番外編 三交代制ってなに?

ネルとガルの作戦室Vol.1「三交代制ってなに?」


ネル「火星では三交代で勤務するって聞いたよ。三交代ってなに?」

ガル「きみはまず24時間40分働く。そのあと24時間40分間待機になる。そのあとの24時間40分、きみは自由だ。そのあとの24時間40分はまた働いて……もうわかったね?」

ネル「24時間40分も働くの、つらくない?」

ガル「もちろん休憩をはさむし、交代で仮眠も取るよ。でも、兵士の仕事に『確定』はないんだ。もし火星人が大量に基地へ押し寄せてきたら、仮眠どころじゃないかもね。」

ネル「わあ。」

ガル「三交代制は、常時人手がいる現場でよく採用されているよ。警察や消防、看護師も三交代制を使っているところがあるね。現場によっては二交代や四交代のところもあるよ。」

ネル「火星は常時戦場だから、ずっと徹夜になっちゃうんじゃないの?」

ガル「なにを言っているのかな? 火星では戦闘は発生しないよ。」

ネル「えっ。」

ガル「兵士たちは、火星人を基地から遠ざけたり、研究のために捕まえたりはしているけど、一方的に殺処分なんてしてないよ。火星人たちはテラフォーミングした火星環境に合わなくて、だんだん数が減ってるみたい? 悲しいね。」

ネル「わあ。」

ガル「ちなみにこれは火星だから24時間40分なんであって、地球の三交代の区切りは24時間になるよ。」

ネル「どうせなら、地球と同じ24時間にすればよかったんじゃない? そしたら、ハイパー火曜日を設けなくても、いつでも地球と同じ時間だよ。」

ガル「勤務のたびに朝と夜がずれていくの、けっこうしんどいと思うよ。それと、サーカディアンリズムって知ってるかな? 人間の自然な生活リズムは、24時間にぴったり合うわけじゃない。むしろ24時間40分くらいなんじゃないかって話があるんだ。」

ネル「ちょうど1ソルとおんなじだね。」

ガル「そうなんだ。それに遠征基地は、特別な照明など、上質な睡眠がとれるような就寝環境が整っているんだよ。火星遠征に協力してくれている人たちの中には、24時間40分の生活を観察して、人間のバイオリズムを研究している人もいるんだよ。」

ネル「へえ。火星遠征は人類全体の役に立っているんだね!」



 シモンズ少佐は端末の画面から目を上げた。笑顔のファッジ中尉がそこにいる。再び原稿に――ネルガル・ディフェンス・サービスの社内報、教養のページに掲載する記事原稿に目を落とし、またファッジを見て、告げた。「ボツ」

「ダメですか?」部下が子犬のような目で見つめてくる。「おもしろくってためになる記事でしょ?」

「自分で言わないのよ。まず、なに? この子たちは」

「ネルちゃんとガルくんです」

「うちにこんなキャラクターいたかしら」

「昨日作りました」

「絵はうまいわね」

「恐れ入ります」

「でも、なに? そもそも、この……彼らは」

「ネルちゃんは剣の精霊で、ガルくんはライオンです」

「どういう交友関係なのよ」

 それはですね、と話し始めようとするファッジを手で制す。

「イメージキャラクターを作るなら、せめてまず広報に話を通しなさいな」

「それとなく話をしてみましたが、軍事会社がゆるキャラ作ってどうすんだよ、と言われました」

「そう、もうやったあとなの……」

「社内で使う分には問題ないかと」

「百歩譲って社内報だけのキャラクターとして、火星の真実をあっさりバラすなら停職よ」

「バラしてはないですよ」

「バラしてるようなものよ、これは。そもそもこれ、誰向けの記事なの? そこがブレていると思うわ」

「ごもっともです」ファッジが深くうなずく。「では、こちらの第二案はどうでしょうか」

 ファッジが示してきた別の文書案(第七基地の食事メニュー一例紹介)を読んだシモンズは、うなるような短い声を発すると、それで決裁を通した。

「凝りすぎじゃないかしら」

「『喜んでする苦労は苦痛をいやすもの』です」

「そういうところも全部含めて、よ」



(おわり)


引用

シェイクスピア,松岡和子訳,1996,『マクベス シェイクスピア全集3』筑摩書房.

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