第91話


 マリーが無謀な作戦を決行する前に、それを止めるためにサトルは一歩前に出た。おそらく彼女は今冷静さを欠いている。それもそうだ、まだ戦争は中盤だと言うのに、思ってもないところで最終決戦に突入したのだから。


「それはさせない」

「でも――」

「ダメだ!」


 サトルは食い下がろうとするマリーを制する。

 確かにパナケイアが有れば、彼女が粉々にでもならなければ癒すことはできるだろ。だからと言ってそんなことができるはずがない。

 それならばマーダードールズを呼び戻して決行したほうがずっといい。後ろにいるサラニアの兵達を犠牲にしてでも。

 サトルにマリーを犠牲にする選択など存在しない。


「それに、きっとグングニールは奴には通用しない」

「さっきの力のことね……」


 どうやらマリーは少し冷静になってくれたようだ。


「アラダイン! その剣はなんだ?」


 アラダインは恐ろしく強いが、殲滅の一閃を無効化したこととは全く別だ。この世界で生まれて生きる人たちにスキルと言った特殊技能の類いはない。つまり勇者のスキルが関係している。


「流石は勇者殿。ご明察でございますな」


 アラダインは己の持つ剣を高らかに掲げて見せた。

 シルエットはエクスカリバーに似ているが、飾りっ気はなく、とてもシンプルな意匠の剣である。


「これこそが鍛治の勇者に作らせた最上の二振りの内の一振り。聖剣エクスカリバーの対の剣として作らせた勇者殺しの剣(ヒロイックスレイヤー)でございます。今回のような場合を想定して対策をしておくのは至極当然かと思われます」


 今回のような……もしも勇者が裏切った場合にどんなスキルを保有していたとしても殺すための奥の手。これで合点がいく。グングニールが切り裂かれ消滅したのも、切れぬ物無しと鍛え上げられた聖剣エクスカリバーでも切ることができないことにも。


 戦況としては最悪だ。


 サトルの中で最強に位置付けられるメロベキア騎士団団長、アラダイン・フォン・セドキア。勇者である優位がヒロイックスレイヤーの存在のせいで消し飛んでしまった。


 更にアラダインの背後からはメロベキア軍が蠢き行進している。自軍の様子はわからないがマーダードールズとニーアに戻る様子がないことを鑑みると……


「さて勇者殿。私めに提案があります」

「提案……なんだ?」


 アラダインの提案なんかにのるな。奴の狙いはただの時間稼ぎかもしれない。サトルはそう考えながらも、今は打つ手がない。奴に先を促す。


「メロベキアに戻りませんか? 今の貴方様の力が有れば、王は最高の賓客としてもてなすでしょう。勇者殿がお望みならば数人程メロべキアにお連れしても構いませんよ。例えば、そこのお嬢さんとかね」


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