第92話
「魅力的な提案だな。そしてまた洗脳して何千何万もの人間を殺させるのか?」
「洗脳……いえ、その必要はありません。勇者殿が私達のもとで力を存分に揮って頂けるのでしたらね。それにあれはダメですよ。すぐに精神をすり潰して使い物にならなくなってしまう」
アラダインはニヤリと笑ってサトルを見た。
終始、威厳と紳士さを湛えていた騎士団長から醜悪さが漏れ出る。
「私は貴方様を高く評価しております。どうです、メロべキアなどと言うちっぽけな国ではなく、私と共に世界の王になりませんか?」
奴の表情が歪む。先程まではメロベキア騎士団団長。そして目の前に存在しているのは、今までとはかけ離れた印象を与える下卑た笑みを浮かべるアラダイン・フォン・セドキアと言う人間の本性。
「もちろん褒美はさしあげます。そうですね、世界統治を果たした際には勇者殿のための特区を設けましょう! 貴方様が好きなように法を作り、統治して頂いて構いません!」
本性を晒し、今サトルの目の前でメロベキアの裏切りを企てるアラダイン。だからこそ奴の言っていることは嘘偽りのない提案なのだろう。
そしてまた、そんな提案を断れば生き証人であるサトルとマリーは必ず生かしておかない。
自分とともに世界を取るか、それとも死ぬか。どちらかを選べと言っている。
「その世界統治の目的はなんだ?」
アラダインはより一層濃い笑みを浮かべる。サトルが興味を持ったと思い溢れたのだろう。
「選民です! 今のこの世の中はどうでもいい人間が多すぎると思いませんか!? 大した実力もないくせに、王の子であるから王になる。上流貴族だから無能でも立派な役職に就く……馬鹿げている。そうは思いませんか!?」
空を仰ぐように、手を大仰に広げるアラダイン。今まで押し込めてきた感情が噴出させるように彼の紡ぐ言葉は熱を帯びていく。
「もう傀儡の王はいらない。ただ臆病なだけの宰相はいらない。互いを互いが監視するような疑心に満ちた小さな国など無用! ただ強い者が頂点に立つ。そんな世界を作りましょう」
確かにメロべキアという国は腐っている。勇者と言う力を借りて他国を侵略し、貴族も平民も反感の目を摘むように、密告と密告の疑心暗鬼に陥らせている。
だが、アラダインの言っていることは弱者の絶対的な排除である。世界の統治だの、王だの特区だの、サトルには全く興味がなかった。
サトルの夢はただただ、マリーとこの世界を回る旅をしたいと思うだけである。
そしてサトルの頭の中に一つの合図が響いた。
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