素早さは正義!?

マロニエ

第1話 アルドと薬売り

「うーーん…… 久々に帰って来たな」

アルドは大きく伸びをしながらそう呟いた。馴染みのある花や草の匂いが鼻腔をくすぐり、心地良い風が頬に当たる。実に懐かしい感覚である。


ここは緑の村バルオキー、俺の故郷だ。


ついこの間までは改変された歴史を修正するために東方のガルレア大陸の方にいたのだが、一区切り着いたので一旦バルオキーに帰って来たのだ。


エイミやリイカ、サイラスといった他の仲間達も未来やら古代やら、それぞれの時代に1度里帰りしたりしている。一緒に旅に同行していた妹のフィーネは魔獣族のギルドナやアルテナと一緒にコニウムにいる。あの2人と一緒だったら何も心配ないだろう。


ちなみに俺がバルオキーを飛び出してからずっと一緒に時空を越える旅に同行している黒猫のヴァルヲもフィーネ達の所にいる。だから、今俺は1人だ。


全ての問題が解決した訳ではないので村には未だに東方の兵士達が屯しているのだが、この光景にはまだ慣れない。早くなんとかしないと。でもその前にーーーーーーーーーー


「折角帰って来たんだし、爺ちゃんの所に顔でも出そうかな?」

そう言って俺は行き交う村人達に軽く挨拶をしながら、村の中央にある他の家よりも少し立派な家の方に向かった。ドアを開けて中に入るとこの村の村長であり、俺やフィーネの育ての親でもある爺ちゃんが嬉しそうに出迎えてくれた。


「おお、アルドか。お帰り。…………おや? フィーネやヴァルヲはどうしたんじゃ?」

「ただいま、爺ちゃん。フィーネとヴァルヲならアルテナ達と一緒にいるよ。……それで、村は何か変わったことでもあった?」

俺は軽くそう質問した。今は色々な場所や時代を旅しているのでつい忘れそうになるが、俺はこれでも立派なバルオキー警備隊の一員だ。なので、村を長く離れていると、何か村のトラブルが無いかどうか心配になるのだ。爺ちゃんは顎に手を当てて考え込む仕草をした。


「ううむ、そうじゃのう…… 今のところ主だったトラブルは無いぞ。ダルニス君やノマル君達も頑張ってくれとるからのう」

「そっか…… それなら良かった」

俺はホッと息を吐いた。確かに村にはダルニスやノマルがいるんだから特に大きな心配は無いよな。あの2人の強さは旅の仲間であり、同じバルオキー警備隊である俺が保証する。俺の杞憂だった。


その時、爺ちゃんが何かを思い出したかのように話を切り出した。


「おお、そうじゃ。昨日からこの村に腕の良い薬売りが来ていてのう。アルドも会いに行ってみてはどうじゃ? 戦いに役立つ薬も色々売っているそうだから、旅の役に立つかもしれんぞ」

爺ちゃんにそう提案されて俺は少し考えた。


確かに敵は強いのも多い。最近の東方の旅でも仲間の力が無かったら危なかっただろう。実際にそんな危機は何回もあった。それなら少しでも何か役に立つものを揃えておくことも大事か。


なので、俺は帰って早速だが、その薬売りに会ってみることにした。爺ちゃん曰くその薬売りはよく村の酒場にいるそうなので、そこに向かった。



ーーーーーーーーーー

酒場にはまだ昼間だというのに、人がちらほらいる。と言っても酒場にいるのはいつもの似たような常連ばかりだが。俺が中に入ると、酒場のマスターが気さくに声を掛ける。


「よぉ、アルド。どうしたんだ、今日は?」

「えっと……昨日からこの村に来てるって言う薬売りを探しているんだけど来てる?」

「ああ、それならあそこにいるぞ。ほら」

マスターはそう言って酒場の隅にあるテーブルを示した。そこには大きな荷物を抱えた白髪の中年男が美味しそうに酒を飲んでいた。


俺はマスターに軽く礼を言うと、そのテーブルに近付いて声を掛けた。


「なぁ、あんたが昨日から来てるって言う薬売りか?」

薬売りの男は俺に胡乱そうに目を向けると投げやり気味に答えた。


「ヒック…… いかにも。私は薬売りですが。あんた……もしかしてお客さんですかい? どんな腰痛の薬をお求めで? それとも風邪薬?」

「えっと……何か戦闘で役に立つ薬とかも売ってるって聞いたんだけど。どんな薬を売っているんだ? ちょっと興味があるんだけど……」

俺がそこまで言うと男は先程までとは一転して、目を輝かせて食いついてきた。正直少しドン引きするレベルで。


「よくぞ……よくぞ聞いてくれた! 私が作っているのはね、ズバリ………身体強化薬なのだ!! この村では全然興味を持ってくれる人がいなくて……ううっ」

男は涙ぐみながら感激した様子で饒舌に語り始めた。どうやら、その男の得意分野である薬はこの村では全く需要が無くて少し………いや、かなりいじけていたらしい。


まぁ無理もない。この村はそんなに危険な魔物が多い所でも無い平和な村だからな。別に戦いで役に立つ薬が必要という程ではない。そこがこの村の良いところでもあるのだが……… いや、それにしても身体強化薬って…………


「し、身体強化薬……? 俺はてっきり回復薬とか敵を弱らせる毒薬みたいなものかと思ってたんだけど……」

「いやいやいやいや、そんなもの……いざと言う時には何の役にも立たんさ! いいか! 戦いの場において最後の最後に頼るものは武器でも防具でもない…………この肉体が物を言う! だってそうだろう? 例えば武器が折れたり奪われたりとかしたら、最後には己の拳で戦わないといけないんだ」

「うん……まぁ一理あるな」

「そうだろう、そうだろう! だが、剣士がいきなり拳士の真似事をするには無理がある。なんたって剣の扱いには長けてても拳の扱いに関してはズブの素人だからな。どうしたって実戦の役に立つとは言い難い」

「確かに……俺がいきなりエイミのような真似なんて出来ないし……」

「その通り。だからこそ……この身体強化薬が役に立つんだ!!」

男は得意げにそう言って荷物から薄紫色の液体が詰まった瓶を取り出した。男は瓶を少し揺らしながら説明を続けた。


「身体強化薬というのはな…… 長めの時間で自分の身体の能力を大幅に高めることが出来る代物だ。例えば腕力を高める薬を使えば凄腕の拳士と同じ威力の腕力を発揮することが出来るし、耐久力を高める薬を使えば魔物の攻撃にも防具無しでも耐え切れる」

「それは……凄いな」

俺は思わず感心して声が漏れる。要は仲間が使うバフの効果を薬で簡単に得ることが出来るということか。しかも、持続時間はバフと違って長いらしい。確かに戦闘の役には立ちそうだ。すると、男は自慢げに笑った。


「ハッハッハッ、そうだろう! よし! 折角だし、私が新しく作った身体強化薬の試供品を君にやろう」

男は瓶をしまって、上機嫌にまた荷物を探ると今度は薄緑色の液体がなみなみと入った小瓶を気前良く渡してくれた。さっきの瓶よりも一回りも二回りも小さい。本当に少ししかないみたいだ。


「え? でも良いの、これもらっちゃっても?」

「構わんさ。こいつは私が新しく作った素早さを極限まで上げる究極の身体強化薬、その名も『イダテン』だ。東方にいると言う神様から取った名前なんだが、なかなか良い名だろう。素早さは正義なんだ! 素早ければ敵に気付かれる前に倒すことも出来る。攻撃だって受けることが無い! まさに無敵になれる。……試供品だから量はほんの少ししかないが、効果は抜群だ。この私が保証するよ。さぁさぁ飲んでみなさい。ほら、グイッと!」

男はアルドにその薬を飲むように勧めてきた。男があまりに強く勧めるので、アルドもつい薬を一気に飲み干した。どこか柑橘類のようなほんの少し甘い味がした。


だが、飲んではみたものの特に変わった感じはしなかった。俺はてっきりもう少し身体が軽く感じると思ったんだけど…… 効くには時間が掛かるものなのだろうか?


「よーしよし、飲んだな。それなら、外で少し走ってみたらどうだ? 効果がよく分かると思うぞ。ただし……だぞ」

「あ、ああ……そう言うんなら少し試してみるか」

俺は男の言うことに少し違和感を覚えながらも酒場を出ることにした。だが、歩いていてもやはり大きく変わった感じはしなかった。


もしかして失敗作だったんじゃないのか……? 


俺はそう思わずにいられなかった。


(さてと。試しに少し速めに走ってみるか。もしかしたらあの薬、あんまり効いてないんじゃないか? 量も少なかったし)

俺は酒場を出てそう考えると、足に力を入れて少し速めに走ろうとした。今のところあまり効果はないんじゃないかとつい軽く考えてしまったのだ。


しかし、それは大きな間違いだった。


やがて足が突然見えなくなるくらいに高速で動き出した。俺がそれに危機感を感じて急いで止まろうと思った時にはもう遅かった。


「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー」

俺は勢い良くバルオキーを飛び出してしまったのだ。文字通りのままに。


後日、村の人が言っていたのだが、酒場の前にはの足跡が強く残り、その足跡は発火してうっすらと赤くなっていたらしい。


しばらくの間、村では何かの怪奇現象か、新手の魔物の仕業ではないかと噂になったそうだ。

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