火星のどこかで待ち合わせ(後編)②

 窪地の底からあがる炎が風下に倒れる。油と獣の匂いはあっという間に強風が吹き払う。銃声と火星人の鳴き声がしなくなると、あたりは元の通り、風の音だけが響き渡っていた。

「火の粉、気をつけろよ」

「おう」

 そんなやりとりをしながら、フィギーとヘンリーは荷台から降りた。少し後から、大きな袋を持ったロスが続く。研究者から、死骸をいくつか持ち帰るよう言われているのだ。

 火星人の屍の中を縫うように歩く。この辺は最初の「追い込み」で死んだのか、機関銃の弾痕のある個体が多い。適当に数体選び出し、袋に詰める。

「重た!」骸を持ちあげたロスが思わず声を上げた。「ここの巣、一体一体がデカくありません?」

「第六基地の食料がだいぶやられたらしいからなァ。栄養ばっちりなんだろ」

「厚かましい連中っスね、ほんと」

「まあ、この作戦でしばらく大丈夫じゃないの? だいぶ殺したろ」

 フィギーはテキパキと死骸袋の口を閉め、ひょいと肩に担ぎあげた。袋を抱えてふらついているふたりを置き去りにし、「なんだよ、このくらいで。鍛え方が足りねえなあ」と振り返って笑いながらバギーの荷台に降ろした。そのとき、運転席側の岩山の上で、体を寝かせていた火星人が頭をもたげた。

「フィギー!」ヘンリーが声を上げた。「後ろだ!」

 フィギーに飛び掛かった火星人が、突然、頭から血を噴き出させ、どうと地面に落ちた。銃創から流れ出す血が、砂にじわじわと染み込んでいく。

 拳銃に片手をかける前の体勢のまま、フィギーは息をついた。

「大丈夫か?」ヘンリーが駆け寄る。

「平気だ。なんともない」あっちだったか、とフィギーは山を振り仰いだ。

 どさりと音がした。また別の岩の上から、死んだ火星人が落下してきた音だった。

「いやいや」ロスがぶつぶつ言う。「なんでこの風で当たるんだよ。わけわかんねえ」

「確かに」ヘンリーが神妙にうなずく。「変態だな、変態」

「味方の変態なら歓迎だね、おれは」

 銃弾が来た方角へ、フィギーはピッと敬礼した。



「次」マスタードが言う。「十二メートル東、岩の上に一匹。風速十八から十五」

 銃身を少し動かす。捕捉。引き金を引く。空の薬莢が跳ね飛んで、地面に敷いた毛布の上に落ちる。

「命中」

 狙撃班は窪地を見下ろせる平らな岩盤の上で、戦場を監視していた。

「はぐれ個体は排除完了しました」

「監視を継続」

「了解」

 スコープの向こうで、フィギーらしい人影がこちらを見て腕を上げる。向こうからは見えないとわかっていたが、羽生は敬礼を返した。



 しばらくすると、撤収の合図が出た。バギーが拾ってくれることになっている。

 片づけをしながら、羽生は作戦前に話していた件を持ち出した。「そういや、おまえのメーカーサポートがなんだって?」

「はい。わたしのメーカーサポートはすでに機能していません。本来なら、自律メンテナンスの結果レポートに応じて、基地に交換部品などが配達されるはずなのです」

「火星が配達圏外なんじゃねえのか」

「いえ、わたしがNDS本部の武器庫にいたときからパーツの供給はありませんでした。無理もないことです。わたしは最初の納品先からすでに離れていますし、ケートエレクトロニクス本社ももはやないと聞いています」

「そういえば、おまえ、何歳なの?」

「製造から十三年経ちます」

 十年働いた家電製品がどんな扱いを受けるか、羽生は考えずにはいられなかった。自分のサポートが終了する、という気分はうまく想像できないが、メーカーというのは、こいつにとっては故郷みたいなものなのだろうか。

「……つまり、メーカーサポートがわたしの実行するメンテナンスに意見を差しはさむことはない、ということです」

「うん?」

「わたしは限定解除を実行しました。走行時の速度制限を外して、移動のスピードを上げたのです。これは間違いなくメーカーの想定していない使い方です」

「まあ……だろうな」

「わたしの走行能力は上がりましたが、その分脚部パーツの耐用年数は減ったと思われます。ですが、火星人に対抗するためには、ある程度のデメリットは受け入れる必要がありました」

「そんなに速く走りたいか?」

「はい」アンドロイドはうなずいた。「確かに、過ぎたスピードは火星人狩りには不要かもしれません。ですが、そもそも性能を発揮することは、機械わたしたちにとっては当然であり、かつ――幸福なことです。それを最大限まで追求できるというのは、得難いチャンスであり、とても喜ばしいことなのです。この言い方で、理解していただけるかわかりませんが」

「わかるよ。つまり、どこか交換したいパーツがあるんだな? ネットで探してみるか」

「助かります」マスタードがわずかに首を動かした。「バギーが来ました」

 羽生の耳にもバギーの走行音が聞こえてきた。

 歩き出す前、マスタードが右足のつま先をトントンと地面にぶつけているのを、羽生はしっかりと目撃した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る