第87話
無数の矢が人間を襲い倒れ伏す。
グングニールに貫かれ、爆発で肉と血を飛び散らせる。
爆風で運ばれてくる焼けた肉の臭い、濃い血の臭い、目を覆いたくなるような惨状。
だが、サトルは怯まない。目を逸らさない。何も思わない。
頭の中では戦場の現実に嫌悪感がよぎっているのに、心は虚空。思考と心が乖離したような。知っているが理解はしていないような。
神の杖を落とし何万の命を奪ったとしても、グングニールによって地獄を作り出したとしても、サトルの心は動かない。
ただただ進軍してくるメロベキア兵を殲滅の一閃をもって蹴散らしていく。
グングニールの残数が三百発程になるまで撃ち込んだ頃、メロべキアに変化が訪れる。
進軍をとめ、中央を開けるように道が開けていく。
現れたのは馬に矢避けの鎧を着せ、跨る者も甲冑を見に纏う騎馬隊であった。
一団は馬上からの攻撃、突進からの貫通力に特化したランスを装備しているが、先頭を走る馬に跨った騎士はランスを持っていない。
それどころか、遠目で見ても兜を被っていないことがわかる。
頭を守るための防具を装着していない。それは顔を晒すことに意味があると言うこと。その存在こそが、この戦争にとって戦局を大きく左右する人物であるがためだ。
「アラダイン!」
ニーアが憎々しげにその名を呼んだ。
メロベキア王国騎士団、団長アラダイン・フォン・セドキア。初めて対峙した時、サトルは文字通り手も足も出なかった。二度目はなんとか逃げ延びたに過ぎない。
そしてこの局面において奴が立ちはだかる。
しかしながら、現況は過去の対峙とは大きく異なる。
あの時のようにスキルを知らないサトルではない。あの時のようにスキルを理解していないサトルではない。
サトルはグングニールを展開、射出する。
これはサトルの独断ではあるが、ニーアが何も言わないとなると、彼女の意見もサトルと同じ判断をしているのだろう。
今この戦場において一番に排除しなければならない敵であると認識しているのである。
アラダインと騎馬隊の一団目掛けて飛ぶグングニール。
だが、彼らは大きく蛇行しながら殲滅の一閃を避けて進む。着弾による爆発範囲すらも計算に入れ、左右に大きく揺れ動く。
「クソ!」
的確に指示を出しつつ、サラニア軍へと迫る騎馬隊。勇者の使うスキルの知識についてはあちらの側の方が詳しい。
これくらいの事はある程度想定していたことだが、迫っているのが十万の軍を束ねる騎士団長アラダインであることに焦りを覚える。
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