檻の中のプロゲーマー ~ワケあって刑務所の中からVRゲームをしています~
富士之縁
第一部:人工知能葬儀場ゴースト・アリーナ
第1話 デスゲーム出身の少年プロゲーマー
2035年10月13日、4602人の死者を出したVRMMORPG系デスゲーム《WHO(Warrior’s Haven Online)》がクリアされた。
脳をバーチャルな世界に直結させることによって俺たちプレイヤーは現実に限りなく近い別世界体験を享受することができたが、その代償として自分の命をゲーム世界に委ねることにもなった。
ゲーム内での死が現実世界での死も意味するというサービス開始直後の運営による説明を、俺は常に心のどこかで疑っていたが、こうして現実世界に戻ってきて、プレイヤーが実際に死んでいたらしいというニュースやら何やらに触れるたびにようやく少しずつあのゲームがただのソフトウェアではなかったのだと実感し始められたような気がする。
どれだけ人が死んだのだとしても、約五年間……俺にとっては人生の三分の一ぐらいの期間遊び続けたゲームがサービス終了に追い込まれたことは少し物悲しかった。
しかし、クリアまでの間に《WHO》と似たようなゲームが販売されていたことは、俺にとって幸運だった。
そのゲームこそが、今プレイしているVRアクションゲーム《YDD(Your DayDreams)》だ。
基本的に近接武器によるリアルな戦いをメインに据えたVRMMOだった《WHO》とは細部が少しだけ異なり、《YDD》には魔法の要素も付け加えられており、キャラのレベルが戦闘に与える影響が小さく設定されているおかげで廃人のように張り付いてプレイしなくてもプレイヤーのスキル次第でそれなりに戦っていけるゲームとなっている。
そして、言うまでもなくプレイヤーの命が脅かされることはない。
「小柄で美少女にも見える少年アバター……あなたが新人のミラで合っているかしら?」
洞窟系ダンジョンの片隅でアイテム集めのための戦闘をしていると、黒のメッシュが混じった金髪エルフみたいな女性アバターがこちらを睨みながら聞いてきた。戦闘を切り上げてモンスターの出ない安全地帯まで移動する。
装備もやたらと豪華なものだったので、それなりのプレイヤーなのだろう。
わざわざ聞くようなことでもないと思ったので、道すがら淡々と返す。
「名前の横に付いているギルドのタグとプロの電子ライセンス、見えないのかな?」
俺の名前とギルドのタグ、そしてプロゲーマーだけに運営から与えられる電子ライセンスを再確認した相手の表情がグニャリと歪んだ。
この世界は、感情をある程度パターン化して読み取り、露骨に表情として示してくれるから分かりやすくて助かる。
相手は一度大きな溜め息をついて、自己紹介を始めた。
「私はギルド《NN(Next Navigators)》のキラよ。まあ、私はギルドリーダーってわけじゃないけど、新人の顔を大会までに見ておこうと思ってね、少し様子を見に来たわけ」
少し前に俺も《NN》というギルドに加入したが、このギルドは仲間内でキャッキャッと遊びたい人たちの為のギルドではない。同じギルド所属なのに、目の前のキラという女性と今まで面識がなかったことも、あまり友好的な態度を取られていないことも当然と言えば当然だ。
このギルドの目的はただ一つ。eスポーツとしての《YDD(Your DayDreams)》の世界大会で勝利を収めること。職業的プロ集団だ。
「俺は世界大会の本戦には出ないのに、いま様子を見に来て何になる?」
「特に理由がなくても、同じギルドに入る人の力量を見定めておきたい、というのは自然な反応でしょう?」
自分が嘗て所属していたギルドと、そこに入るまでの経緯を思い出して頷く。
「そうだな。信頼に足るかどうかは実際に腕を見てみないと分からない」
言いながら一対一の対戦の申し込みを送る。
「仮にもプロゲーマーの私に向かって堂々とタイマンを宣言するとは豪胆ね」
「俺が昔所属していたギルドは重要事項を一対一のデュエルで決めていたからな」
キラは嘲るように小さく笑って、
「流石は《WHO》の出身ね。野蛮過ぎるんじゃない?」
「向こうのデュエルは体力を半分まで削ることが基本ルールだったから、どちらかの体力が全損するまで戦う《YDD》よりもよっぽど紳士的だぞ?」
呆れたような溜め息が聞こえてきた。
「体力がゼロになったら人が死ぬようなゲームで対人の試合をやること自体が野蛮だって言ってるのよ、こっちは。……でも、直接手合わせするのが一番分かりやすいのも事実」
ニヤリと笑いながら承諾してきた。
カウントが現れると、表情に真剣さが宿る。だが、かつて命のやり取りをしてきた相手たちのような殺気までは感じられない。
身体の側面をこちらに向けつつ、片手剣をラフに構えている。見るからにレア度の高そうな武器だ。
こちらも背中から大太刀を抜いて待機する。柄の端を持てば、この距離でも当たりそうだ。
「長っ……」
キラが引き気味に呟いた。しかし、俺からすればこの長さでも短く感じられる。ただまあ、これがこのゲーム内でのほぼ最長の刀らしいから仕方ない。
三、二、一……。
カウントダウンの数字が消えたと同時に、相手の足元目掛けて薙ぎ払う。俺の動きを見るのが目的だというのなら、こちらから仕掛けた方がいいだろうという判断だ。先手必勝という意味合いもあるのだが。
相手は剣を軌道上に置いて防御の構えを見せた。……ので。
「手応えがない……?」
相手の怪訝そうな呟きに心の中だけで返す。
そりゃそうだ。当たる直前に刀を止めたから。
無言で睨みあう。
相手が剣を上げればそのまま攻撃し、防御姿勢のまま突っ込んできたら、一撃躱してカウンターの予定。さて、どう出るか。
「フッ……!」
剣の位置を維持したまま距離を詰めてきた。しかし、あの状態からの攻撃は、切り上げしか択がない。よって、避けることはさほど難しくない。
相手の剣が上がると同時に、刀から一度手を放して身体を回転させる。スレスレのところを剣が通るのを見送りながら、刀を握り直して反撃の一閃。
回避で生じた回転の力も上乗せされた攻撃が相手の身体を吹き飛ばした。
「な、中々やるじゃない」
身体を起こしながら相手が笑った。体力の減り具合を見るに、あと二発は耐えそうだ。
「先輩が褒めてあげたのに無視するわけ? 許せない……!」
短気すぎる……と思ったが口には出さない。
走ってくる相手の足元に刀を振る。
「同じ手が通用するとは思わないことね!」
相手がジャンプしたのを見て、足元から斬り上げる。初撃を防がれても、気にせずに追撃する。空中にいる限り、自由には移動できない。数回切り付けて吹き飛ばす。
地面に足が着く頃には、体力ゲージが残り一割ぐらいになっていた。負ける気がしないどころか、完勝まで見えている。
俺が今まで命を賭けて戦ってきた相手──プレイヤー、モンスター問わず──に比べればあまりにも弱い。
「先輩マジでプロなんすか?」
「……」
今度はこちらの言葉が無視された。無言のままキラが立ち上がる。
その立ち姿からは、諦めムードがまだ見えない。
「さて、今回はどう対処する?」
三度、相手の足元に刀を振るう。前回同様ジャンプした。
しかし、先ほどとは異なる事が一点。大きく見開かれた目が、俺の刀身を完全に捉えているように動いた。剣で打ち合いつつ、姿勢を制御している。先ほどまでとは別人のような動きだ。空中でコマのように回りながら攻撃を弾いている。
四回目の剣戟を、
「取った!」
迫真の叫びとともに、俺の刀を手で掴んだ。もちろん、刃の方は持っていないので、ダメージが入ることはない。プロと呼ぶにふさわしい正確性と胆力。
「だが……」
そう来ることが分かっていれば、対処は簡単。コマンドを弄って武器を一度収納し、再び取り出せばいい。
「コマンド操作が早すぎる!」
空を切った相手の腕を、再び出現させた刀で斬りつける。
「まだまだっ!」
その後の攻撃も何度か凌がれた。俺が上に向かって攻撃し続けているため、未だに相手の足は地面についていない。空中で俺の攻撃をここまで耐えきったやつは初めてだ。伊達にプロを名乗っているわけではないのだろう。
今のコイツからは、勝負に対する執念を感じる。俺に対する明確な殺意を向けてきた数々のプレイヤーたちに比べれば少し物足りない気もしたが、久しく感じていなかった感覚を思い起こさせてくれたことに対する返礼はしておくべきだろう。つまりは、このまま完勝するということなのだが。
単調な攻撃ではダメ、と考えて刀を地面に突き刺し、防御用に構えられていた相手の剣を掴んで振り回す。
「意趣返し? いや、これは……!」
気付いた時にはもう遅い。剣にしがみついていたキラの顔面に、地面に突き立てられていた刀が迫っていた。
「こんなもんでどうっすか?」
アイテムで蘇生させたキラに声を掛ける。
「パ……社長から色々と聞いていたけど、本当に強いのね。正直舐めてた。ごめん」
「いや、舐めていたのはこっちも同じだ。途中からの動きは、《WHO》のトップ層でもほとんど無理だろうな。何故アレを最初からやらなかった?」
うぐ、と言葉を詰まらせ、
「わ、私はスロースターターというか、体力が減ってこないと調子が上がらないの。なんかそういう体質なんだと思う」
「なるほど。次からは一撃で倒すように心がける。まあ……」
言葉を遮るように手が差し出された。
「アンタならやりかねないから教えるんじゃなかった。……でもまあ、これからよろしく、ミラ」
その手を見ながら、尻切れトンボになっていた言葉を繋げる。
「アンタぐらいの相手に負けるようじゃプロ引退だろうけどな」
「は? こう見えて勝率四割強ありますけど? それとも何? 私が勝ったらアンタは即引退してくれるってわけ?」
デスゲーム出身なのでその勝率がどういう数字なのか掴みかねて返答に窮してしまった。
ふと時間を確認したらログアウトすべき時間だったので、
「申し訳ないが、そろそろ夕食の時間だから、ログアウトさせてもらうよ……じゃあ、またどこかで」
「えっ、夕食? ちょっ……握手ぐらい……」
意識が現実世界に引き戻される直前に見た光景の中で、キラは呆然とした様子でその場に立ち尽くしていた。
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