィとドアを開けると、寂しいながらも料理が出来ている。
「おかえりなさい、ガルアンさん」
身長は子供ほどの耳が長い褐色のダークエルフが家にはいた。この国では人間以外も少数だが暮らしている、ただ、外に出ればやはり目立つ。
「悪い、遅くなった......」
「いえいえ僕の仕事ですから......、大丈夫でしたか?バレていませんでしたか?」
「あぁ、お前がやったって誰も気づいていない」
褐色の肌に金髪がより輝いて見える、中性的な顔つきにサファイア色の瞳を今にも吸い込まれそうなる。しかし男である。
「はい、僕が魔女を殺したことバレなくて良かったです」
「相手は神聖騎士だ、相手が魔女だろうが、ダークエルフが神聖騎士を殺したという構図はまずい」
エルフなどの亜人種は下に見られる傾向があり、何かあれば真っ先に疑わるのだ、ダークエルフは特にそれが躊躇であった。
―――
――
―
ガルアンは現場にたまたま居合わせただけだった、神聖騎士には少数だが女もおり、それがガルアンの先輩に当たる、リンア=ローセス、神聖騎士団でも人気ある騎士だった、そんな彼女から呼び出しを受けていたガルアンは屋敷にまで出向いていた。
リンアには当時より怪しい行為が目立っていた、野生の猫や犬を捕まえていたり、近所には食用だと言っていたらしいが、そんなことをするようになったのは最近だった。
「リンアさん?」
チャイムを鳴らしたり、ドアを叩くが応答しない、ドアを捻ってみると、鍵がかかっていなかったのだ。
「......入りますよ!?」
そう言って屋敷に入る、屋敷は貴族の屋敷とまでは行かなくともそれなりの規模であった。
「......」
ところどころ血で何やら魔法陣のようなものだったり、文字が書かれていた。
それは見覚えのまる文字だ、魔女狩りが起きた事後処理で何度も見かけた、魔女が描いたと思われる魔法陣。
「リンアさん......」
噂は本当だったのか、それなりに良くしてもらった先輩に切ない気持ちがわく中、歩く、そうしてとある大扉の前につく、ドアにも血がついていた。
「只事じゃないな......」
自分一人は荷が重い、応援を呼ぼうとした時だった――
「助けてぇ!」
「(子供の声?此処で何故?)――今行く!」
ドアを蹴破ると部屋は血しぶきで鮮血に染まっていた。
その場には返り血を浴びたダークエルフとリンアであろう残骸。
そして頭に2本の角が合えた黒く大きいイノシシのようなモノ。
「――魔物っ!?」
咄嗟に剣を出す、神聖騎士の装備は魔物に対して有効。
「■■■■っ!」
到底人間では理解できない音が向けられる。
「――っ!」
魔物はガルアンに向かい突撃するが――
「っらぁ!」
すぐさま右に避けて、剣を魔物の腹から上へ切り上げる。
「■■■っ!」
魔物は怯む、その隙に頭を切り落とす。
「■■■■!!」
魔物は最後の絶叫と共に倒れる。
「っ血が付いた」
白い鎧真っ赤というより黒い血がついて、不愉快な気持ちが出てきそうになるが、冷静になり、辺りを見回し、生き残りであるダークエルフに近づく。
「お前は確か、召使の......」
「はい、リンア様の召使として......」
「アイロス、だっけ」
「ガルアンさんにお名前を憶えていただいていたとは、光栄です」
アイロス=メルア、ダークエルフとしてはかなり厚遇されており、リンア=ローセスの下で召使兼、騎士見習いの稽古を受けていた。当然ながらこのような事は普通はなされないが、リンアがアイロスの騎士になりたいという思いを汲んでの事だった。
「アイロス、何があったのか聞かせてくれ」
「はっはい」
アイロスは語る、リンア=ローセスは悪魔崇拝をするようになり、犬や猫、牛、馬、ヤギ......といった生贄をささげるようになっていたという。
「リンア様はこれで飢える民を救えると言っていまいした、国を救えると......」
「......リンアさん、あんたは悪魔や魔女がどういった存在なのか、知っていたはずなのに......」
魔物など恐れるに足らない、力があれば倒せるからだ。だが悪魔、これはいけない。
悪魔は内側より人類の結束を阻むモノ、裏切り、分裂を推奨する存在。
信仰を、友情を、言葉を、愛を、おおよそ人類が尊ぶべきモノを悪魔は使う。
魔女もまた悪魔に堕ちた者、悪魔の秘術に心を奪われ、契約を行う事でその秘術を扱う。
「......ガルアンさん、僕はリンア様を......」
魔女が最初から悪人だった......というのはあるが、時に本当に救いたいという気持ちのみで動く者もいるという......しかし......
「生贄に人を求められたんだろうな?、お前はそれを拒否し殺した」
「......はい、もう、ただの悪魔の傀儡に成り果てていました......僕の拙い剣技でも押せてしまうほどに......」
「......最後の足掻きがあの魔物か......」
アイロスを責める理由はない、しかし、召使のダークエルフが神聖騎士のリンアを殺した、このインパクトは大きいだろう、一部でダークエルフは悪魔と繋がっているなどという、都市伝説を流布する輩が多い現在では特に。
「......」
アイロスはガルアンに不安げに見上げる、褐色肌に金髪はよく目立つ、中性的な顔とサファイア色の瞳、ガルアンもまたアイロスを見つめる。
「ガルアンさん......」
「アイロス......」
このまま放置すれば、アイロスは追い出されるだろう、いや追い出されるだけならまだマシだ、火炙りにされる可能性もある。
「アイロス、俺がリンアを殺したことにする」
ガルアンの言葉にアイロスは首を振る。いかに対魔女の為だったとはいえ、神聖騎士が神聖騎士を殺した事にするのは危険ではないかと考えたのだ。
「大丈夫だろう、この国は対悪魔とか対魔女にお熱だ、俺がそれを討伐したと告げれば喜ぶはず」
「しかし......」
「まぁ、最悪田舎に帰る、別に此処に思い入れが、ないわけではないが......」
「......ガルアンさん、もし神聖騎士団が居づらくなったら、僕に頼ってください、少しだけなら、お金工面しますので」
「......大丈夫だろうけどな」
ガルアンの言う通りだった。
ガルアンは普段、様子のおかしかったリンアの後を追った所、リンアが魔女であると分かり、殺した。その事は神聖アルオン帝国皇帝アルジャフ、教皇ザンテにも伝えられ、大変に喜んだという。
国が不安と不満で包み込まれる中の朗報だった、こうして、準男爵の地位を与えようとしたのだが、ガルアンは貴族社会に合わないだろうこと、別に自分が殺した訳ではないことから辞退するに至ったのだ。
―
――
―――
「ガルアンさんには感謝しても仕切れません、召使として僕を雇っていただいて......」
「いや、俺の方がお礼を言いたい、家事なんてのは適当だったから、助かる」
アイロスは長袖に長ズボン、ガルアンは貴族でもなければ豪華な屋敷を持っているわけでもない、そのため、できるだけ安物で服はそろえている。
「食器片づけます」
「ありがとう」
近くでよく見ると男であることはなんとなくわかる、肩幅などの骨格からも男であることはわかるが、遠くからみればまずわからない。
「昔、リンアさんの所に行ったときは男装してる少女かと思ったよ」
「みんなから、よく言われます」
皿を洗っている背中を椅子に座りながら見る、ガルアンは自分でも感じる時があるほどの変人だ、神聖騎士という恵まれた地位であるにも関わらず、人気の少ない場所のボロい家を借りて、寂しく暮らしている。
「......」
前世の記憶があるからだろう、ガルアンはこの世界を嫌っている。誰も彼もが疑い、信じ切れず、告発されないように気を付ける生活を嫌っているし、そんなのが嫌なため、人の少ない場所にわざわざ住んでいるのだ。それでも、近所の告発は時折起きる事があるのだが......
コップの酒を一気に飲んで
ガンッ
コップを思いきり机に置く。
「っ!?、どうしました?ガルアンさん?」
大きな音にアイロスは思わず驚き振り向くと、ガルアンは何食わぬ顔で煙草を吸っている。
「大丈夫......ですか?」
アイロスは思わずガルアンに近づく。
ガルアン=マサリーは救いを求めている、常に憂鬱な気持ち、しかし、こんな気持ちで人生を終えたくはない。
「......?僕の両肩をなんで抑えているのですか?」
ガルアン=マサリーは救いを求めている、彼にとってこの世界は地獄である、自由はなく、何かに怯え続けるのは本当に恐ろしい。
「――えっ?」
ガルアンはアイロスを机に座らせ、
「――っ!?」
アイロスにキスをした。
「だっダメっ!」
アイロスは思わず蹴るが、肉体的にガルアンの方が有利であるため、構わず続ける。
「んっ!ん~っ!」
息をするため、唇を離す。
「ダメ......禁忌で――」
「そんなのは関係ない!」
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神聖騎士団、神聖アルオン帝国で最も高潔であり、秩序の保護をする。
白き鎧、いかなる穢れも許さず、許されない、白はまさに清潔さの象徴である。
ガルアン=マサリーはこの時――
罪を犯した――
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