第17話 イベント参加禁止令

 そういうわけでイベント当日、アップデート直後にすぐさまアリーナまで直行しようと思っていたのだが、会社のスタッフとランマルからストップが掛かった。

 会社のスタッフの言い分は、


「《WHO経験者》に対する特殊演出がよく分からない以上、下手に突撃するより、まずは情報収集に徹した方が良い」


 というものだった。

 これだけならば無理矢理押し切っていたのだが、ランマルからもストップされると流石に踏みとどまらざるを得ない。


 ランマルは、メッセージでは止める理由を言わずに、直接会って伝えると言っていた。

 ランマルが指定した場所に行くと、更にハッシュとキラからもメッセージが届いた。


「ちゃんと来たみたいやね」


 軽く挨拶をして本題に入る前に、別のことを話す。


「なぁ、キラとハッシュが合流させろ、って言っているんだけど、大丈夫か?」

「ええよ。知らん仲でもあらへんし」


 ランマルがウィンドウを弄ると、キラとハッシュが現れた。


「先生! もうアリーナ行くんすか?」


 フル装備で今にも殴り込む気満々なハッシュが気楽に尋ねて来る。


「いや、すぐにでも行きたいところだけど、何故か色んな人から止められている」

「そりゃ止めるわよ。初見殺しみたいな罠であっさり退場されたら評判的に困るもの」


 キラのこの言葉がスタッフたちの総意と捉えてもいいのだろう。


「ミラちゃんは初見の罠に滅茶苦茶強い方に入るんやけど……今回ばかりは嫌な予感がしたから、数日止めておこう思ってね」


 ランマルも嫌な予感を感じているということに驚いた。そう言えばランマルにはあの事を言っていなかったので、逡巡の後に伝えることにした。


「ランマル……実は、告知の告知が出たぐらいの時期に、街でグレイスに会ったんだ」

「へぇ……見間違いじゃなくて?」


 耳慣れない名前のはずなのに、意外と早くハッシュが反応した。


「それって、先生がママって呼んでた人のことっすか?」


 ハッシュの言葉を聞いてランマルが腹を抱えて笑い始める。


「せや。グレイスはミラちゃんのママやで。まあ、多分気付いているやろうけど、実の母やない。でも、数年間ママの代わりをしてきたから仕方ないんよ」


 なるほど、と相槌を打っているハッシュとは対照的に、キラは顔を顰めていた。


「ミラはまだ未成年なんでしょ? そして、《デスゲーム事件》は五年間続いた。つまり、五年前はまだまだ母恋しい年齢だったのでしょうね。そんな時に五年も面倒を見てくれる人がいれば、そういう関係になっても不思議ではない……ってこと?」

「その解釈でも構わん。だが、俺がランマルたちと同じギルドに入っていたのは一年半ぐらいで、あの呼び方は、俺がデュエルで負けたから使っているだけだ」


 キラがリアルの年齢を交えた話を始めると、ランマルがおもむろに俺の個人情報をバラした。


「そういやミラちゃん、もう十五歳かぁ……月日の流れは早いなぁ」


 お年玉をくれる親戚の人みたいな反応やめろ、と言いたかったが、実際遠い親戚らしいのでこういう反応になるのだろう。


「えっ、未成年とは聞いていたけど、まだ十五? じゃあ《WHO》を始めた時が十歳? 嘘でしょ……?」

「流石ミラ先生、十歳からVRゲームってプロゲーマーの英才教育受けてますね~」


 実は父親がVR産業関連の人だったことと、子どもに構う時間が無かったため俺にどんどんVRゲームを買い与えたことが合わさって、十歳どころかもっと前からVRゲームをしていたのだが、これ以上そういうことを言うと話題が逸れていくので胸の内にしまっておく。


「そのグレイスってNPCがミラ先生の名前をハッキリ呼んでましたよ。NPCが決められたセリフ以外でプレイヤーの名前を呼ぶなんてことは滅多にないっすから、あの時は何が起こったのか全然分からなかったんすけど、今なら何となく繋がった気がしますね~」


 ハッシュの報告を聞いて、ランマルが顔を顰めた。


「ほんなら、《ゴースト・アリーナ》ってのはやっぱり……」

「しかし、実際に見てみないとなぁ。まだ開催されたばかりで全然情報も出てないんだろ? そういうことを考えるのは早計じゃないか?」


 俺とランマルが推測していると、ちょっとウィンドウを弄っていたキラが声をあげた。


「じゃあ、見てみればいいじゃない。そのためのゲーム実況者よ」


 部屋にあった大きなモニターに映像が出力される。

 すると、実況主の視点を通してイベント会場であるアリーナ内部の様子が窺えた。

 このアリーナは、いつもランダムマッチ等に使っているものよりも巨大だった。


「ところで、この実況主は誰だ? アリーナの観客席に行って直接見ればよくね?」


 俺の質問に対して、動画を選んだキラが答える。


「この人は《WHO経験者》でもあり、《デスゲーム事件》以前からゲーム実況界隈で有名だったスカルチノフさんよ。わざわざ観客席に行くよりも、実況動画の方がもっと探しやすくて分かりやすいからこっちを採用させてもらったわ」


 スカルチノフ……どこかで聞いたことがあるような……。俺がそいつの詳細を思い出そうとしている間に、ランマルの方がサラッと答えた。


「あのマイオナ厨ね」


 大抵のことを基本的に笑って流していたハッシュが立ち上がった。


「配信業界ではかなり強い方のスカルチノフさんをマイオナ厨と一言で呼び捨てるのはちょっと許せないっすね……自分、スカルチノフさんをリスペクトしてるんで、特に」


 珍しく憤っているハッシュを宥める為にも少し質問する。


「ハッシュ、マイオナ厨って何だ?」

「え? マイナーなことをしてオナニーしている人たちってことっすよ。マイナーとオナニーを略しつつ合わせたものがマイオナ厨っす。あんまり良い呼び方とは思わないっすけど」


 またよく知らない単語が出たな。


「そうか……。もう一つ良いか? マイナーはまあ分かるとして、オナニーって何?」

「ああ、マスターベーションって言ったら分かりますか?」

「いや、分からん。マスターって、何かの達人なの?」

「えっ、その認識はヤバいっすよ、ミラ先生! キラ先輩からも何か言ってやってくださいよ!」


 ハッシュが話題を振ったキラは顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。

 何も言わないキラの代わりに、ランマルが溜め息をつきながら、


「ミラちゃんは別に知らんでもええよ。ゲームにそこまで関わりのない言葉やし。スカルチノフはマイナーな装備で功績を上げて満足感に浸っていた、ってことだけ分かればええ」

「ふーん。マイナーな装備って解説で思い出したけど、あいつは確か鎌遣いだったな」


「それで《三十六騎仙》に選ばれるんやから、相当の剛の者やで。マイオナ厨とか言うてしもたけど、全然侮れん相手や」

「ランマルさんがそこまで言うなら、やっぱりスカルチノフさんって相当強いんすね。あの人を目標にしていて良かったっす。ところで、《三十六騎仙》って何すか?」


 完全に《WHO経験者》にしか通用しない単語だった。

 どちらが説明するかアイコンタクトを取った結果、ランマルが口を開いた。


「まず、三十六歌仙って言葉知ってる?」

「聞いたことが有るような無いような、って感じね」


 曖昧な返事をしたキラとは対照的に、ハッシュは何度か頷いていた。


「和歌で有名な三十六人の人っすね。つまり、《三十六騎仙》は《WHO》での有名プレイヤー三十六人の名前って意味っすか?」

「物分かりが良くて助かるなぁ。《三十六騎仙》の中から特に有名な七人を指して《七雄》と呼んだり、《七雄》の中でもチート並みに強い三人を、三大チートみたいに強いプレイヤー……略して《三チ》と呼んだりするんやで」


 ようやく理解が追い付いたキラが、


「そう言えば世界大会の動画のコメント欄でそういう感じの言葉を見たわね。ランマルさんは確か《三チ》と呼ばれていたみたいだけど……ミラは?」

「俺は《七雄》扱いだ。ちなみに、俺とランマルが所属していたギルド《ピアニッシモ》には後二人メンバーがいたけど、片方が《七雄》の一人で、もう片方は《三チ》の一角だ」


 ランマルがしみじみと呟く。


「うちのギルド、基本的にヤバい強さの人が集まっていたからなぁ……」


 スカルチノフの実況動画を見ていると、古代ローマのコロッセウム風の建物の奥から一人のアバターが歩いて来る様子が映し出されていた。

 弓を手に持ったエメラルドグリーンの男アバターの頭上には、彼がエネミーであることを示すマークが輝いている。


「うわっ、あいつ、弓のジュンスケやん」

「あ? でも高名な弓遣いは確か既に……」


 俺もランマルもアイツを知っている。

 スカルチノフ同様、使用人口が少ない武器を上手く使いこなす人は知名度が高いからだ。

 しかしその知名度の高さ故に、俺はアイツが死んでいることも知っている。


「そう、ジュンスケはゲームクリアを待たずに死んでるんや。これはホンマに……」


 考えていた中で最悪の出来事が起きたことが分かり、仮想の心臓が早鐘を打つ。

 ランマルと俺、ついでに、実況主スカルチノフの声が完全に一致した。


「《WHO》の死者が相手か!」

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