燦々と卵白

カクヨミ

第1話

幸福も笑顔も感動も

時が経つにつれ 薄まり 枯れる

長いこと生きているとどこかに穴が開くものだ

気づかない内にそれは修復が不可能なまでになる

普通に生きていればどこかのタイミングで

器に入り切らなくなったモノが溢れ出す

最期に向かいながら、それを運び、足りない者に配り、与え、分かち、伝え、繋ぎ、循環させる

しかし、穴が開けば溢れ出すことはない

生まれてからこれまで自分を作るのは、その注がれてきた何かのはずだ

そして穴は誰にでも開く

ふとした時に、何かをきっかけに、多くは負の感情に流され、絶望的な現実を前にした時

私は若くして、娘と妻を失った時から。

水槽から抜け出ていく水は、溜める時に比べて遥かに早い

空っぽになってしまった方がきっと楽だから 塞ぐことをしなかった

そしたら今 乾いて乾いて仕方が無い

会いたくて仕方ないのに、顔すらも思い出せなくなっていた

でもあの時、穴を塞ぐ方法はきっと何処にも無かった それは今も変わらないだろう

全く 意味の無い人生がここまで続くとは

ただそれでも 今日まで生きて来られたのは 器の底にかすかに残ったもののおかげだ

傾けない限り 自ら拭き取らない限り 器が空っぽになることは無い

私が諦めない限り 娘も妻も まだここに居る

だがそれも殆ど蒸発し、ほんの一滴か二滴、水アカとなって張り付いている

結局一緒の時も、死んだ後も、何もしてあげられなかった 

それももう直ぐ、謝ることができるだろう



いつからか、花は水すらも喜べず、偽りの花弁は何者にも心響かず



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燦々と卵白 カクヨミ @tanakajk

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