第3話

 ❀❀❀


「......、......き、......咲!」

 ぼーっと今日あったことを考えていたら、湊の声で我に返った。

「え、湊......?」

「もう放課後だぞ、帰ろうぜ」

「あ、嘘っ」

 慌てて周りを見れば、ちらほらと空席がある。気づかないうちに、帰りのホームルームまで終わってい たみたいだ。

「ほら、カバン」

 机の横にかけてあったカバンを、私に渡してくれる湊。

「うん、ありがとう」

「......そうだ。今日、暇?」

「暇だよ?」

「じゃあ、カフェ行かね?」

「いいけど......なんで?」

「理由が必要なのか? 咲と出かけたいから、それだけじゃダメなわけ?」

 また、恥ずかしげもなく......。 どぎまぎしている私の手を掴み、湊は「んじゃあ決定な」と言って、教室の出口に向かう。 もしかして、もしかしなくても......優しい湊のことだから、私を励まそうとしてくれたのかも。 そう思ったら胸が温かくなって、私は前を歩く湊の背中を見つめつつ、小さく笑みをこぼすのだった。


 ❀❀❀


 十分後、駅前のカフェに着いた。中に入って、私はカフェオレ、湊は抹茶ラテを頼む。 「咲のうまそうだな。もらおっと」

 返事を待たずに、湊は私のカフェオレを横から奪って、そのまま飲んでしまった。

「おお、これうまいな」

「ちょっと! 勝手に飲まないでよ」

「俺のやるから、許せって」

 うぅ......。そう言われると断れない。

 ――チュー......。

「これ、おいしい」

「だろ!」

 私たちはそれから、最近ハマっているドラマや、おいしいコンビニスイーツ、とにかくなんてことのな い話題で盛り上がった。

 ボロボロの教科書を見たときはどうしようかと思ったけど、湊がこうして励ましてくれたおかげで、心 が軽くなっていく。湊の存在に、私は癒されていくのだった。


 ❀❀❀


 翌日、湊が家の前に来ていた。

 私と湊の家は、歩いて十分ほどの距離にある。高校に入ってからお互い近くに住んでいることを知り、 登下校を一緒にするようになったのだ。

「おはよー、咲」

「おはよう」

「迎えにきた。お前になにかあったら、心臓が持たないし。それに、一緒にいればなんにもされねぇだろ」

「そうかもしれないけど、毎日来てもらってるし、迷惑じゃない?」

「そんなわけないだろ。自分のしたいことをしてるだけなんだから、気にすんな」

「あ、ありがと」

 湊の言葉ひとつひとつが、私の沈んだ心に光を差し込んでくれる。 やっぱり、湊は優しい。 笑顔で見つめていると、なぜか湊が顔を赤くした。

「頼むから、そんな顔で見んな」

「そんな顔って?」

「誰にも見せたくない、可愛い顔」

「また冗談言って、騙されませんよ」

「冗談じゃねえって。じゃあ、どれだけ本気か、わからせてやるよ」

「わっ」

 急に手を引かれて、家から少し離れた場所にある路地に連れ込まれた。壁に押し付けられたかと思えば、 急に湊の顔が目の前に迫る。

 途端に、唇に柔らかい感触。

 これ、湊の唇?  ......ってことは、これってキス? 気がついたときには唇が離れていて、湊の真剣な眼差しに出会う。

「俺の本気、伝わった?」

「なっ......」

 私は急に起きた出来事に驚きすぎて、目を見開いたまま固まってしまった。

「咲、お前が好きなんだよ」


 ......湊が、私を?  聞き間違い?  だって、私も同じ気持ちなんだよ。こんな奇跡みたいな話、本当に あるの?

「咲、聞いてんのか?」

 見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに赤面しながら、私に問いかけてくる湊。 私の顔は、きっと湊よりも真っ赤だから、俯いて答える。

「それ、本当......?」

「ああ、今まで、この気持ちを伝えたら、俺のことを避けるんじゃないかって思って言えなかった。お前、 俺を巻き込みたくないって感じだったし」

「それは......」

「図星だろ?」

「う、うん」

 やっぱり、湊には隠し事できないな。でも、湊は私の心に踏み込んできてくれた。だから――。

「わ、私も......」

 ちゃんと気持ちを伝えたい。私みたいなクラスの嫌われ者が、湊を好きになるなんて恐れ多いけど......。 心を決めれば、真っ赤な顔なんて、どうでもよくなった。私は勢いよく顔を上げ、湊を真っ向から見据

 える。

「私も、湊が好き!」

 告白をすれば、湊は嬉しそうに、たまらずとい言った様子で私を強く抱きしめた。

「俺、世界で一番幸せだよ」

「私もだよ」

 まさか、私たちが両想いだとは思ってもみなかった。

「私も今、世界で一番幸せだよ!」

 こんなに幸せなのは、全て湊のおかげだよ。

「んじゃあ、学校行くぞ」

「うん!」

 学校に行くことが楽しみだと思ったのは、今日が初めてかもしれない。 湊がいるからこそだよ。

 ありがとう、と直接伝えるのは気恥ずかしくて、私は心の中で湊に感謝した。


 ❀❀❀


 学校に着いて下駄箱を開けると、上履きに【バカ】【死ね】【ブス】と落書きがされていた。 私はどうすればいいのかわからず、ただただその場に呆然と立ち尽くす。 上履きを見た湊は拳を握りしめて、怒りに震えていた。

「これ、誰がやったか、わかるか?」

 いつもより低く、苛立ちを滲ませた声で聞いてきた。

「多分、いつもの人たちだよ」

 そう答えながら、頬にはツゥー......と冷たいものが流れる。

 ......これは、涙だ。 私の顔を見るなり、湊は悲しそうな顔をした。でも、私を安心させるように手を強く握ってくる。

「とりあえず、職員室行くぞ」

 湊は落書きされた上履きを持ち、私の手を引く。

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