第74話
勇者として、どれだけ強大な力を持ったとしてもそれに溺れてはいけない。メロベキアと戦って来た彼らは勇者と言う名の厄災を撃ち滅ぼしてきたのだ。
つまり、サトルも彼の国との戦いで生き残る絶対的な保証などない。
それこそ今日が最後の晩餐になる可能性だってあるかもしれない。
「きっと大丈夫だ」
なんの根拠も説得力もない。だが気休めでもいいとサトルは口にした。せっかく町にでたのだ。今後控えている殺伐としたことに気をもんでいてもしょうがない。
今を楽しもうと……サトルは思う。
「さ、せっかくならいろいろ見て回りましょう」
そう言い出したニーアは先頭を切って歩き出し人混みへと分け入っていく。彼女につられるようにサトルとマリーが続く。
露店がひしめく通りは人が多くて進みにくい。
だが、先を行くニーアはそんな人々の隙間を縫うようにスルスルと前へ前へ進んでいく。 そして、とうとう見失ってしまった。
「ごめん! 私ちょっと見たいものがあるから、二人で適当に周ってて!」
喧騒の中でも、よく聞こえる声色と声量でニーアが言う。
サトルとマリーは人の流れに逆らわない様にゆっくりと前進しながらはぐれない様に身を寄せ合った。
「いっちゃったね」
「あ、あぁ……」
これはきっとサトルがマリーに気がある事を知ったうえで、ニーアが変な気を利かせたのだろうと勘ぐるサトル。
こういったシチュエーションを考えなかったわけではないが、突然にそれが舞い降りてくると戸惑ってしまうサトル。
それも人々に押されて密着状態である。
サトルは緊張のために一言も発さず、ただただ通りを進んでいく。
一方マリーの方は周りをキョロキョロとしながら物珍しそうに露店を見ている。
ローブで顏が隠れていてよかったとサトルは思った。
「おっと、ちょっとごめんよ!」
突然後ろから男の声がしたと思うと、後ろから押しのけられる。バランスを崩したサトルはマリーと共に露店の前に出てしまった。
「いらっしゃい! 見てって見てって!」
前に現れたサトル達を見た店主はどうやら客だと勘違いしたらしく、大きな声で二人を迎え入れた。
「少し見て行こうか……」
サトルとマリーは顏を見合わせ、しょうがないと言った様子で店を見ることにした。
「これは……」
店には、店主を中心に宝石らしきものが装飾されたアクセサリー類が並べられている。
値段は銅貨二枚から、三枚が大半である。サトルは今だこの世界の価値がどれ程かわからないが自分が渡された硬貨を鑑みるに安価であると思う。
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