第18話 悪女
月日の流れは早いもので、あたしは12歳になった。
数年に渡りフィルから預かっているドレスは大量で、あたしの部屋のウォークインクローゼットに収まらなくなって久しい。
そして現在、空き部屋の1つがあたしのドレス置き場になっている。
ある日、衣裳部屋と化したドレス置き場を見てふと思った。
……これ、イメルダ夫人じゃん。
いくらフィルのポケットマネーとはいえ、使われているのは税金だ。王族とはいえ、お金が無限にある訳ではないのだから、景気が悪くなった時、真っ先に糾弾されるのってあたしじゃない?
お父様は多分この事を知らない。そして、生粋のお嬢様であるお母様は量が異常であるという事に今一つ気付いていない。むしろお茶会で言い触らしてくれちゃっている。だからあたしがドレスをプレゼントされまくっているのを大勢が知っているのよ……
あたしが強請った訳でもないのに、他の人からしたら王子に貢がせている悪女にしか見えないだろう。
こんなのバレたら修道院送りどころか処刑されかねないわ!
そもそもお金に糸目を付けるという事を知らないフィルの作ったドレスは、通常のドレスの数倍の値段になっていると思う。でもロイヤルセレブであるフィルは、おそらくお金はどこかから湧いて来ると思っている。まさにマリーアントワネットだ。
フィルのお金とはいえ使う金額が子供のお小遣いのレベルを遙かに超えているのは確かで、あたしが何とかしなければならない……
問題のドレスはというと、ほとんどが数回しか袖を通していなくて新品同様だ。なのにもうサイズが合わなくて着る事もできない。もったいないよねぇ……
よし、売ろう。
でもフィルの物として売れない以上、あたしの物として売る事になる。そうなるとただ売るのでは外聞が悪い。客から貰ったプレゼントを質に入れるキャバ嬢みたいだ。イメージは大事にしないとね。
……そうか、人助けだ!
いつもの様に遊びに来たフィルに交渉をする。
「ねぇフィル、この素敵なドレス、他の人にも着て欲しいと思わない?」
「誰かに貸すの?」
「それもいいんだけど、管理が大変だし、他の人に譲ってはどうかと思うの」
「いいよ」
あれ? あっさりOKが出た。もっと嫌がるかと思った。
「いいの?」
「うん。もう小さくて着られないもんね」
フィルって案外、実利主義なのね。コレクションを楽しむタイプじゃなくて良かった。
……1度着た服はもう着ないというセレブ的思考もありそうだけど。
「それにキャロルのだし」
「ええ!?」
預かっているだけのつもりが、プレゼントされた事になっていたの……?
これはいよいよまずい。
「それでね、世の中には仕事がなくて困っている人がいたりするの」
「うん?」
「そういう人の役に立てたらいいと思わない?」
「何で仕事がないと困るの?」
「平民は仕事をしてお給金をもらってパンを買うのよ。それにね、このドレスはフィルのお金で買ったでしょ? フィルの使うお金は税金から出ているの。そして税金は国民が働いて得たお金や物の中から貰っているの」
「貴族からじゃないの? お金が足りない場合は貴族から貰えるって聞いた事があるよ」
「足りない場合の徴収は戦争とか災害の時だけだよ……」
王家を支えるのは貴族って教わっているのね……。フィルの教育、根本的にマズくない??
「王家の収入は商人や王領地から直接入って来る税もあるよ。それに貴族は領民から貰っているから、結局は平民から貰っているのと同じよ」
「へぇ」
フィルは初めて聞いたという顔付きながら、納得はしている様だ。
「でも仕事がない人は税金を納められないでしょう? だから、仕事を与える事は困っている人を助けるだけでなく、国家や王家の為にもなるの。私はドレスをお金に換えて、そのお金で平民がきちんとしたお給金をもらえる場所を作りたいのよ。働き口のない人が減れば税金を納められなくなる人が減るから、また新しいドレスが作れるよ!」
あんまり作らなくていいけど……
「なんか良い事ばっかりだね」
「そうなのよ、お金は循環させないと駄目なの」
よしよし、いい調子だ。
「でね、せっかくだからこのドレスはフィルがデザインしたってみんなに言ったらどうかと思うの」
「ええ!?」
激しく動揺するフィルの肩を撫でながら優しく言い聞かせる。
「大丈夫だよ。こんなに素敵なんだもん。もちろん、フィルが着ているって事は内緒にするよ」
「それなら……」
聞こえ良くまとまったな。
こうしてゲイバー作りの資金とする了承を得、ドレスに付加価値を付けて販売する交渉が成功した。
フィルが帰った後、お母様に掛け合う。
「フィルから貰ったドレスを他の方にお譲りする為に、大きなお茶会を開いて欲しいんです」
「お茶会は構わないけれど、大きなってどのくらい?」
「うちの舞踏室がいっぱいになるくらい」
「舞踏室でお茶会……?」
怪訝な顔をするお母様に、真剣な顔で迫る。
「まずはお知り合い全員に招待状だけでも出してみてくださいませんか。多分舞踏室を使わざるを得なくなると思います」
「……分かったわ」
「ありがとうございます!」
次に執事のスチュアートに、事情を話して数字のはんこが欲しいと相談した。
「では印章を作っている会社に注文しておきます」
「ありがとう!」
そして侍女のアメリーとドミニクに、お茶会に同行した際に他家の侍女に噂を流してもらうよう頼んだ。
万全の準備を整えて迎えた当日。
まずはフィルのデザインしたドレスを見てもらい、その後レストランでオーダーを取る様な形で券を販売する。1人何枚でも購入できる。
そう、ドレスの販売は宝くじ形式で行う事にしたのだ。マザーテレサがやってたんだから、あたしがやったって問題ないはずよ。
この世界にはギャンブルはあっても宝くじがなかった。似たようなものなのに不思議だわ。
支払いは全てツケで、後日徴収する事になっている。お金のやり取りをしちゃうと優雅さに欠けるし、全員身元が確かで取りっぱぐれる心配がないからね。
はんこを作ったのは、用意したくじ券が足りなくなった場合に、その場で増し刷りする為だ。どのくらい売れるか分からなかったのだけど、思った以上に売れて結局増刷した。侍女たちに噂を流してもらったのが功を奏したみたいだ。
「王子様が婚約者の為にデザインしたドレスが手に入るらしい」
「手に入れればきっと玉の輿に乗れるに違いない」
噂話は段々尾ひれがついて広まり、今では〝恋愛が上手くいく〟とか言われている様だ。
当初、ドレスを着られる子供のいる人しか買わないと思っていたのだけど、みんなが欲しがる物を手に入れて自慢したいと考える人が出て来て、子供が大きくなった人達もくじ券を買ってくれた。シンデレラのガラスの靴のレプリカみたいに、履かないけど観賞用に欲しいみたいな感覚もあるのかも知れない。
とにもかくにも、ただの散財ドレスは狙い通り幸運のドレスになった。やっぱり女子は『幸運』とか『幸せになれる』って縁起かつぎに弱いのよね。
御婦人たちの評価も上々で、お母様も鼻高々だ。
「殿下がデザインをされるなんて! うちの主人は私のドレスに全然関心がないのですよ。カロリーヌ様が羨ましいですわ」
おほほ。うちの婚約者はドレスにしか関心がありませんのよ。
「カロリーヌ様は本当に殿下に愛されていらっしゃるのね」
いえ、殿下が好きなのはドレスの方です。
「フィリベール殿下は美的センスがおありですわね」
「配色もデザインもとても素晴らしいわ」
フィルの評判も良好で良かった。
今回景品にしたのは3着だけ。希少価値を持たせないといけないからね。
ドレスごとにくじ券の数字の色を変えてあって、1着目のドレスのくじ券には赤いインクで数字のはんこが押してある。2着目は青、3着目は緑だ。
抽選は木箱に入れたビリヤードのボールで行う。不正を疑われない様、席を回ってランダムに選んだ招待客の子供に1個ずつ引いてもらった。お楽しみ会の演出だ。
「最後の数字は……9です!」
「きゃあ!」
1着目のドレスに当選した令嬢は歓呼の声をあげた。
そもそも、くじ券程度の金額で豪華ドレスが貰えたらそれだけでラッキーだもんねぇ。
この場にいる誰かが絶対に手に入れる事ができると実感した人達がまた追加でくじ券を買ってくれて、こちらもウハウハ。
最後に、今日の収益は困っている人に仕事を与え、生活を向上させる為に使う事をアピールして幕を閉じた。
招待客たちを見送った後、フィルと2人であたしの部屋に引き上げる。
扉が閉まったのを確認して、両手でフィルの手を取った。
「みんなフィルのこと凄いって言ってたよ!」
フィルの両手を、ぶんぶんと上下に振る。
最終的に大成功の決め手となったのは、やはりフィルのデザインしたドレスのセンスの良さのおかげだ。
「不安だったけど……良かった」
フィルは心底ホッとしている。
「だから大丈夫って言ったじゃない」
「ありがとうキャロル」
いやいやこちらこそありがとう。大儲けです。
でもちゃんとフィルの事も考えていた。この世界ではドレスをデザインするのも作るのも女性の仕事だ。普通の男性がやれば女々しいと思われそうなものだけど、見目麗しい王子様がやれば先駆者なのだ。
それに、フィルの趣味はうっかりバレるより、堂々と公表してしまった方が良いと思ったのよね。最悪、女装がバレても着心地を確かめたとか何とか言えるし。『着心地まで考えて下さるなんてお優しい!』とかなるだろう。伝え方って大事なのよ。
「またやろうね!」
ドレスを全部売ってしまいたいからね。
「うん!」
フィルはにこにこ顔で頷いた。
Win-Winだ。
翌日からユーゴに集金に回ってもらった。
帳簿を見て金額は分かっていたけど、実際に見るとニヤケ顔が止まらない。ニシシシ。お金は持ってる所から絞り取るのが1番よね。
でも今回はそれを全部お母様に渡した。
「お母様、お茶会を開いてくださってありがとうございました。お茶会にかかった経費に充ててください」
「あら、あなたはそんなこと気にしなくていいのよ。それに寄付するんでしょ?」
寄付はしません。そんなこと一言も言ってません。勘違いです。
「お母様の人脈でお客様を呼んで頂いたのですしいいのです。その代わり、次回もまたお願いします」
「分かったわ。では経費を引いて余った分は次回のお茶会で使う事にしましょう」
お母様ったら律儀ね。
こうして無事、次回の約束を取り付けた。
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