【エージェントが甘えたそうに君を見ている。】オマケ番外編集

殻半ひよこ

オタクガールがイジりたそうに君を見ている。【冴島猟牙/ミシェル編】

 ごく普通の十五才、高校一年生の俺、幸村隼人ゆきむらはやとの日常はこの春、特別な騒動に見舞われた。


【秘宝】と呼ばれる超常存在にまつわる、世界の裏側に潜む陰謀の数々……【楽園の鍵】とかいう、誰もが追い求めるヒミツとやらに、どうしてか関わってしまっている。


 とはいえ、世の秘宝関連トラブルをバスターしている正義の秘密組織、秘宝回収管理協会・略称STCCの人たちによって俺の生活は保証され、なんとか日常を送れているわけだが……


「……うっし、でーきーたーっ」


 その、守られているはずの日常で今、俺には危機が迫っている。

 現在地、幸村家の一室。お菓子の空き袋や読み散らされたマンガなどと並んで、姿見前の一角だけがきちんと整った、怠惰と外面が溶け合ったかんじの部屋で、幸村隼人は今、普段自分からは到底着ないような、洗練されたファッションに身を包んでいるのであった。


「あふぅ……いいなぁ、これ、このかんじ……やっぱ、ゆっきーにはこんな感じの春コーデが似合うと思ってたんすよ……にゅひへへへ……」

「……そ、そうか。似合ってんの、これ?」

「ばっちしがっつりぴったんこ、だぜ。どっちかってーとゆっきー、ダウナーよりっつーか、落ち着いている雰囲気じゃん? 色は大人しく、ちょいクラシックに。今春の流行とは違うけど、むしろそれが、際立って決まってんぜ……ひゅふふ」


 鏡の前で俺の着せ替えを味わうピンクい髪のジャージ装備オタクは、ミシェル。


 彼女こそ、現在俺を護衛してくれている頼もしい同居人の一人である。……や。オフの時はアレだが、頼もしいときは本当に頼もしいんです。尊敬に値する相手なんですよ、信じてください……。


「なあ、ミシェル。今さら聞くのかってかんじだけど、これ、何?」

「やーだにぃ、とーぼけちゃってぇ。ゆっきーってば、わちしが護衛する相手なんすよん? つまり、わちしがずっと眺める相手ってことじゃん? ンなの、納得いくまでキャラメイクしなきゃ。自キャラで冒険する系だと、めぇっちゃこだわるポイントだよぉ……本編開始までに一日潰れてるとかザラさザラ……」


 後ろを向かされる。気のせいではないと思うんだけれど、ミシェルは俺のパンツの尻側を真顔で見つめていて、「あっふ……暴力的な尻のモデリングだ……」とか呟いている。待って?


「――あ、あのさ。こういうの、これまでもやってきたわけ? その、エージェントとして」

「え? いやないよ。ないにきまってんじゃん。ゆっきー、わちしをヘンタイ扱いか……?」


 おい。

 今の行動のヤバさを秒で出してくるのやめない?


「……あるわけないじゃん。秘宝使いのエージェントとして仕事してきたけど……ゆっきーみたいに、こんなふうに素を出しちゃえるような関係で一緒に住んだりなんて、ありえなかったんだから。弱味も趣味も見せたらぜーんぶ隙になる、フリーの秘宝使いの油断できなさ舐めんなよ……あ、愛着を持てる雇い主に出逢えるなんて、それこそ、キセキみたいなもんなんだぞ……そこんトコ、ちゃんと自覚してろよな……言わせんなし……」


 さっきまでの悪ノリにハイテンションをミックスした表情から一転、ミシェルの不満げな表情が姿見越しに見える。

 ……むう、そうだよな。曲がりなりにも断片的でも、彼女の過ごしてきた時間を知っている者として、デリカシーのないことを言ってしまった。これはよくない。


「そっか。いや、そりゃ、無粋なことを言ったな。悪い、ミシェル」

「……ふひひ。わ、わかればよろしい。わかりすぎるくらいわかっとけ」

「じゃあさ、ずっと見ている相手に、見てて嬉しいようにキャラメイクしたいってんなら、俺のほうからもさせてくれよ」

「…………ほわ?」

「外での先輩モードには意見なんておこがましいし、こっちのミシェルのほうで。いっつもお前、だらだら楽々ジャージモードばっかだろ。素材はいいのに、もったいない。着飾ったら、それこそ確実に間違いないと思うんだよ。な? 違う髪型とかも似合いそうじゃん?」


 お互いに距離を近づけよう、打ち明けようと放った一言だった。

 しかしなぜか、姿見越しのミシェルは、その顔面をぐにゃぐにゃと曲げ、涙目になり――


「へへ、へんたーーーーいっ! 何言ってんだばかあほウカツ、男女間距離わからんちん! ゆっきー、それだめ、越えちゃなんねー一線だろーっ!」


 何故なのか。相変わらずわかるようでよくわからない、フリーのエージェントで俺の護衛で、現在同居中なだらしないオタクガールの先輩なのだった。


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