第5話 みるくてい
合成鬼竜甲板。
エルジオンへの帰路、アルドとサイラスはジョージのことを思い返していた。エイミも一緒だ。
「……そう。そんなことがあったのね。」
エイミは遠くを見つめている。
「わたし、思うんだけどさぁ……その装置、ジョージさんはエリーさんと2人で入るつもりだったんじゃないかな。2人くらい入れそうだったんでしょ?」
風になびく髪を耳にかけながら続ける。
「——いっしょにコールドスリープして、何十年後かにいっしょに目覚めて、エリーさんの病気を治して、またいっしょに生活する。——そんな感じ。でも完成は間に合わなかった。エリーさんがいなくなって2人用の装置を完成させる意味が無くなったのよ。それでもエリーさんの、『たくさんの人を助けたい』っていう夢を実現させようとしたのね。……ナターシャを装置に入れるって選択したとき、ジョージさんどんな気持ちだったんだろう。夢の実現まであと少しだったのに……。」
エイミの言う通りなのだろう。あれはたぶん2人用を、途中から1人用に変更して作られたものだ。
アルドとサイラスも何となくそう思っていた。
「——わたしにも選べないだろうなぁ。」
呟くエイミに、アルドとサイラスは視線を向けた。
「……考えちゃうのよ。わたしたちの旅ってさ、今まではなんとか上手くやってきたけど、ホントはいつジョージさんみたいな選択を迫られてもおかしくないのよね。そのときわたしは何を選択するんだろうなーって。」
「…………」
アルドとサイラスは黙って聞いている。
「——きっとそのときにならなきゃ、わからないわね。」
「——そうだな。」
「——そうでござるな。」
アルドとサイラスは小さくうなずいた。
「だが——」
サイラスは言葉に力を込める。
「だが、そのときが来ないように、誰もそんな選択をしなくて済むように、日々鍛錬を積むのでござる!」
アルドとエイミは顔を上げる。
「——ジョージ殿のことは残念でござったが、そのことで誰かが後悔に縛られ前に進めなくなることを、きっとジョージ殿は望んでいないでござるよ。過去を後悔するよりも、これからのことを考えるのが大切なのでござる。」
サイラスの言葉はアルドとエイミの心に響いた。
暗い気持ちになっていた2人はようやく前を向くことが出来た。
「……これからか。——そうだな。サイラスの言う通りだ。これからのことを考えよう!——オレはもっと強くなるよ!もっとたくさんの人を守れるように強くなる!」
「ようやくいつものアルドでござるな。」
サイラスは笑っている。
「そうよね、前を向かなきゃ。わたしにも何か出来ないかしら。——そうだ!エルジオンに戻ったら、ジョージさんの研究を誰か引き継ぐことが出来ないか、セバスちゃんに聞いてみようかしら。」
エイミの提案にアルドは大いに賛成した。
「それはいい考えだな!セバスちゃんなら上手くやってくれるだろう。それに、——どちらにしてもセバスちゃんには今回の顛末を話しておくべきだろうしな。——ジョージさんとエリーさんの夢はまだ終わってないんだ。オレたちに出来ることをやろう!」
「2人とも、その意気でござる!」
3人はこれからのことについて大いに話し合った。
甲板には、先ほどまでは想像も出来なかったほど明るい話し声が響いている。
———ただ、アルドにはひとつだけ気がかりなことがあった。
ナターシャのことである。
「ところでサイラス、あのまま置いて来ちゃって本当に良かったのか?」
アルドの問いかけにサイラスは答える。
「こおるどすりーぷ装置のことでござるか?あそこなら勝手に砂に埋もれるから誰にも見つからんでござるよ。」
「——いや、そうじゃなくて。」
アルドはかぶせ気味に言った。
「800年後に装置を探して開けるよりも、いま装置ごと合成鬼竜でエルジオンの病院に担ぎ込んだ方が確実だったんじゃないか?800年も装置に入れていたらナターシャが絶対に無事とは言いきれないだろう?」
サイラスは笑う。
「ゲラゲラゲラ!あれでいいのでござるよ。——あの装置の中身は凍った人間でござる。不用意に運んだりして、中から『パキッ』などと聞こえてきたらどうするでござる?」
アルドは想像してゾッとした。
サイラスは続ける。
「——それにお主が心配しているようなことには絶対にならんでござるよ。」
(——なんでそんなことわかるんだ?——)
アルドは心の中で思ったが、あまりに自信ありげに話すサイラスを見ていると、聞くのが恥ずかしいことのように思えて、言葉にするのをやめた。
「そっか。それなら急いで最果ての島で装置を探してやらないとな。ナターシャをエルジオンの病院に連れて行かないと——」
サイラスはきょとんとしている。
「ん?拙者らが装置を探しても絶対に見つからんでござるよ?」
「……どういうことだ?」
アルドもきょとんとした表情だ。
サイラスは大きくため息をつく。
「アルド……。お主本当に分からんのでござるか?お主の鈍感さには感動すら覚えるでござるよ。おなごたちがお主のことをニブチンと呼んでいることに納得せざるを得ないでござる。」
呆れたサイラスは艦内に向かって歩き出す。
「なぁ!どういうことか教えてくれよ!」
「——わたし分かっちゃった〜☆」
エイミはスキップ混じりにサイラスの後を追った。
アルドも2人の後を追う。
「なぁ!一杯奢るからさぁ!エイミも教えてくれよ——」
「——まぁそういうことなら『みるくてい』で手をうつでござる——」
「——わたしも紅茶にしようかしら———」
3人の声は艦内に消えていった。
その後、リクエストした『みるくてい』を楽しんだサイラスは、しばらく寝込むことになる——。
戦いの最中見せた凄まじい動きのせいで体中が痛むのだという。
「まさかサイラスがあそこまで強いなんて思わなかったよ。オレにもあの技教えてくれよ。」とサイラスに頼むアルドであったが、取りつく島もなく断られた。
曰く、「——あれは身体に悪いでござる。出来れば拙者も使いたくないでござる。人に教えられるような代物ではござらん。」だそうだ。
———サイラスが見せたあの技はなんだったのか、
それはまた別のお話———。
——— 40年ほど前 最果ての島 ———
「どうか安らかにお眠りください…———これでよしっと!」
1人の青年が、ボロボロの棺桶とともに発見した白骨遺体を弔っていた。
「なんだって棺桶の外に遺体があったんだろうなぁ。遺体があるとすれば普通は棺桶の中だろうに。——まぁこいつを開けてみればわかるかもな。しかし随分大きな棺桶だなぁ。」
青年が棺桶をあれこれ触っていると、急に『プシューッ』と中から冷気が漏れてきた。
棺桶の蓋が開いたようだ。
青年はおもむろに棺桶の蓋を外した。
するとどうだろう、中には1人の少女が横たわっている。
生きていることもひと目で分かった。
少女は目を開いた。
少女の目から涙が溢れる。涙はゆっくりとその白い頬をつたう。
体の動かし方を忘れるくらい長い時間、棺桶の中で眠っていたのであろうか。
少女は身動きすることなく、瞬きもせず、しかしとめどなく涙が溢れる。
青年は動揺しながら少女に声をかけた。
「——ど、どど、どうしたんだい?大丈夫かい?」
「…………」
「ど、どこか痛むのかい?」
「…………」
「もしかして、お腹が空いたのかな?——何か食べる?」
「…………」
「あ!ぼ、ぼくはジョージっていうんだ。——よ、よよ、よろしくっ!」
「——————ジョー……ジ……?」
少女は初めて反応を見せた。
少女はジョージをじっと見つめる。
「……ジョージ。————そう…、あなた…ジョージなのね……」
「うん!僕はジョージ!——き、きみ、名前は?」
「——わたしは…ナタ………」
「…………」
ほんの少し黙り込んだ少女の顔が、ジョージの目にはかすかに微笑んだように見えた。
「———いいえ、……わたしはエリー。……よろしくね、ジョージ。」
空は青く晴れ渡っていた。
———おわり———
コールドスリープ装置 茂菌研究室 @shigeking
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