第28話 消えた容疑者

「紹介しよう。『白鳥 麗華』刑事だ」

 見ると、若い女性刑事で、スーツを着こなしている。最近は、女性の刑事も多くなり、現場でも女性が捜査に当たることも多い。

「桂川です。よろしくお願いします。こっちはミイといいます」

 俺はミイを紹介した。

「妻の彩芽です」

「白鳥です。えーと、妻ですか?」

「ええ、私の旦那さまです」

 聞かれた彩芽が答える。

「白鳥、この人は若いが警視だ。俺たちより階級は上だから気を付けるように」

 先輩である森田刑事が教えている。

「それで、旦那さんの方は…」

「俺は、まだ学生なので階級はありません」

「えっ、学生。学生で結婚しているのですか?」

「そうだけど」

「白鳥、ちょっと事情があってな。圭くんは、まあアルバイトだと思ってくれて良い」

「警察なのに、アルバイトっておかしくないですか?」

「まあ、そう固い事を言うな」

 有村刑事が諭した。

 俺たちは山本巡査部長を残して、有村刑事たちと一緒に山川署を出た。

「それで、白鳥刑事が今回一緒なのはどうしてですか?」

 俺は有村刑事に聞く。

「この嬢ちゃんは新しく配属されたばかりなんだ。それで、新人教育ということで、俺たちが面倒を見ることになったという訳だ」

「新人研修って事でしょうか?」

「ああ、その通りだ」

「それで、まずはどこへ」

「そうだな、現場に行ってみるか」

「なら、車を呼びましょう。5人乗りですから全員乗れますし」

「そうかい。そうしてくれるか」

「ミイ、車を頼む」

 すると、山川署の地下駐車場から1台の電気自動車が出て来たが、そこに運転手は乗っていない。ミイが遠隔で、操作しているからだ。

「ええっ?無人の車が来た」

 白鳥刑事が驚いているが、有村刑事と森田刑事は既に知っているので、驚いてはいない。

「ちょっと待って下さい。さっき5人と言いましたが、6人じゃないですか?一人はどうするんですか?」

「ミイ、姿を変えてくれ」

「はい、ご主人さま」

 ミイがスマホの形に姿を変える。

「えっ、ええっー」

「最初は驚くが、そのうち慣れるさ。俺もそうだった」

 有村刑事が白鳥刑事に言うが、白鳥刑事はその大きな目を更に大きくしてミイを見ている。俺は、スマホの姿になったミイを胸ポケットに入れると、車を出発させた。

 郊外の現場に到着すると、まだ規制線が張られていて、そこには警官が立っている。中の方にも人がいるようだ。

「ご苦労さまです」

 有村刑事が身分証を提示して規制線の中に入ると、そこには消防の人たちと一緒に現場検証する警官の姿があった。

「山川署の有村です」

 有村刑事が名乗ると、現場検証していた警官が敬礼をする。家は柱を残してほぼ全焼だ。

「それで遺体はどこに?」

「ここです。居間になりますね」

 現場検証していた警官が説明してくれる。

「ミイ、何か分かるか?」

 俺がミイに聞くと、ミイが黙った。何か現場を確認しているのかもしれない。

「ほぼ全てが燃えているので、証拠となるような物はありません」

 ミイがそう言うのなら、ここには何も無いだろう。

「なら、後は歩いて探してみるか?」

 有村刑事の言葉に従い、歩いて探すことにする。

「この辺りは裏通りになるので、カメラとかは無いだろう。と、なると、どう動くだろうか?」

 タブレットに地図を表示して、動線を確認してみる。

「この方向に行くと、表通りに行きますから、そこで、監視カメラを探しましょうか」

 歩いて表通りに来ると、直ぐにコンビニがあり監視カメラがある。

「ミイ、監視カメラをサーチして貰えないか」

「分かりました、ご主人さま」

 ミイが監視カメラのサーチを行う。

「該当する画像があります。タブレットに転送します」

 俺たちが持っているタブレットに画像が出て来たが、それはコンビニの中から外を映したカメラの映像だ。

 そこを黒い衣装を着た人物が、走って逃げていくような画像がある。

「確かに、これのようだが、この画像からは良く分からないな」

「この先の防犯カメラにも映像があります」

 ミイが言うと、歩道を走って来る人影がある。

「この辺りは防犯カメラが一定間隔でありますから、そこから後を追えます」

「よし、では後を追おう」

 俺たちはミイの指示の通りに相手を追っていく。そして、かなり歩くとミイが止まった。

「ここまでです。ここから先はどのカメラにも画像はありません」

「何だって!だとしたら、藤井はどこに行ったんだ?」

 森田刑事が言うが、同じような街並みが続くのに、ここでいきなり画像が途切れている。まるで忽然と消えたように。

「どこかのビルに入ったとか、タクシーに乗ったとかはないですか?」

「ミイ、タクシーのドライブレコーダーを検索出来るか?」

「検索します」

 今のタクシーは車内も撮影出来るドライブレコーダーを備えており、それはネットワークで接続され、タクシー会社に連携されているので、タクシー強盗なんて出来ない。

 ミイは、そのタクシーのドライブレコーダーネットワークに介入して画像を調べる。

「タクシーに乗った形跡はありません」

「と、なると後は、どこかの家かビルに入ったとか…」

 俺が言うと、ミイが早速、サーチする。

「どこかの家に入ったような画像はありません」

「その他に考えられる事は?」

 全員が首を傾げるが、そこに発言したのは新人の白鳥刑事だ。

「あ、あのう、たまたまここに自転車があって、乗って逃げたとか…」

「うむ、考えられない事じゃないな。ここでいきなり消えたという事から考えると」

「それなら、バイクとかも考えられますね」

 有村刑事の言葉に答えたのは森田刑事だ。

「ミイ、そっちの方はどうだ?」

「この辺りで盗難届けが出されている、自転車、バイクはありません」

「自転車なら盗難届は出さないかもしれません。バイクも暴走族みたいなヤツだったらどうでしょうか?」

「ミイちゃんや、その時間の後に自転車かバイクでここら辺りを走って逃げる画像は無いかな?」

「該当する画像はありません」

 有村刑事の質問に、ミイが答える。

「白鳥、後は何が考えられる?」

「えっ、ええーと、誰かに乗せて貰ったとか」

「誰かって?」

「それは、分かりませんけど。ヒッチハイクとか」

「ここで、夜にヒッチハイクをする男を乗せるか?」

「そうですねぇ」

 森田刑事の言葉に白鳥刑事は黙った。

「もしかしたら、離婚した奥さんか娘さんが乗せる手配だったとしたら?」

 そう言ったのは彩芽だ。

「どういう事だ?」

「いえ、あくまで憶測ですけど、その息子は家族から嫌われていて、何かの用事で父親が呼び出し、殺した。それをあらかじめ打ち合わせておいた元奥さんか娘さんが車で回収したというのはないでしょうか?」

「ミイ、この辺りに停まっていた車があるか?」

「監視カメラの死角になるため、車の画像はありません」

「では、当たってみるか。ミイちゃん、元奥さんと娘さんの居所は分かっているのだろう。車を回してくれないか」

 しばらくすると、無人運転の電気自動車が向かって来るのが目に入った。

 車は俺たちの前で停車すると、そこに乗り込むが、今は6人だ。

「えっと、ミイさんに、またスマホになって貰わないと」

 白鳥刑事が言うが、ここでは人の目が多く、ミイをスマホにするのは無理だろう。

「ここで、ミイをスマホにするのは人の目があるので無理だ」

「なら、誰か一人乗れないって事ですか?」

「白鳥、悪いが、今回は遠慮してくれないか?」

 森田刑事が言うと、白鳥刑事は不満げだ。

「私ですか?それは酷くないですか?」

 何んだか、白鳥刑事が泣きそうになってきた。

「大丈夫ですよ、皆、乗れますから」

 俺が言うと、白鳥刑事はパッとした顔になる。

「まず、ミイが乗ってくれ」

 ミイを乗せて、その横に俺が乗る。助手席には彩芽が乗ると、ミイはそのまま姿を小さくしていく。今は人形のようになって、センターコンソールに座っている。

 そして、後部座席に3人が座ると車を発進させた。

「ミイさんは体のサイズも変えられるんですね」

「荷電粒子結合体だからね。じゃあ、ミイ、頼む」

 ミイが車を運転していく。

「桂川さん、ハンドルを握っていないと危ないですよ」

「今は自動運転になっていて、それをミイが操作しているから、大丈夫です」

 俺はミイが運転出来る事を説明すると白鳥刑事は驚いているが、他の人は既に知っている事なので、今更な話だ。

「そんな事が可能なのですか?」

「ミイは賢いから大丈夫です」

「愛情1ポイントアップ」

「な、何ですか、今の?」

「ああ、気にしないで下さい」

 ミイを褒めた事で、愛情ポイントが上がった。

 車が離婚した妻の元に向かうが、それは車で1時間くらいかかる場所になる。

 車はある団地の入り口に来た。

「ここです」

 人形サイズになったミイから音声が発せられる。

 俺たちは車から降りて、別れた妻が住むとされる部屋の前に来た。この団地自体は既に築70年ぐらい経っているのが、ミイの調査で分かっている。

 昭和の時代の高度成長期に建てられたということだが、5階建てなのにエレベータもない。

 その団地の3階にある住宅まで階段を上がり、玄関の扉をノックした。

「金子さん」

 森田刑事が呼ぶが、警察だと言うと近所の手前があるので、名前だけ呼ぶ。

 すると、扉が開き中から老女が顔を出した。

 すかさず森田刑事が身分証を出して、

「ちょっと、お話を聞きたいことがあります。よろしいでしょうか?」

「えっ、は、はい、どうぞ」

「金子恵美」と名乗る老女は俺たちを部屋の中に入れてくれたが、正直建物もきれいではないし、物も散らかっている。

「もしかして、息子の事でしょうか?」

 金子恵美の方から聞いて来た。

「ええ、その通りです。実は息子さんは亡くなりました。ご存知ですか?」

「いえ、知りません。どこで、どのようにして死んだのですか?」

「藤井秀樹さんのご自宅です。焼死体となって発見されました。TVでもそろそろ発表される頃だと思います」

 金子恵美がTVを点けると、丁度ニュースが始まり、冒頭で火事の事件をやっている。ただし、死体となって発見された人物については、未だ発表されていない。

「お心当たりがありそうですね。お話を聞かせて貰えないでしょうか?」

「あの子は昔から素行が良くありませんでした。藤井と離婚してから、あの子は高校も中退し、それからは盗みや暴力、更にオレオレ詐欺とかやって、警察にも何度捕まった事か。そして、時々、父親にも金をせびりに行っていたようです。

 ただ、父親との関係は分かりません。私も藤井とは別れてから連絡を取っていなかったですから、藤井が息子の事をどう考えていたか分かりません」

「娘さんはどうですか?」

「綺羅は高校を卒業すると、電気部品の工場に勤め出しました。綺羅は兄と違って真面目に働いていましたが、兄弟に犯罪者がいるという事で、結婚は諦めていたようです。

 ただ、父親とは私たちより連絡を取っていたようです」

「今、娘さんは?」

「この近くに一人暮らししています」

「娘さんから何か連絡は?」

「特にありませんが…。もしかして、娘に何か容疑でも?」

「それはまだ分かりません。それは我々も知りたいところです」

 母親が落胆したような顔になった。

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