第94話


 サトルは返す刃で再度アラダインに斬りかかる。

 しかし、それすらも奴には掠りもしない。


 アラダインは冷たく光目をサトルに向け、勇者殺しの剣で斬り上げたエクスカリバーをすくい上げるように弾き飛ばした。サトルの、勇者の、サラニア軍の生命線である聖剣が天に打ち上げられる。


「これは少し見込み違いでしたかな。なんとも粗末な攻撃でしたね」


 空を指し示すように掲げられたヒロイックスレイヤーがその名の下にまた一人の勇者に降り注ぐ。

 迂闊だった。十万の軍の長であるアラダインを完全に見誤っていた。


 走馬灯のようにぐるぐると思考が回る中、後方から声が聞こえた。


「左!」


 短い言葉にサトルは反射の速さで反応し、上半身を力一杯捩り左へ傾けた。

 直後、耳元で空気の壁を穿ち、凄まじいまでの風切り音をかき鳴らし、サトルの右側頭部より一本の槍が伸びた。


 サトルの背後から放ったマリーの一撃だ。

 真っ直ぐで美しすらある殺意の塊。

 サトルならば必ず応えると確信して放った全身全霊の突きである。


 サトルの影からの奇襲。余裕を見せていたアラダインだったが、その表情は目を見開き苦々しく歪む。

 しかしながらマリー渾身の槍は奴の頬に一筋の傷をつけるだけに終わった。


 即座にアラダインは反撃に転ずる。


 前のめりに突きを放ったマリーは前方のサトルにぶつかり、無理に体を捩って避けたサトルはマリーとの接触もあって完全に死に体。


 このままではサトルどころかマリーごと勇者殺しの剣の餌食となる。


 そこへ、サトルとアラダインの間に黒いナニかが飛び込んで来た。


「マイマスター失礼します!」


 ツインテールをなびかせ乱入したのはドライであった。彼女はサトルを蹴り飛ばし、もつれ合い、ただヒロイックスレイヤーの錆になるしかなかった二人をアラダインの間合いから逃す。


「グッ! ドライ!」


 サトルはドライの加減を忘れた蹴りに呻きながらも彼女の名を読んだ。

 ヒロイックスレイヤーがサトルの思い描く通りの剣であるならば……


 闖入者にも動じず、アラダインは勇者殺しの剣を止めず、それに二刀を交差させ受けの体勢を取るドライ。


 最早回避に転じるだけの時間は残されていない。


 彼女も分かっているだろう。だが、主人でるサトルを守るためにはそれしかないと判断したのだ。

 ヒロイックスレイヤーは空気を斬るようにドライの二刀を斬り、その先にいる二刀の主人であるドライを袈裟に斬り裂いた。


 瞬間、黒髪の少女は跡形もなく霧散。サトルの胸には熱く鋭い痛みが走り、一欠けら分の穴がぽっかりと空いたような虚無に襲われた。


 それはスキルであるマーダードールズの一人を倒されたことによるダメージのフィードバック、そして勇者殺しの剣の付随効果である勇者スキルの無効化により、ドライと言う少女が二度と戻らず消え去ったことをサトルに知らせた。

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