第25話 事故処理
「キィ、キィー、ガガーン」
音のした方を見ると、車が信号用の電柱に当たって止まっている。その近くには撥ねられた人だろうか、人が横たわっている。
それを見た彩芽が走り出した。俺も、一緒にその場所に向かう。俺の後ろにはミイも居る。彩芽が走りながら、電話をしているが、きっと、救急車と警察に電話をしているのだろう。
「大丈夫ですか、しっかりして下さい」
俺は倒れた女性に向かって言うが、返事は無い。ちょっと、離れた場所にもう一人、こちらは男性が倒れている。
「大丈夫ですか、しっかりして下さい」
男性にも声を掛けるが、「うーん」と言ったきり、その後の言葉が出ない。
彩芽は被害に会った人をちらっと見たが、そのまま運転席の方に向かった。
車の前部はかなり損傷していて、フロント部分は何もない状態だ。
すると、俺たちの周辺に人が集まってきた。
「圭くん!」
木村さくらもやって来た。
「木村さん、今、警察と救急車を呼んだから、知り合いの人が居たら、交通整理をやって貰えないかな。俺は、この人たちの対応をするから」
「わ、分かった。誰か手伝って下さい」
木村さくらは同じ大学の学生と思われる人に、交通整理をしてくれるように頼んでいる。
「誰か、お医者さまか看護師の方は居ませんか?」
俺も声を出すと、一人の女性が声を掛けて来てくれた。
「私は看護師です。お手伝いします」
看護師と名乗った人は倒れている女性の胸に耳を当てると、心臓マッサージをし出す。
俺はもう一人の男性に近づき、声を掛ける。
「大丈夫ですか?気を確かに」
しかし、男性から声はしない。俺は男性の心臓に耳を当てるが心臓の音はしない。
「彩芽、心臓の音がしない」
「圭くんは、こっちをお願い。運転手を運転席から出して」
俺は彩芽と入れ替わり、運転手を運転席から出すようにするが、運転席も破損が酷く、シートベルトが外れない。
彩芽は倒れている男性の方に行き、心臓マッサージを始めている。
俺が四苦八苦しているとミイが来た。
「ミイ、シートベルトが外れない」
「私がやります」
ミイは車のドアの陰になるようにすると、手をナイフの形にして、シートベルトを切った。
そこに俺とミイで、運転席の年配の男性を降ろすが、男性は頭から血を流しているものの、意識はあるようだ。
「大丈夫ですか?」
「車が止まらなかった」
男性はそれだけ言うと、ぐったりしたように地面に座った。
すると、そこにパトカーと救急車が来た。
救急隊員が、轢かれた男性と、女性を救急車に乗せていく。パトカーはその後にも数台来て、現場の交通整理や事故現場の対応をしている。
もう1台、救急車が来て、事故を起こした男性を乗せて去っていく。
「ミイちゃん、この車のコンピュータのデータを吸い上げる事が出来る?」
ミイが俺を見る。
「彩芽の言う通りにしてくれ」
ミイは手の形を変化されると、助手席の下の方に手を入れた。
「何をやっている?」
交通の警官だろう、俺たちの方に来た。そこに彩芽が身分証を出すと、警官が敬礼した。
「こちらは?」
警官が俺の事を尋ねた。
俺も貰っている身分証を見せた。俺に続いて、ミイも見せる。福山警視正からは俺だけじゃなく、ミイの分まで身分証を貰っている。
「これは失礼しました。お若いので、てっきり学生の方かと思いました」
まあ、学生だからそれは間違っていないけど。
既に現場には規制線が張られている。一般の人は警官が誘導して、規制線の外に出された。その中には、木村さくらも居る。
現場検証が始まりレッカー車が来て、事故車を乗せている。車がぶつかった信号は停電したようで、動いていないため警官が手作業で車を誘導している。
現場が落ち着いてきたので、俺は既に学生のいなくなったバス亭に戻って、大学方面行きのバスに乗るが、バス停には木村さくらが待っていた。
「圭くん」
「木村さん、もう行っているかと思った」
「ううん、圭くんの事が心配だったから、それより、あの女の人たちは誰?」
俺の後ろに彩芽とミイが来た。
「ああ、ちょっとした知り合い」
「それに、圭くんが警官に何か身分証を見せた後に警官が敬礼したでしょう。あれってどういう事?」
そこまで、見られていたのか。学生がバス停からいなくなったので、大丈夫だと思ったが木村さくらにしっかり見られたようだ。
「それは、その…」
俺は言葉に詰まった。
「圭くんは警官です。まだ、見習いって位置づけだけど」
「えっ、警官?それって、警察官になるって事?」
「そういう事ですね」
俺に代わって彩芽が答える。
「ところで、あなたは誰なんですか?あなたも警官ですか?」
「私は圭くんの指導役兼妻です」
「へっ、妻?」
「そうです。圭くんは私の夫です」
「えっ、ええー!」
木村さくらはそれだけ言うと、後の言葉が出て来ない。
「圭くん、結婚してたの?」
「あっ、ああ、まあ、そういう事で…」
「そうだっんだ。私ってバカみたい」
木村さくらはそれだけ言うと、向こうに行ってしまった。
「はあー」
「ちょっと、圭くん、その溜息は何よ。まさか、あの子と浮気しようと思っていたんじゃないでしょうね」
「いや、まさか。彼女はただの同級生だよ」
「でも、彼女の方はそう思ってないみたいだし。ねえ、ミイちゃん」
「あっちの女狐より、こっちの女狐の方がまだ良い」
「ちょっと、ミイちゃん、女狐とは何よ」
「では、泥棒猫」
「ち、違うでしょ、人聞きの悪い事言わないでくれる。それにまだ良いってどういう意味よ」
「AとBをAIで分析比較して、Aの方が選択価値が高いという事」
「そのAとBの比較したデータを教えて貰いたいわね」
「性格、家事いろいろな面を比較してAの方が優れているということ、ただ一つBの方が優れていたのは時間経過による劣化が少ないという点」
22歳の女子大生と34歳の中年女性では、時間経過による劣化は比較しても仕方ないだろう。
ミイの回答を聞いた彩芽は落ち込んだ。
「私だって、好きで歳を取った訳じゃないのに…」
「俺は彩芽の肌はモチモチで好きだな」
「圭くん、ありがとう」
「愛情1ポイントダウン」
ミイの愛情ポイントがダウンした。
「でも、今日はミイも協力してくれたから、対応出来た。ミイもありがとうな」
「愛情1ポイントアップ」
再び愛情ポイントがアップした。
そうこうしているうちに大学行きのバスが来たので乗るが、木村さくらは俺たちと距離を置いて乗っている。
彼女には悪かったが、結婚して悪いという事はない。
しかし、俺が結婚した話は直ぐに同級生に伝わり、それと同時に警官になるということも広まった。
俺のスマホにはSNSで、ひっきりなしに確認のメッセージが来るが、それに一々返すのも面倒になってきた。
しかし、情報というのはどこでどういう風に間違うのか、夕方には俺の嫁はミイということになっている。
「桂川、お前バイト先の可愛い子ちゃんと結婚したんだって。思い切ったな」
ミイはアバターであり、人間じゃないから。と、言っても本人は俺の事を恋人と言ってる。
大学が終わると、彩芽とミイがやって来た。
「圭くん、朝の事故の件だけど、被害者の人だけど亡くなったって。それと加害者の方だけど、軽傷で1週間ぐらいだそうよ。
本人はブレーキを踏んだと言ってるそうだけど、どうみても踏み間違いよね」
「加害者はかなり高齢のようでしたけど…?」
「80歳らしいわ。車は2021年式プリウス、ECUは鑑識の方で解析するらしいわ」
「ミイがコンピュータのデータはダウンロードしてあるのでしょう。ミイに分析して貰えば良いのでは?」
「ECUデータは取得しています。それと、ドライブレコーダもネットワーク対応型でしたので、そちらの画像もあります」
ミイが頼られたと思って、俺の言葉に答える。
だが、後2週間はアルバイトがあるため、今から情報鑑識センターへ行く事は出来ない。
「ミイ、データの分析結果は出ているのか?」
「アクセルを踏んだまま、さらに踏み込んでいます。ブレーキを踏んだ形跡はありません。それ以外にも車を停止させようとした行動も見当たりません。それはドライブレコーダの映像からも一致しています」
「つまり、アクセルの踏み間違いということか?」
「そういう事になります」
「しかし、2021年式だと踏み間違い防止装置が付いているんじゃないのか?」
「まだ、その頃に発売された車種には制限があり、必ず動作するという訳ではありません。踏み込みは60km/h以上で踏み込んでいましたから、車は高速道路と検知した模様です。
それに、運転手は黄信号で突っ込んでいますので、そのことも原因の一つと考えられます」
ミイが説明してくれるが、なんとも痛ましい事故だ。犠牲になった方は何も悪くないのに、可哀想だ。
だが、全国では高齢者が増えており、このような事故は毎日のように発生している。高速やバイパスの逆走とかも週に1回は報道されている。
「彩芽、警察も車の免許とか取り上げられないのか?」
「都心に行けば車は必要ないけど、この辺りでも中心から少し離れると車が無いと不便だし、それが地方に行くと、それこそ生死に関わるような事になるから」
自由化という名の元にこの10年間、様々なものが自由化になった。
その結果、地方では人口が減少し、大都会に人口が集中している。反面、高齢者は地方に置かれたままになっており、そのような地域では交通機関も減ってきている。なので、車が無いと買い物にも行けないが、たまに買い物に行くと、このような事故を起こすという悪循環になっている。
彩芽は、そういう事を言っている。
電気自動車のコミュタという自動運転が出来る車も出来つつあるが、まだ地方の山奥までの整備は出来ていない。
それに高齢者は、そう簡単に車の買い替えもしないため、未だに昔の車に乗っている人も多く、自動ブレーキ装置とか付いていない車も多い。
「後は裁判になるだろうけど、恐らくもう二度と免許を持つ事は無いでしょう」
彩芽と並んでそんな話をしながら、アルバイト先に向かう。
アルバイト先に入ると、ミイは受付へ、俺は裏の厨房に行き、それぞれの仕事をするが、この時間帯は夕方なので、会社員に代わり学生の姿が目立つ。
そして、土日は情報鑑識センターで警察の仕事をする。俺の両親に彩芽を紹介するとしているが、それも仕事で伸び伸びになっている。
部屋に入ると、山本巡査部長が居た。
「この前の事故のECUの解析結果が出ました。ミイちゃんの解析結果通りでした」
その言葉に被害者となった人たちを思い出し、居たたまれない気持ちになる。
「それで、交通関係でもう1件調査依頼が来ています。こちらです」
高速道路に取り付けてあるカメラの映像が、モニターに映し出された。すると、1台の車が走って来るのか映っているが、その直ぐ後ろにもう1台車が映っている。
これは煽り運転だ。
「煽り運転ですか?」
「そうです。前の車の陰になってナンバーが見えません。その後、この後ろの車は前の車にぶつけて逃走しています。ぶつけられた前の車は中央分離帯にぶつかり損傷しましたが、乗っていた人は無事です」
「逃走した車は破損したので、直ぐに判明するんじゃないですか?」
「それが、後ろからちょっと当たったぐらいなので、そんなに破損していないと思われるの。だから、そこのところからの特定は難しいって事ね」
「まずは車の特定から始めよう。ぶつけられた前の車はと…」
車に詳しくない俺は、何の車か分からない。
「トヨタ ボクシー2025年型です」
俺に代わってミイが答える。
「後ろの車は、と」
「トヨタGTZ86 2028年型です」
同じようにミイが答える。
「そこまでは私たちも分かっているのだけど、GTZ86ってかなり売れていて特定出来ないの」
「場所はどこですか?」
「新東名の静岡を過ぎた所ね」
「あそこって最近最高速度が140km/hになった区間ですよね」
「そう、3車線の所ね。煽られた運転手の話では、中央車線を走っていたら、前にトラックが走っていたので、追い越し車線に出たところ、後ろに煽った車が居たという事ね。
後ろからすれば、急に出て来たので頭に来て煽ったという事のようね」
「今は高速道路は自動運転が主流でしょう。使っていなかったのでしょうか?」
「トラックを追い越すということで、一時的に解除したらしいわ」
「なるほど。ミイ、追跡出来るか?」
ミイが、高速道路にあるカメラを追跡しているようだ。
「追跡画像をモニターに出します」
ミイが言うと、モニターが9分割され高速道上にあるカメラ画像が映し出される。
そして、最後にはその車が岡崎東インターを出るのが映し出される車の後ろ姿があった。
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