いつか、またどこかで
『いつか、またどこかで』
水平線に船が浮かんでいる。船はまだ小さく、ここからはだいぶ離れている。この辺りの土地は岬になっているから、きっとそのまま、また遠くへと去っていくのだろう。
私は生まれてから一度も、この国を離れたことがない。国境は憲兵によって守られ、確か十年ほど前に脱出を試みた者は、電磁パルス銃の餌食にされていたはずだ。遺体は、粉のように空気へと溶けていく。あのニュースは映像付きで、何度もテレビでやっていたから、記憶に残っている。
砂浜を見る。時々ここには漂流物が流れ着くことがあり、それを探すのが私の趣味なのだ。以前は、異国のものと思われる、不思議な形の果物を見つけたことがある。センサーで調べても、身体に害になる成分が見つからなかったので、私はそれをスライスして食べた。非情なほど非常に酸っぱく、美味しくはなかったけど、いま振り返ってみると、なんとなく懐かしい。
あの頃はまだ妻が生きていた。彼女は数年前の戦争のとき、焼夷弾で焼け焦げて亡くなった。私は上の命令で、ちょうどそのとき偵察兵として、外縁部で活動をしていたため、都市部への爆撃に巻き込まれなかったのである。
そして今の私は、左腕がない。戦地で医療班の到着が間に合わず、そのまま壊死してしまったため、やむを得なく、切り落とすことになったのだ。
私は左腕と妻を失った。
いやそれだけではない。もっともっと多くのものを失った気がする。そして、守ったはずのものは、どこにあるか分からないし、未だに戦った理由を見つけられないのだ。
障害者ということで、私はもう、戦場へ行かないで済んでいる。今はまだ、配給される食糧にありつくことができているが、いつ、それが打ち止めになるか分かったものではない。別にそれでもいい。私はもう、そのくらいの覚悟はできているのだから。
再び砂浜を見る。貝殻がきらきらと、日光に当たって輝いている。
そうした様子を眺めると、なんだか幸せな気持ちになる。この醜くて、救いようもない世界において、この輝きは、美しさは、不変であるのだろう。この海の向こうに、どのような世界が広がっているか、私には分からない。分かる術もない。しかし、もしかしたら私のように、こう、海岸を眺めることで、一種の救いを見出している人間もいるかもしれないのだ。それが私の救いであり、希望なのだ。
船は去っていく。また小さく変わっていき、そのまま水平線の向こうへと消える。陽もだいぶ傾いており、いつの間にか、青い海は赤く染まり始めている。
私は右手で、砂浜に落ちていた木の枝を取り、足元に文字を書いた。きっと、満ち潮になるまでは、ここに波は届かないし、しばらくは残っているだろう。
私はその言葉を祈るように、何度も呟いたあと、自宅へと戻ることにした。
『いつか、またどこかで』
それは妻が好きだった、孤独な歌の題名だった。
【We'll meet again someday, somewhere.】is over.
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