愛している

さち姫

第1話

「・・・ごめんね・・・私、彼を選んだ・・・」

ぎゅっと、携帯を握る右手が強くなる。

左手を、

選んだ、彼が強く握った。

目が合う。

小さく頷いてくれた。

心臓が痛かった。

電話の向こうから、

息を飲むのが聞こえたし、

辛い思いが、

手に取るようにわかった。

何度も、

何度も、

練習した。


でも!

こんなに、胸が・・・苦しい・・・


知らず、目頭が熱くなった。


「ご・・・めんな・・・さい・・・」


愛することは出来なかったけど、

こんなに好きに、

なっていた。


でも・・・・選べなかった。


「いいんだ・・・幸せになれよ。俺の分まで、愛してもらえよ」


どうして・・・

そんなに・・・優しいの?


いたたまれない、辛い思いをひた隠し、それでも、私の事を思ってくれている。

伝わってくる。


「じゃあ、切るな。お前と・・・出会えて良かったよ」

最後まで、優しく微笑む顔が浮かんだ。


頬に涙が伝った。


苦しくて、

苦しくて、

愛せなくて、

ううん。

愛していたのかもしれない。

彼しかいなければ・・・愛していたのかもしれない・・・


泣きじゃくる私を、

優しく、

選んだ彼が抱き締めた。


一年前、会社の上司である彼が、付き合って欲しいと言ってた。

部署も違うなか、全く接点がなく誰が見ても、

素敵で、

私なんかが、と戸惑う私に、

彼は、


俺は、ずっと見ていた、


と、恥ずかしそうに言ってきた。

その瞳と、

その仕草が、

とても胸を締め付けて、

心地よかった。


少しずつ、俺を知ってくれ、


そう、言ってくれたあの日から、

知っていった。


少しして、

別れた彼氏から連絡があった。


ヨリを戻そう


と。

嫌いで、

揉めて、

別れたわけではなかった。

医者になるための国家試験に、集中したいたから、

その理由で別れた。

お互い好きなのを知ってた。

でも、

彼の邪魔をしたくなかった。

いつか重荷になって、嫌いになってほしくなかった。


合意の別れ、


だった。

その彼が、望んだ、医者無事合格し落ち着いた今、

もう一度やり直したい、

と連絡をくれた。


私は、迷った。

個性の違う2人。

優しさも、言葉遣いも、

全てが正反対。


いつも穏やかな、元カレ。

いつも、俺様の、上司。


どちらも同じ様に、私に優しかった。

何も変わらない。

でも、

私は元カレを選んだ。

何故かはわからなかったが、

彼と一緒にいると楽だったから。


「幸せにするよ」


そういって、彼は私を優しく抱き締めた。



あれから、3年がたった。

去年子供も産まれ、すごく幸せだった。

仕事もやめ、専業主婦になって、彼を支えることを選んだ。

上司だった彼は、お見合いをして結婚したと聞いた。

ただ・・・半年で、終わったことも。

でも、

もう、

私には関係のないこと。


そっと、

昼食を食べて、お昼寝の、我が子の頭を撫でる。


やっと寝てくれた。

やれやれと、側を離れ、


お昼の食器を洗おう


と思っていたら、

ピンポン

と呼び鈴が鳴った。


起きちゃう!


急いでインターホンを押すと、郵便だった。

「速達です」

「はい」

玄関を開け封筒を受け取った。

送り主は、主人だった。

私宛に。


ん?

何かサプライズ的な?


固いものが入ってる。


帰ってくるまで待ってた方がいいのかな?


少し考えたが、開けることにした。


待ってても一緒か。


ビリビリ、封を切ると、しっかりと中身が入っていてなかなか出てこない。

仕方なく、汚いながらも、破り広げた。

バラバラと、何かが落ちる。


・・・なに・・・写真?


何枚もの写真が床に広がって落ちる。

奇妙な不安と、動機が、襲う。

拾う前に、

目に、

脳に、

それが何かを教える。

呼吸が苦しい。


・・・これ・・・


震える手と、

震える唇が、

それを拾った。


主人がホテルに入るところと、

2人がベッドに寝ているところ、

2人がホテルから出るところ


嘘だ!


じゃこれは!?


思いの2つが、胸を縛り、争い・・・

意識が・・・遠のいた・・・。


意思が戻ったのは、チャイムの音だった。


帰ってきた・・・


そうして、

彼は、

まるでドラマのセリフのように

何度も

何度も

繰り返した。


「これは酔ってて、全く覚えてないんだ!」

「なにもしてないから!」


繰り返す言葉が、

とても遠くで、

とても意味もなく、

とても辛く、

響いた。


「話し合おう・・・」

弱々しく、まっすぐ見つめ、肩に触れようとしたのを、

振り払った。


嫌だ!


そんな、

私ではない誰かを触って、

私ではない人とキスして、

私ではない人を抱き締めた、

そんな、

手で、触って欲しくない!


「この日付、私が妊娠しているときでしょ?そういうことでしょう?」

「違う!何もしてないんだ!聞いたらわかる、信じてくれ!」

「誰に?この人に?口裏合わせたこの人?」

「・・・それでも、なにもなかった!」

お願いだと、懇願する顔で謝罪する顔が、

とても、

白々しくみえ、首を振り、側を離れた。


あれから一月。

殆ど喋ることもなく、過ぎていった。

食事もまともに食べれず、

自分自身が、

とても疲れて、

何もしたくなかった。

何度も話し合おうと、しつこく声をかける主人が、

汚なく見えた。


主人・・・まだ・・・主人なの・・・?


あれから、誰かが頭の中で囁く。

その答えにいつも、


わからない・・・


そう答える自分がいた。


気づいたら、携帯をもち、

かけていた。


「どうした?何かあったのか」

優しい声に、

涙が伝った。

自分から手を離した、

選ばなかった、


愛してくれた、もう一人の彼。


「ご・・めん・・・かけちゃダメなのは・・・わかっているのに・・・」

嗚咽に言葉が出てこない。

出るのは、

あとから

あとから

溢れる涙。

辛くて、

辛くて、

でも、


声を聞きたいのは、

あなただった。


「何があった?話ぐらいは聞くから、泣くな」

変わらない、低くて、優しい声。

「ご・・めん・・・」

「何言ってるんだ。どこまで行けばいい。迎えに行くから」

「・・・うん・・・」



その後は、坂道を転がるように全てが上手く行った。

浮気をされたと泣きじゃくる彼女を、そっと抱き締め、

ゆっくり話を聞いた。


「もう一度言う。俺を選べ」

そっと頬を持ち、見つめる。

「そ・・・んな・・・、今あなたを選ぶのは・・・卑怯だわ・・・」

涙をたたえながら、首を振る。


何を言ってるんだ。

その瞳の奥も、

言葉の隠れる、

思いは、

もう、俺を見ている。

ああ、そうだ。

大丈夫。

その想いを、

優しく引き出すから。


「俺も、別れた妻は浮気したんだ」

「え・・・?」


それでいい。

その瞳も、

その顔も

安堵に変わってきた。


「俺が悪かったんだ。お前を忘れるために結婚した。・・・だが、逆にお前と比べてしまい、お前のことが忘れられなくなった。あいつは寂しさを紛らすために他に走ったんだ・・・」

「・・・」

「俺を撰べ。俺は・・・お前しかいないんだ。出会ったあの時から。傷の舐め合いだ、と言うならそれでもいい。それでも・・・側にいたいんだ・・・」

そっと頬にキスをした。

彼女は、

自分から、

胸に飛び込んできた。


たった1ヶ月で、離婚は成立した。

それまでに、俺は彼女に全く手は出さなかった。

当たり前だ。

物事は、

完璧に、

慎重に、

動くべきだ。

バカな奴だ。

一時の幸せが、永遠に、なにもせずとも続くと慢心しているから、

あっという間に、

足元を掬われる。

たかが、3年。

そう、

たかが3年。

思ったより早かったな。


胸を高揚感で、苦しくなる。

知らず笑みが漏れる。


これからも、何十年もつづく、2人の日々に比べれば、

短いもんだ。


あいつは確かになにもしていない。

だが、

誰がそれを信じる。

元妻も、

何のために結婚したと思っている。


全ては、この為。

2人とも、よく、嵌まってくれた。

俺が全てを仕組んだとは、

誰も思わない。


始めから、俺を撰ばないのは解っていた。

だからこそ、

これでいいんだ。


優しさ

と言う足枷は、

後ろめたさを想う気持ちで、

より、

重く、

甘美で逃れられなくなる。

俺はいつだって、

お前の事を考える。

そのためなら何だってする。


それが、愛すると言うことだ・・・


手に入れた。

もう、離しはしない。




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