第73話
「さぁさぁ見てって見てって!」
元気のよい主人達が自慢の商品を並べて客を呼び込む。サトルがいた世界でも昔はこんな光景が広がっていたのだろうかと思いを馳せる。
「はい、それじゃぁ二人にお小遣いを支給します!」
田舎から上京してきたおのぼりさんのように辺りをキョロキョロと見渡すサトルとマリーに店の店主に負けないくらいの声量でニーアが言う。
「え!? いいんですか?」
「もちろんよ! お金もなしにお店を見て回ってもなにも面白くないものね」
異世界に来てからサトルは賃金を貰うようなことをしていない。没落村で金銭に関してどうなっていたのかまでは知らないが、マリーも夜逃げ同然にあの村を出たのだ。
つまりは二人揃って一文無しだ。
「人通りも多いし、首都だけあって比較的治安はいい方だと思うけど……スリを詐欺には気をつけてね。まぁ私がついてるそんなことにはならないと思うけどね」
治安が良くてもスリと詐欺には気をつけろ……か。
裏通りなんかに迷い込んでしまえば身ぐるみを剥がされるだけでは済まされそうにない。
「はい、それじゃぁこれ」
ニーアは二つの巾着袋取り出し、サトルとマリーに手渡した。
手のひらに載った袋は思った以上にずっしりと重く、金属が擦れ合う独特な音がした。
サトルは早速袋の中身を確認する。
銅色の硬貨が大半を占め、その中に埋もれるようにして数枚の銀色に輝く硬貨があった。
それは見覚えのない、見覚えのある硬貨とは少し違っていた。脳が混乱しそうな感覚ではあるが、その硬貨に対する知識は召喚時に流し込まれた基礎知識の中の一つだ。
「メ、あの国とは通貨が違うのか?」
「えぇ、あの国は独自なのよね。あんなもの店の人間に出したら良くて独房行き、最悪公開処刑ね」
どっちみち、メロベキアで金銭を受け取っていたとしても、あの国を出れば何の役にも立たないと言うことだ。むしろ、不幸を呼び込む種になりかねない。
「ま、お小遣いって言葉そのままだから豪遊はできないけど、今日を楽しむには十分だと思うわ」
「ありがとうニーア」
サトルが言うとニーアは欠けた笑顔を向けてくる。表情は笑っている、しかし瞳はどこか悲しげだ。
「気にしないで……これからどんなことが起きるかわからないんだもの。むしろ、これだけしか用意できなくてごめんなさい」
どこか遠くを眺めるようにニーアはサトルから目を逸らした。
もちろん忘れてなどはいないが、サラニアの準備が整い次第メロベキアとの戦いになる。
もしかするとこんなにのんびりとできる時間も最後かもしれないのだ。
決して口には出さないが、彼女はそう言いたげな表情をしていた。
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