第9話


「ええい! ままよ!」


 吹っ切れたサトルはある種の決意を固め、洗い場にあった椅子にどっかりと座った。緊張で体が細かく震えてはいるのだが……


「よ、よろしくお願い致します」

「はい、それでは失礼致します」


 背中にメレニアの気配が伝わってくる。それだけで背筋を何かが這ったかのように、くすぐったい感覚が下から上へ突き上げてきた。


 そして、何やら準備しているメレニア。男の沽券に関わる可能性が高いので後ろを向くわけにはいかない。


 しばらくすると背中に生暖かく、ぬめりとした感触が二つ伝わってきた。背中を洗われる覚悟はしていたが、こんな感触なのは想定外だ。その二つの感触がサトルの背中を舐め回すように滑っていく。


 どう考えても布の感触ではないことにサトルは動揺する。


「め、メレニア! ……さん」

「勇者様、如何致しましたか?」

「こ、この感触は?」

「勇者様の肌を傷付けまいと、私の手で洗わせて頂いているのですが……ご不快でしょうか?」


 いえ! とんでもないです! すごく気持ちいいです! と心に強く思うが口に出さない。


 クラスの女子なんかとは普通に話すが、彼女が出来たことはないサトル。異性と手を繋ぐイベントをすっ飛ばして、裸同然の女性に背中を手で洗ってもらっている。


 石鹸を泡立てたぬめりとメレニアの柔らかいてのひらの感触が合わさり、甘美な程に心地いい。


 背中を一通り撫でまわした――洗い終えた――メレニアはサトルの右腕へと手を伸ばす。肩から二の腕の外側をさすり、内側へと入り込む。


「‼」


 あげそうになった声を必死に噛み殺すサトル。緊張で腋が閉まっていたが、ぬめりの影響で容易に侵入されてしまった。そのまま腋を洗われ、肘、手首と伝っていく。


 手の指は一本一本とその間まで丁寧に洗われていく。彼女の指がサトルの指に絡みつき、蛇のようにうごめき這いずっていく。そうやって五指の指の先まで丹念に磨かれた後、同じような手順で左腕も洗われる。


 サトルの中で早く終わってくれと願う心と、いつまでも続いてくれとせめぎ合う理性と情欲。


 その感情のぶつかり合いが彼の体温をぐんぐんと押し上げていくようである。頭がぼーっとして目の前が湯煙で包まれるようにうつろになっていく。


 そして……ふわりと意識が頭から飛び出し、空を自由に駆けるような感覚を覚えたあと、力が抜け、後頭部がとても柔らかいものに包まれる感触が伝わったと同時に……


 サトルの目の前が真っ暗になった。


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