第1話(2) 契約
それから三、四十分後。
十人全員の契約が無事に終わり、地上の広場に戻ったスオウは、先程の教官の指示通りに教官室を訪ねた。
「失礼します、スオウ・アマミヤ、参りました」
スオウは扉の前で名乗る。
「入ってくれ」
扉の奥から声が聞こえると、スオウは扉を開け、部屋に入った。
教官室の中には、当然ながら何人かの教官や助教がいた。
「こっちの部屋に来てくれ」
スオウたちの教官が、スオウを教官室の奥にある部屋に呼んだ。
スオウが部屋に入ると、教官は扉を閉め、スオウに扉から離れるように言った。
「……さて、アマミヤ。どうして呼び出されたかわかるか?」
スオウが着席し、その後教官も席に着くと、教官はそう尋ねた。
「いえ、わかりません」
机を挟んで教官と対面しているスオウは、正直に答えた。
「そうか……要件はこれだ」
教官は、スオウから預かったペンダントを掲げた。
それには、やはり血のような赤色の正八面体がぶら下がっていた。
「このペンダントは、悪魔の力量によって色が変わる構造になっているんだ」
教官はスオウのペンダントを机に置き、資料を取り出す。
「普通、一般的な悪魔なら橙、それより少し上級になると濃い橙になるはずなんだ。そして、名前付きになると赤……よっぽど強ければ赤黒くなることもあるが……」
教官は資料を指差しながら、そこで言葉が止まる。
「……アマミヤのこれは、完全にそのパターンだ。悪魔は何と名乗っていた?」
教官は、自分が言っていることが信じられないという表情で言葉を続け、そうスオウに尋ねた。
「アザゼル……と」
「アザゼル、か……」
スオウが端的に答えると、教官はやはり信じられないという表情をした。
「アザゼルは、お前に全力を預ける、とかは言ってたか?」
教官は尋ねる。
「ッ……! いえ、言っていませんでした。復讐心に駆られた人間には貸せないとだけ……」
教官に見透かされたような気がして、スオウはハッと目を見開く。が、すぐに我に返り、返答した。
「そうか……とりあえずアマミヤ、動揺を与えないためにも、このことは他の訓練兵には隠しておいてくれ。追って指示は出す」
教官はそう、スオウに頼んだ。
「……わかりました」
スオウは返答し、退室した。
「……アマミヤ、お前はきっと、いや、間違いなく抵天軍の、人類の希望になる。なんとかしてアザゼルを認めさせるんだ……」
スオウが退室したあと、教官は一人、そう呟いた。
スオウたち学生全員が契約を終えると、その翌週から早速、宿天武装を使用した野外での訓練が始まった。
と言っても、五人一班に分かれて、実際に天使が出現した場所まで駆けつけて退治することもあり、半ば実戦投入のようなものであった。
その間、スオウはハルカに似たらしく、アザゼルが手加減しているにも関わらず、トップレベルの戦果を残していた。
「――宿れ、アンフィス!」
リッカルドがそう唱えると、彼のペンダントが光を放ち、そしてその光が、彼の持つ、古めかしい見た目のライフルに移動した。アンフィスと言うのは、彼が名付けた契約悪魔である。
リッカルドはそのライフルを構えると、今まさに一人の民間人に切りかかろうとしていた天使の頭を撃ち抜いた。
「はは、やりぃ!」
リッカルドは笑顔を浮かべる。
「馬鹿野郎、天使は頭吹っ飛ばしても復活するぞ!」
リッカルドの後ろから、彼の観測手をしていた学生が叫ぶ。
その隣で、リッカルドとは別の学生が、リッカルドが頭を撃ち抜いた天使の胸部、つまりコアを正確に撃ち抜き、天使は消滅した。
「天使はコアを砕かなきゃ倒せない……そうだった、忘れてたぜ……すまん、助かった!」
リッカルドは排莢とリロードをしながら言った。
「気をつけろよ、リック」
謝辞を伝えられた学生も、同じような動作をしながら言葉を返す。
「おう」
リッカルドは返事をして、再び発砲した。撃ち出された弾丸は、今度は天使のコアを砕いた。
「……はあっ!」
スオウは天使の外殻をめがけて剣を振る。その刃は簡単に天使のコアを砕いた。
――へえ、戦いの腕はなかなかだな。
スオウの宿天武装に入ったアザゼルが、感心したように言った。
「これでも、兵学校じゃ優等生、なんでな!」
スオウは返事をしながらも戦闘を続ける。
――ふむ……どうやら、ここらの天使は一掃できたらしい。
アザゼルは聞くだけ聞くと、すぐに周囲の索敵を始めた。
「なあ、お前、今どこまで見えてるんだ?」
スオウは、全力は出さないと言っていたアザゼルに尋ねた。
――全力の十分の一を出して、せいぜい半径二、三キロメートルってところか。
アザゼルは少し考えながら答える。その索敵範囲は、普通の悪魔の全力にも匹敵した。
『付近の天使の殲滅を確認。帰投する』
そしてアザゼルの報告から数分が経過してから、通信機から教官の声が聞こえた。
スオウたち訓練兵は集合し、点呼をとって兵学校に戻っていった。
訓練は順調に行われていた…………ように思われた。
前期も終わり、後期が始まった三月の末に、事件は起こった。兵学校が、天使の襲撃を受けたのである。
「天使の数は⁉」
校長が、一人の教官に尋ねる。
「現在確認できているだけでも一八〇ほど……!
当然ながら、彼らは応戦するという選択をしたが、兵学校に常駐する教官は五十に満たない。
「……仕方ない。普通科志望の四年生を投入する。一、二、三年生は非戦闘員としてシェルターに避難させろ。これも、四年生を使って構わん」
「……はっ!」
校長の指示に教官は返答し、敬礼をして走り去った。
校長室の窓からは、天使の狙撃によって倒壊し炎上する一部の校舎が見えた。
「おのれ天使ども、ついに兵士の教育機関を叩きに来たか……!」
校長は低く唸った。
次の瞬間、校長室は崩壊した。天使の放った攻撃が直撃したのである。
「一から三年生は急いでシェルターに避難! 四年生は誘導に当たれ!」
支援科、衛生科の教官が学生たちに叫んで指示を出す。学生たちはそれを聞いて、シェルターに向かって走り出した。
天使の襲撃を想定し、避難訓練は行ってきたものの、やはり現実に起こると訓練通りの行動はできないらしく、学生たちは混乱を極めていた。
まだ死者が出ていないのが、不幸中の幸いであろうか。
「普通科志望の四年生には出動命令が出た。下級生の避難誘導は他の学生に任せ、急いで戦闘準備をしろ。モタモタしていれば、死人が出るぞ!」
普通科の教官が、学生たちを集めて指示した。
学生たちは一瞬ざわついたが、すぐに冷静さを取り戻し、自分の宿天武装に手をかけた。
「各班の班長に指示は任せる。頼んだぞ」
そして、全員が一斉に宿天武装を起動する。
「全員、わかっているだろうが、これは訓練ではない。間違っても油断はするな!」
学生全員が返事をして、学校中に散っていった。
「天使の数はどれくらいだ?」
スオウはアザゼルに尋ねる。
――そうだな……大体一八〇ってところか。消えては増え消えては増えを繰り返しているからほとんど数が変わらない。
「『消えては増え』……⁉ それじゃあ、永遠に終わらないじゃないか!」
スオウは走りながら叫ぶ。
「どうした、班長?」
その隣から、スオウの班員の一人、ヴィクトール・シェーンハイトが質問をした。
「いや、襲撃してきてる天使が、倒した端から補充されてるらしい。俺の契約悪魔がそう言ってるんだ」
「なんだって……⁉
ヴィクトールが走りながらそう言った。
「……普通、戦力の逐次投入なんてしないはず。奴らの狙いは何……? この学校を潰すのが目的なら、一気に軍勢をぶつけて掃討すればいい……何か別の目的がある可能性がある。気をつけよう」
そのヴィクトールの後ろから、そのような声が聞こえた。スオウの班員の一人、ナターリヤ・ジョーミナが発したものだった。
「生存者発見! スオウ!」
スオウがナターリヤの発言に頷いた直後、彼を呼ぶ声が聞こえた。これもまた、彼の班員の声である。
「どこだ!」
スオウは叫んで訊いた。
「こっちだ、こっち!」
その班員……ベルトラン・ルイスはブンブンと手を振り、スオウに居場所を知らせる。
スオウたちが駆けつけると、倒れた柱の影に、二人の女子生徒がいた。
「君たち、所属と名前は?」
二人を広い空間に出し、怪我がないことを確認してから、ヴィクトールが尋ねた。
「ほ、補給科一年、カーラ・フローリオと、ロゼッタ・グラツィアーノです。助けていただいて、ありがとうございます!」
カーラがそう言って敬礼すると、隣でロゼッタがそれに続いた。
「敬礼なんてよしてよ。とりあえず、君たちは避難中だったのかな?」
ヴィクトールが再び尋ねた。
「はい。私が転んでしまって、そこにカーラが駆け寄ってきて、それで、柱が……」
ロゼッタはそう言ったが、その言葉は動揺で取り散らかっていたように聞こえた。
「なるほど……ひとまず、君たちに怪我がなくて良かった。僕たちが来た方向に天使はいないから、そっちから避難シェルターまで行くのがいいと思うよ」
ヴィクトールは自分たちが走ってきた方向を指差しながら言う。
「ありがとうございます……!」
スオウたちに礼を言って、二人は走っていった。
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