〇二、意識

 抱えた子は腰に抱きついた子の身内らしい。その子に案内され、今は屋内にいる。背を負傷した子は、今手当を受けている。その子は、介抱されているうちに意識を取り戻す。


 手当がひと段落したところで、居間の様な部屋でくつろいでいる。危機的状況を前にして強張た体の筋肉を弛緩させ、指に引き金の感触や肩に残る衝撃を払拭する。


 件の可愛らしい子が淹れるお茶を口にする。少しぬるい。今まで飲んだことの無い果実の香りがする。口に含むとやや酸味があるほのかな甘み、それにほのかな鼻に抜ける辛さ、不思議な味。「ここの子らはネコ舌なのか」と、ふと考える。


 そう、ここに案内した子の顔の印象。こっちを見上げるその顔。その子の顔は、ヒトとしては違和感がある。でも、ものすごく可愛らしい。印象的にはネコだ。瞳が特徴的だ。瞳孔が縦長。耳は少し尖っている。ネコっぽい感じがする。


 そして、また意識し始める。「ここは何処だ・・・・・・」と。さっきの子らとは言葉が通じない。何か言葉を発しているようだが、ネコの鳴き声の様にも聞こえる。身振り、手ぶりを総動員してここへ案内される。


 異様な大男達。惨状を目の前に反射的に射殺し、脅威を排除する。しかし、「殺した」という実感もなく、排除は当然の処置と認識している。

 そんな事を考えながら、視線を移す。傍らに立てかけた小銃ブルパップが目に留まる。それは、『仏式衛府一』。それを手にして、小銃の名称を認識する。

「む、そんな名前だったかぁ」と、ふと疑問を抱く。手にした小銃の名称を認識するが何かが違う様に感じる。


 見れば見るほど、記憶のそれと名称の乖離が拡がる。考えても分らない事に悩んでも「仕方がない」と、区切りをつけぬるいお茶を飲み干す。そして、腰を上げ小銃の負い紐を肩に掛ける。気分転換に屋外へ向かう。



 外の光は少しかげり、赤みを帯びだしている。辺りを見渡すと、半球上のお椀を反した形態の建物が並ぶ。先ほどはあまり気にも留めなかったが、見たことの無い建物だ。何か未来的な雰囲気を感じる。

 振り返って出てきた建物を見る。壁面は灰色掛かった白い色をしているが、金属的な質感で表面は滑らかだ。拳で軽くその壁面を打ってみる。まったく音が響かない。これは、異様な感覚。掌で壁を叩いても全く音がしない。掌にある程度の反動が伝わるが、全く音がしない。不思議な感覚を覚えつつ、件の大男のところへ向かう事にする。


 半球の建物群を抜けると、牧歌的な田園風景が広がる。程なくして件の広場に近付く。数人の人だかりがいくつかあり、その中の一人が此方に向かって手を振るのが見える。何か叫んでいる。『ニャァマ、ニャァマ』と聞こえる。やっぱ、ネコなのか。右手を上げて応える。



 広場に入ると、大男達の遺体はそのまま放置されていた。ふと気になって件の大男へ近づく。目が合ってとどめを射した大男へ。先の状況は緊張と咄嗟の反射であまり気にも留めなかったが、今思うとやはり違和感に気づく。その男の顔を見下ろす。瞳は開いている。

 目か、瞳が大きく金色。白目が気持ち少ないように感じる。こんな色をしたヒトは遇ったことが無い。瞳孔が大きく開いている。が、横長の長方形の様だ。これもヒトでは見たことがない。


 鼻、これは何だか肉食系の動物を連想するような太い鼻。顔のつくりから大きいとは思わないが、眉間から鼻根、鼻背、鼻尖に掛けてとにかく、『太っ』って印象。バトゥかっ。て、誰だっけ。


 肌の色は、不健康そうに青っ白い。まぁ、「死んでるし健康ではないよなぁ」と。


 髪、くすんだ金髪ってか明るい茶髪。髪は普通って感じだ。オールバックに寝かしつている。


 プレートキャリアから鉛筆を取り出し唇をめくってみる。異様に歯並びが綺麗。ム、顔の造作に比べるとやや細い様に感じる。もう一本鉛筆を取り出し、両手で上唇をめくりあげる。「うぁ、これは知っている人類ではないな」と思う。明らかに多い。


 ふと、目線を上げると子供達が遠巻きに集まってきている。何やら小声で話している。頻りに『ニャァマ』だの『アァニャ』だのが耳につく。腰を上げ、他も見たが皆同じ。むしろ、皆同じ顔に見える。子供達が見てるし、下半身の検分は差し控えた。まぁ見て落ち込むのもなんだし。そうして、腰を上げ少し伸びをすると遠くから多くの馬蹄の響きが伝わってくる。



 大気から伝わる馬蹄の響きへ向くと、黒い一団が見える。その一団が段々大きくなる。すると足元からも馬蹄の重い振動が伝わってくる。遠巻きにしていた子供達がその一団に向かって広場に集まり始める。皆一様にその一団に向かって手を振る。黒い一団から、数騎がさらに加速して駆けだす。その数騎がさらに近づく。すると子供達は盛んにこっちを指しながら、『ニャァマ』だの『アァニャ』だの叫びだす。


 黒い一団から離れる数騎が子供たちの前で、嘶く馬を停める。「何かすごくかっけぇ。てか、騎馬でかくないか。なんか縮尺間違ってねぇ。まぁ、こんな間近で見た事ないし、こんなもんか」と感じる。


 初めて生で騎馬の急停止を目の目前にし感嘆する。先頭の騎手の男が子供達と話しながらこっちを向く。言葉通じてんのかよ。

 そんなことを思っていると、その騎手が此方に手を伸ばし叫んでいる。む?、大声で呼びかけている。なんか、南九州の言葉っぽい。そう、ジジ・ババがしゃべる『いっぺこっぺ~』みたいな。なので、こっちはこう応答する。


「ソゲェ、ハヨッシャベッテン、イィッチョンワカランバイ」


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