〇六、食堂

 キュハァスに向かって問いを投げかけると、彼女は少し首を傾げる。俺は身振りを交えて再度彼女に問いかける。



「なぁ、これ位の背の子供達が『ニャァマ』とか、『アァニャ』だの言っていただろぉ?」と、俺は臍より少し上の辺りで掌を床に向けけて上下させる。

「あぁ、ドゥランですか。ヒトロク様」と、彼女が合点がいったとという表情で答える。

「彼らは皆、子供ではありません。東方の龍宮様よりお預かりしたテンカイを渡って来られた民なのです。彼らはあのような小さな体をしておりますが、我々の預かり知らぬ力を持っております。重々侮りませんぬ様にお願いいたします」

「ドゥラン?、子供じゃない?、テンカイ?、龍宮様? ???…。よう分からん。疑問が増えたな」

「恐らくは『アァマ』といったのをお聞き違えになったでしょう。アァマとはヒトロク様をさしていわれたのでしょう」

「オレをアァマと?」

「そうです、ヒトロク様。アァマの旗印を身に着けておいでになっているではありませんか」と、彼女は、俺の右上腕部を指し示す。



 俺はキュハァスが指さす右上腕部に視線を向ける。そこにはマルチカム迷彩の配色に準じたトリコロールの国旗をモチーフにした背景に、旭日旗を重ねた図案のワッペンが付けてある。俺は右腕のそれをキュハァスへ向ける。



「色合いは異なりますが、その陽の光が拡がる意匠。誰が見てもアァマの旗印と分かります」



 これがアァマの旗印。確かに陽の光が拡がる意匠。俺のそれは迷彩の配色に合わせて、灰色がかった赤茶色の旭日旗の意匠だ。



「さぁ、ヒトロク様。食堂へ向かいましょう」と、キュハァスがひときわ明るく照らされる壁に向かって歩み出す。

 すると、壁に扉ほどの大きさの筋が走る。彼女が壁に到着する前に、目にも止まらぬ速さで左右に壁が抜ける。驚きと感動でその光景を眺めている。先の廊下にでた彼女が俺に向かって声を掛ける。



「さぁ、食事に向かいましょう」と、手招きする。ってか、招き猫かよ。



 キュハァスに案内されて向かう先、食堂。長い周回している様な廊下を進み、一際大きく照らされる壁に向かう。その手前で壁に大きく筋が走り、その壁に差し掛かると壁が瞬く間に左右に消える。

 その壁の大きな開口部を潜ると、アーチ状にめぐる空間が広がる。天井も同様のドームの様に半球状に中央へ向かうほど空間が贅沢に広がっている。

 随分と大きな体育館にいるような広さと、高さだ。また、自分で思って意識の齟齬を感じる。概念は理解しているが、どうにも認識と乖離しているいるような感覚。



「ゲシュタルト崩壊?」と、何か違うなと思いながら呟く。

「どうかされましたか」と、キュハァスが振り向く。

「い、いやなんでもない」



 キュハァスが辺りを見回し、誰かを探している様だ。この広い空間、テーブルがいくつも並び、ヒトもまばらにしか見当たらない。キュハァスが声を張り上げて、手を振る。



「タァミャ」



 ひとりの子供が振り返り、背伸びしながら手をふる。あっ、子供ではないんだった。



「ミュアァフ」と、声を上げて駆け寄ってくる。って、『キュハァス』と声をあげたのか。韻しか踏んでねぇじゃん。



 『名は体を表す』を体現するような艶やかのロシアンブルー毛色の娘が、キュハァスと手を取り合って言葉を交わす。聴覚が『ミャァ』や『ニャァ』の声を知覚しているが、挨拶の言葉として認識している。



『タァミャ、元気にしてたぁ』

『ミャァ、元気ニャ。キュハァスの方はどうニャン?』



 あれっ? なんか語尾があからさまに脳内補完されてネっ⁉。


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