無題

ノーチロス

第1話

雨が降る。その水滴が落ちて僕の肩と地面を濡らす。

気だるげに見上げると上には厚い雨雲と歓楽街に多いネオンの光る看板。

ふと横を見ると、『案内』と書かれた表示を出して街を練り歩く接客用女性アバターのアンドロイドが横を通る。本当に余裕があれば、今頃そのアンドロイドの案内で店へと赴いていたかもしれないが今の僕にそんな余裕はない。

口に咥えた煙草を地面に捨て足で火を消す。通行人が怪訝そうな顔をして素通りしていく。

すると、耳にしている無線端末に入電が来る。そろそろ突入の時間のようだ。普段通りの装備を見に纏い、対象の隠れているホテルの一室へと向かう。嫌な予感はしていたが、最低でも1人は死んでいるようだ。入口の前に人の体に付いてるはずの手が転がっている。

新人研修の時に教えこまれて言い飽きた能書きを言いながらドアを開ける。最悪な事に対象はお食事中のようだ。つい数時間前まで生命活動をしていたであろう肉塊を貪り喰いながら対象はこちらを向き、ニヤリと血塗れで笑う。昔見たスプラッター映画にでも出てきそうな光景に笑ってしまいそうになるが対象に銃を向けもう1度忠告する。

「今すぐ地面にうつ伏せになり両手を後ろに回せ。」

「やだね。新鮮な食事がやって来てくれたんだから食べないと勿体ないよね。」

「指示に従え。さもなくば撃つぞ。」

「撃ってみろよ。撃たれても構わず食べてやるよ。」

対象は相当頭が逝ってるらしい。実銃を向けられたこの状況で僕を食べようというらしい。仕方なく銃の引き金を引く。『バン』とありふれた発砲音と共に対象の片足が吹き飛ぶ。

「あ、あ、ああああああああぁぁぁ。俺の足がァ。」

「忠告はした。それに従わないから撃った。お前を逮捕する。」

そう言いながら対象に手錠をかけて、本部に報告と救護班の手配を申請する。これでひとまずは仕事が終わりと思うと安心して笑みがこぼれる。

本部からの人員が来る前に、現場の保全を済ませ、対象の止血をすませる。対象はあまりの痛みに失神している。数分後本部からの人員が到着し、現場検証と遺留品の確保、被害者の確認などがはじまり、僕が片足を吹き飛ばした対象も特殊な拘束をされ搬送されていく。

これで僕の仕事は終わりと本部に引き上げようとすると捜査員に声を掛けられる。

「お前も損な役回りだよな。俺の奢りだからたまには飲みにいかねぇか?。」

「いえ、僕はあまり飲める口ではないのでまたの機会に。」

「おめぇはいつになっても変わんねぇな。わーったよ。また今度な。」

少し残念そうにしながら捜査員は去っていく。僕は、煙草を咥えながら本部へと引き上げる。

本部に戻った僕は、デスクで現場報告の書類を仕上げ、それをチーフのデスクに起き帰宅準備をする。ここまで来るのに数ヶ月も掛かったと思うと感慨深くもなるが、こんな事件が休暇明け毎回発生するのだから、呆れることしかできなくなってくる。

本部長からは僕の所属するチームは2ヶ月の休養を取るようにと指示が出ていたので、僕はお先にという形で休養することになっている。何故なら毎回対象の確保をしているからである。

自宅付近まで戻ってくると、近くのマーケットに寄る。数ヶ月頑張った労いとして自分に高級ワインを買うためだ。

ワインを買って帰宅すると、ホームコンシェルジュのシルヴィに食事の用意と風呂を沸かすように頼む。その間僕は今着ている仕事着を脱ぎ部屋着に着替える。

シルヴィの作った食事を食べながら買ってきたワインを口にする。何となくシルヴィにテレビをつけてもらうと、僕の捕まえた犯人についての軽い報道がされていた。番組コメンテーターがもっと早く逮捕することが出来なかったのかと批判的なコメントをしているのを見ていると、少し怒った様子でシルヴィがテレビを切る。不思議に思い

「シルヴィ、どうしたんだい?怒ってるみたいだけど。」

と質問すると

「どうしたも何も、ご主人が頑張って捜査員として逮捕したにもかかわらずそれに対して批判をするなんておかしいです。」

と答えてくれた。それを聞いた僕は思わずシルヴィの頭を撫でた。

「ありがとうシルヴィ。僕の代わりのように怒ってくれて。でもそれでいいんだ。もう少し早く捕まえることはできたからね。」

「そんな、私はただ思ったことを述べただけです。」

そうシルヴィは言って食べ終わった食器を片付け始める。僕はそれを眺めながらソファに座る。ワインを飲んでいたこともあって、少しうとうとしてしまいそのまま眠りに着いてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る