パストラル・レヴェリーズ
柚塔睡仙
パストラル・レヴェリーズ
小説家志望ロボット
【小説家志望ロボット】
「うーん……うーん……」
座布団に座り、ダンボール上の原稿用紙を見つめながら、頭を抱えるロボットがいた。
「ダメだ。ぜんぜん分からないよぅ」
持っていた万年筆を放り投げ、彼は畳に横になる。
「『人間が描けてない』って言われたけど、そもそもボク、ニンゲンじゃないしなぁ……」
ジェームズくんはため息をつき、天井を見つめた。
☆
ジェームズくんは小説家志望のロボットであった。
工場での仕事を終えると、すぐさま自宅へ帰り、黙々と執筆に打ち込んだ。
そして、書き上げた作品たちを、自信満々で新人賞に応募したものの……結果は惨敗であった。
「何がいけないんだろうな〜」
自分ではよくできていると思った。しかし、何度応募しても良い反応はなく、たとえ選評を書かれても、
――感情移入ができない
――人間が描けていない
――楽しむポイントがわからない
――退屈極まりない
――センスに欠けている
――
――小説の
――そもそもロボットに人間の気持ちが分かるものか!
と、
これは一回、誰かに相談したほうが良いかもな……。
彼はそう思い、昔からのロボダチ(友だち)であるメリーくんに相談することにした。
メリーもロボットであり、近所に住んでいたため、とても会いやすかった。
「そうだな、確かにお前の小説は、ニンゲンたちにゃ分からんかもしれんね」
メリーはオイルグラスを傾けながら、原稿に目を通していた。
「例えばこの、『まるでモーターがブルブルするようにドキドキしちゃった。潤滑油があふれそうな激情だった。』って比喩表現、これじゃ文学として良くないわな」
「そ、そう言われても、実際ボクはそうなるし……」
「それに、ほら、食事のシーンがぜんぜんダメ。『美味しいパスタがあったので、私は美味しく頂いた。』って文章。
「うーん、言われてみれば、確かに……」ジェームズは頭を
「ま、とりあえず、経歴を偽ったほうが良いと思うぜ」メリーは背もたれに体を預けた。「選考委員も、書いているのがロボットだと意識しちまったら、どうしても採点が厳しくなるわな……。確かに今の時代、AIが書いた小説も、そこそこ売れている。だけどニンゲン様の書いたモノにはぜんぜん及ばない。しかも、執筆用のAIたちには、多額の費用が投じられている。汎用AIしか搭載されてない、オレやお前のような一般ロボに、小説なんて書けるわけがねーのよ」
「そりゃ、理屈としてはそうかもしれないけど……」
「そもそも、なんでお前は小説書いてんの?」
「うーん、なんとなく、かな。いろんな小説を読んでいると、自分の感情が豊かになった気がして……気持ち良くて、憧れて……ボクも作ってみたいな〜と思ったというか……」
「けっ。ニンゲンかぶれも、ほどほどにしとけっつうの」メリーはオイルをグビッと飲み干した。「だけど、まあ、オレとお前の仲だ。なにか手助けできるかもしれねえ」
「えっ、ほんと?」
「ああ」
「で、でも、経歴を偽っただけじゃ、うまくいくかどうか……」
「だから、それ以上の策を考えるのさ」メリーはウインクした。「ま、自宅でのんびり休んどけ。オレがとっておきの秘策を用意してやるさ」
☆
ジェームズくんは尻尾をコンセントに差し込み、給電しつつ、のんびり映画を眺めていた。
メリーは「とっておきの秘策がある」って言ってたけど、その後、全然連絡がないし……。
やっぱり冗談だったのかな、と思いつつ、あくびをしそうになっていると――
ピンポーン、とドアベルが鳴った。
「はーい」ジェームズは気の抜けた返事をして玄関を開けた。
するとそこには宅配人がいた。「お届け物です」
「お届け物? ボク、なにも頼んでいないけど……」
通販で何かを買った覚えもなかった。
「とにかく受け取ってください。こちらも時間がないので」
ジェームズは
宅配人は帰り、ダンボールだけが残される。
それはバカでかいダンボールだった。冗談みたいなレベルの大きさ。
差出人を見てみると、そこには『メリー・グロッサム』と書かれている。
メリーくんからのお届け物……なにかのイタズラだろうか。それとも、この前言っていた「とっておきの秘策」なのかもしれない。
不安と期待で胸を
そこには〝ニンゲン〟が入っていた。
テープでぐるぐる巻きにされた男が入っており、涙目でこちらを眺めている。
な、なんじゃこりゃ。
ジェームズは腰が抜けそうになる。生きた本物のニンゲンだった。歳は四十歳くらいの男性。
箱には紙も入っていた。おそるおそる手を伸ばし、紙を開けると、そこにはメリーのメッセージが書かれている。
『このまえビッグシティをぷらぷらしていたら、酔い潰れてたオッサンを見つけてさ、ちょうど良かったからテイクアウトしてきたってわけよ。ほら、お前「ニンゲンが描けない」ことを悩んでいただろ? だからそいつを閉じ込めて、拘束したまま、色々インタビューするんだよ。そうすりゃニンゲンの生態が簡単に分かるだろ? 小説の描写にリアリティが出るはずだぜ。
あ、ここからが大事なポイントだが、可哀想だからって、解放しちゃ駄目だぞ。これは
☆
ジェームズの家は、郊外のボロ屋敷だった。人通りも少なく、大声を出しても問題ない場所。
ジェームズはオッサンを地下室に閉じ込め、いろいろとインタビューすることにした。
「というわけで、いろいろお話を聞かせてほしいんだ」ジェームズは言った。「ボクも、その、危害を加えるつもりはないから……」
「お、おいっ! 君は、人間であるこの私に危害を加えているんだぞ。ロボット三原則を知らないのか!?」
「なんです、それ?」
「くわーっ。さいきんのロボットはこれだからダメなんだ! まったく、小説家志望とかほざいているのに、アシモフさえ読んだことがないとは……地球の未来が思いやられますなぁ!」
「あ、あの、ウォルターさん。ボクとしても、こうしてあなたを閉じ込めておくのは心苦しいんです。だから、ちゃんと質問に答えてくださいよ。ぜんぶ終われば、ちゃんと解放しますから」
「い、いやだ。誰がロボットなんかに従うものか!」
こんな感じでオッサン――ウォルター氏はなかなか従わなかったが、一週間が過ぎたあたりから、だんだんと従順になっていった。
そしてウォルター氏は、ついに折れた。
「なにを、聞きたい……」
「お、ようやく話してくれる気になりましたね!」ジェームズは喜んだ。「あなたたちが普段どんなことを考えて、どんなことを夢見ているのか、いろいろ聞かせてほしいんです。仕事のことでも家族のことでも何でもいいですから」
ウォルター氏はジェームズの質問にどんどん答えていった。
ウォルター氏は大企業に二十年ほど務める、中流階級のサラリーマンであった。
有名大学を出た才能ある人材であり、入社した頃はどんどん活躍していた。
しかし、うまくいったのは最初だけ。
内部での足の引っ張り合い、権力争い、汚職、ロビー活動、違法取引、脱税、マフィアとの繋がり、賄賂、ペーパーカンパニー設立、マネーロンダリング、ドラッグ、癒着、左遷、組織ぐるみの詐欺、内部告発への対処、妻の不倫、娘の親権争い、株価の下落、追い出し部屋、飲み会、接待ゴルフ、セクハラ、パワハラ、FX、カジノ、ギャンブル、交通事故、遺産争い……など、抱えている不安のほとんどを、
「つまりだよ」ウォルター氏は言った。「君たちロボットと違って、人間の世界はとても混沌としているんだ。みんな欲望に付き従って、自分の利益を最優先する。善良であることや、正義を貫くことは、あまり利益にならないんだ。波風立てないようにうまく付き合い、上からの指示に素直に従う姿勢――これこそが大事なんだよ」
「なるほどなるほど」ジェームズは一言一句漏らすまいとして、メモを必死に取っていた。「興味深い。実に興味深いです。いやぁ、とてもおもしろいなぁ。もしかしたらフィクションよりも、リアルのほうが面白いかもしれないぞ」
「あ、あのね、そうやって聞いてるだけなら面白いかもしれないけど、実際は大変なんだぞ」
「も、もちろん分かってますよ!」ジェームズは答えた。「それじゃ、あともうちょっと待っていてください」
ジェームズは彼の話を元に、小説を書いていった。
企業を舞台にした社会派小説。上司の理不尽な命令に耐えながら、機転を利かせた対応で業績を伸ばし、最終的には上層部の汚職を暴く。仲間たちと協力しながら、巨悪に対して立ち向かう、サクセスストーリー。
ウォルター氏に推敲や
そしてジェームズは、新人賞へと応募する。
今までの作品よりは自信があったが、新人賞の厳しさは充分わかっていた。
だから、あまり期待はしなかった。
それに、たとえダメだったとしても、本物のニンゲンから色々学べたことは楽しかったな……と、しみじみとした想いを抱きながら、テレビゲームで遊んでいた。
すると、突然、電話が掛かってきた。
「はい、もしもし」
「もしもし、こちらXX社の者ですが」
「えっ、XX社?」
「はい。あの、先月応募した小説を、こちらで読ませて頂いたのですが……」
「あ、はいはい。確かに送りました。あ、でも、結果発表が出るのは、数ヶ月後だと聞いていたのですが……」
「そのとおりです。しかし、あなたの作品を偶然、編集長が読みましてね。あまりの面白さに『この才能を逃してはならん!』と声が掛かりまして、それで、規定よりも早く御連絡を差し上げたということです。予定を繰り上げ、来月には出版しようかと」
「え、来月に!?」
「はい。そのため、これから色々メールで打ち合わせをしたいと思っているのですが、問題ないでしょうか?」
「あ、はい。ぜんぜん問題ないです。よろしくお願いします」
ガシャン。電話が切れる。
ジェームズはびっくりしていた。あまりに早い連絡に戸惑っていたのだ。
その後、自分がロボットだと気付かれないよう、メールで慎重にやりとりしながら、無事出版まで
そして、発売される。
作品は飛ぶように売れた。
無名の新人としては異例の出来事だった。どんどん重版が重ねられ、瞬時に社会現象となった。
職場で悩むサラリーマンたちの琴線に触れたのだ。作品は大きな共感を呼び、テレビやネットでも大きく取り上げられた。
ドラマ化や映画化のオファーも掛かり、一作にして、ジェームズくんはお金持ちになってしまう。
☆
「いやー、本当にびっくりしたよ」ジェームズは言った。「まさか、こんなことになるだなんて」
「オレもびっくりだよ。こっちも冗談のつもりだったからさ」メリーはオイルカクテルを揺らしている。「このご時世に百万部を超えちゃうなんて、出版社も大助かりじゃないの? 依頼もどんどん来てるんじゃない?」
「うん、実はそうなんだ」ジェームズは答えた。「早く続編を書いてくれ、という要望がたくさんあって、それで早速書いているわけだけど……」
「お、やるじゃねえか」
「その、ウォルターさんには、作品が売れたこと、何も言っていないんだ。それに、もしもこのまま執筆を続けるとしたら、監禁も続ける必要があるし」
「そんなもん、気にしなくっていいって。ダイジョブだよ。誘拐するとき、誰にも見られないように気ぃつけたから」
「いや、その、罪悪感というかさ」
「けっ。ロボットのくせに罪悪感を抱えるなんて、まだまだお前はひよっこだな」メリーは吐き捨てた。「じゃあ、あと五作書いたら解放するとか、そういう風に期限を決めりゃいいさ。今回のはきっと、まぐれ当たりだよ。おんなじような作品を何回も出せば、読者も飽きてくるって。な!心配すんな!」
メリーは励ますようにジェームズの肩を叩いた。
☆
そういうわけで、ジェームズくんは小説を書き続けた。
どれも社会派小説であり、ぜんぶ会社が舞台。
フラストレーションを溜めに溜め、最後にスカッと逆転するのが、作品の様式美だった。
初めの頃、ウォルター氏は解放されないことに不満を
「職場で神経をすり減らすより、こうして毎日、のんびり過ごしていたほうが、むしろ気分がスッキリするよ」ウォルター氏は言った。「地下室から出られないのが残念だけど、VR機器を使えば、電脳世界を散歩できるしね」
「え、じゃあ、監禁を続けても問題ない感じですか?」
「うん。あと一年くらいなら、このままでも良いかもしれないな。どうせ解放されたところで、とっくに仕事はクビになってるだろうし……」
二作目も三作目も爆発的ヒットを飛ばした。
ジェームズとウォルター氏の利害も一致していたし、何も問題がなかったのだ。
ジェームズは安心して、のびのび小説を書けるようになる。
憧れのプロになってしまった。しかも、ベストセラー作家だ。
実感はいまだに湧かないし、自分の実力だと思えなかったが、嬉しいのは確かだった。
編集さんにはロボットだとバレてしまったが、ジェームズの売上を前に、差別する様子も見られなかった。
こうして彼は、理想の小説家ライフを享受し始めたのだ。
しかし、物語はここで終わらない。
四作目の執筆が
☆
ベルが鳴った。
ドアを開けると、そこには二人の警官がいた。
「あ、あの、何の用ですか?」
「ちょっと、お話を
警官は部屋にズカズカと上がり込み、ソファへと座った。
「きみにいくつか訊きたいことがある。嘘をつかず、正確に答えて欲しい」
「は、はい」
「きみはアルフレッド・ウォルターという人物を知っているかな?」
「えっ!」
ジェームズはドキドキした。まさにいま、下の地下室で、ウォルター氏を閉じ込めていたからだ。
「い、いえ、知りませんっ」
警官は顔を見合わせた。きっと、ジェームズの
もうひとりの警官が言った。
「じつはだね、この人は去年の夏頃から、ずっと行方不明になっているんだ。そして、彼が
「そ、そのとおりですが……別にニンゲンのフリをすることは違法ではありませんし、そもそも、ウォルターさんが消えたことと、ボクになんの関係があるんですか?」
「小説の内容だよ」警官は言った。「特に、第一作目の小説の内容――主人公の置かれている
「ただの偶然ですよ! そんなことでイチャモンをつけるなんて、検閲です。人権侵害ですよ!」
「ロボットに人権があるわけないでしょ」
「あっ」
「とにかく、潔白を証明してほしいんだ」警官は立ち上がり、ズボンのベルトを締め直した。腰には拳銃が刺さっている。「ちょっと、この家を調べさせてもらっていいかな?」
「あ、あの、そんな――」
「捜査令状は出ている」背の高いほうが言った。「きみはここで、おとなしくしているだけでいい。我々の捜査を邪魔しないだけでいいんだ」
ジェームズは震えながら席についた。
ど、どうしよう。このままでは地下室まで調べられてしまう。
もしも見つかったら、監禁罪で捕まり、データを初期化されてしまうだろう。いや、スクラップになる可能性のほうが高いかも。いずれにしても、危機的状況に置かれている。
どうしよう。このまま全力で逃げ出してしまおうか……。
いや、既に捜査令状が出されているということは、いまさら
ジェームズは絶望して、うつむいた。
もうおしまいだ……。欲を出さず、すぐにウォルター氏を解放するべきだったんだ。
彼がプルプル震えていると、「警部、いました!」という声が階段から聞こえてきた。
「でかしたぞマーカス!」近くにいた警官が大声で答える。「俺はこいつを見張っているから、早く人質を解放するんだ!」
警官はこちらに近づいた。
しかし、彼は急に目を見開くと、そのまま倒れてしまった。
後ろにはメリーの姿があった。彼は手に『
「まったく、世話のかかる野郎だぜ」
「メリーくん、どうしてここに!」
「パトカーがお前ん
「か、階段のほうに」
「わかった。すぐ終わるから安心して待ってろ」
メリーはそう言うと、リビングを後にした。
☆
警官二人とウォルター氏に記憶消去剤を飲ませ、それから彼らを解放した。
ウォルター氏はビッグシティのゴミ捨て場で目覚め、その後、何事もなかったように平然として、家へ帰っていったらしい。
ウォルター氏が見つかったということで、捜査も打ち切られた。その後、警官は来なかったし、ジェームズの生活は平穏なものに戻った。
しかし、彼は苦悩していた。
ウォルター氏がいなくなったいま、自分の力だけで小説を書くしかない。
でも、どうやって?
もう誘拐はできない。リスクが高すぎる。記憶チップを読み込んで、ウォルター氏との会話を
そうして新作の書けない状況が続くなか、とあるニュースが飛び込んでくる。
なんと、ジェームズを超える人気作家が、出版界に登場したのだ。
その作家は、ジェームズと同じように、会社を舞台にした小説を書いていた。その人気は、ジェームズを更に上回る。新作の出ないジェームズの人気を
話題の作家が、TVインタビューに現れる。
そこに映っていたのは、ジェームズが監禁していた、あのウォルター氏であった。
どうやら彼は、ジェームズとアイデアを出し合っているうちに、作家としての才能に目覚めてしまったらしい。記憶が消えても、才能は消えない。彼は次々とベストセラー小説を世に送り出し、成功者になってしまったのだ。
そんな様子をぼんやり観測しつつ、ジェームズはスランプで落ち込んでいた。
もう、自分には社会派小説は書けないだろう。
だからといって、恋愛モノや友情モノの作品を作れそうにないし……
やっぱり引退するのがベストだろう。
でも、最後にもう一作、駄作でもいいから世に出したいな……。
そうして色々考えた結果、彼はとあるアイデアを思いつく。
……自分の経験をそのまま小説にすれば良いんじゃないか?
そもそも、ウォルター氏だって、自分のサラリーマン生活を元に小説を書いたんだ。ボクだって、自分の経験を武器にして、小説を書けばいいんだ! そうだ、簡単なことだったんだ!
そして彼は、新作を書き始める。
短編ではあるが、引退宣言とともに発表すれば、注目を浴び、どこかの雑誌に載せてもらえるだろう。
タイトルはもう考えてある。
ジェームズくんはキーボードでカタカタと文字を打ち込んだ。
そこにはこう書かれていた。
タイトル:「小説家志望ロボット」
終わり
【A Robot Who Wants to Be a Novelist】is over.
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