第3話 団子

 広い敷地内には、城の真横を流れる川から人工的に水を引き入れて作られた川が流れている。城の東側にあり小川と呼ばれているそこは、木陰もあって涼しい。


「いいよ。今日は暑いしちょうどいいね」


 そうして3人で小川へ移動した。

 さっきまでいたテラスに比べると涼しいのだけど、やっぱりちょっと暑い。

 真夏だというのにロングスカートのドレスを着ていなければならないのはしんどいわぁ。ならばせめてと、靴を脱いで川へ入った。


「「キャロル!?」」


 あたしの突然の行動に2人は驚いている。それもそのはず、この世界では人前で裸足になるのは、はしたない事とされている。特に女性は。

 聡としての記憶が入り込む前のカロリーヌも恥ずかしい事であると認識していた。でも今となっては、家族同然の従兄の前で裸足になるくらい、何が恥ずかしいんだという感じだ。


 足を水に浸けたら、すっと身体の熱が引いていった。井戸の水と違って冷た過ぎる事もないしちょうどいい。


「気持ち良いですよ?」


 スカートの裾を膝上まで持ち上げ、ざばざばと水の中を歩く。

 すると、ぬめった石に足を滑らせ、川に尻もちをついてしまった。


「あっ」

「「キャロル!」」

「お嬢様!」


 後ろに控えていたアメリーもさすがに声を上げ、エメリック兄様が慌てて靴のまま川に飛び入って、あたしを助け起こしてくれた。


「エメリック兄様! 濡れてしまいますよ」

「何言ってるんだ。びしょ濡れなのはキャロルの方だろう」

「私は自業自得です」

「怪我はない?」

「はい。ありがとうございます」


 そう言いながら両手の掌を見てみると、少し擦り剥けている。


「あぁっ怪我してるじゃないか」

「こんなの大した事ないですよ」


 そんな事より……。

 川の底をじっと見る。

 これは……


 いくら大丈夫だと言っても聞き入れてもらえず、川から引き上げられ、邸の中へ連れて行かれる事となった。

 その後、お母様に叱られ、お爺様に心配されても、あたしはある可能性に心惹かれていた。


 今こそできるのではないか? ずっとやってみたかったあれが。子供だからこそ許される、無意味な時間の大量消費。


 そう……光る泥団子作り!!




 翌日、みんなの目を盗み、再び小川にやってきた。

 スカートの裾を腰の辺りで結び、川に入って底の砂を採取する。川から上がって、団子を作り、城の前の馬車に踏み均された道で、粉状の砂をまぶしながらひたすら丸めた。

 確かこんな感じだったはず……


「キャロル! こんな所にいた」

「エメリック兄様」


 あたしの姿がなかった為に、探してくれたらしい。


「何してるの?」

「お団子を作っています」


 エメリック兄様に、手の中のまん丸の泥団子を見せる。


「へぇ。上手にできたね」

「いえ、ここからが大変なんです」

「?」


 確かデニムとかフリースで磨くんだっけ……どっちもないわ……。取り敢えず雑巾でも貰って来よう。


 その辺にいた侍女に雑巾が欲しいと言うと、ハンカチを持って来てくれた。

 違うんだけど、こちらとしても何が正解か分からないので、有難く受け取る。



 エメリック兄様と小川のほとりの木陰へ移動し、本を読んでいるエメリック兄様の横でひたすら団子を磨く。

 すると途中でジスラン兄様が現れた。


「キャロル何してるの?」

「お団子を磨いています」

「?」


 気付けば表面に光沢が出ていた。

 おおお。初めてにしては上出来じゃない?

 掌に乗せた泥団子を2人に披露する。


「え? なにこれ!?」

「凄いよキャロル!」


 黒光りする泥団子に2人の目は釘付けだ。

 よしよし、次は色を変えるぞ。



 でも翌朝、乾いた泥団子はひび割れていた……

 くそー! 何が悪かったのか皆目分からない……


 朝食の席でお爺様に尋ねられた。


「どうしたキャロル、元気がないな」

「お団子が壊れてしまったんです」

「?」


 お爺様には何の事だか分からない。


「昨日の壊れちゃったの?」


 エメリック兄様は、あたしの作った泥団子が凄かったのだとお爺様に説明してくれた。


「そうか、それは残念だったな」

「また作ります!」


 凹んではいられない。原因を究明せねば。


 それから、午前中はお母様と勉強、午後は泥団子作りの日々が始まった。

 いつの間にか、エメリック兄様やジスラン兄様も参戦し、本気の泥団子にハマっている。


 花壇やら畑やら、城の敷地内の思いつく限りの場所の土を使って団子を作った結果、公園の砂っぽいものより、粘土っぽい土の方がいい団子になる事が分かった。

 試行錯誤の成果、崩れたり、ひび割れたりする事もなくなった。


「今回のは良くできたよ」


 エメリック兄様は満足気だ。

 確かに綺麗なんだけど、でもなぁ……違うんだよなぁ。


「どうしたのキャロル」


 納得いっていないのがジスラン兄様にバレてしまった。


「もっと良くなるはずなんです……」


 もっと綺麗な丸にしたいのに……。

 思い出した、瓶を当てて転がすんだ!

 早速、執事のレジスに相談して、いらない瓶を集めてもらった。


 瓶を導入した結果、泥団子は綺麗な球体になり、しかもツヤも出た。理想とする物にだいぶ近付いている!


「見て下さい」

「「おおー!」」

「でも、まだまだなんです……」

「充分綺麗だと思うけどなぁ」


 ジスラン兄様は首をかしげている。



 夏が終わり、秋が訪れた。お城の後方にある山はだいぶ色付いている。


 夕食の時間に、あたしはお爺様に強請った。


「お爺様、山に行きたいです」

「山? 何かあるのか?」

「紅葉狩りです」

「葉を取るのか?」

「いえ、見るだけです」

「何の為に……?」

「赤や黄色の葉っぱを見たいんです」


 お母様と従兄弟達も不思議そうな顔をしている。

 なんと、この世界には紅葉を楽しむという情緒がないらしい。元日本人のあたしにしてみたら理解し難い事だけれど、みんなにしてみたらあたしの方が理解し難い様だ。

 じゃあしょうがない。


「ピクニックに行きましょう!」

「いいぞ。では明日は外でランチにするか」


 お爺様は笑顔で応じてくれた。



 ピクニックと言えばサンドイッチだよね。久しぶりに卵サンドが食べたいわ~。できたらおにぎりも食べたいけど、米ってあるのかしら。

 よし、聞いてみよう。


 ルンルン気分でお城の厨房へ行くと料理人達にぎょっとされた。


「お嬢様どうなさいましたか」

「明日お爺様達と外でお昼ご飯を食べるからリクエストしに来たの」

「では料理長を呼んで参ります」


 そして奥から厳しいおじさんが出て来た。


「明日のランチの件でしたら、執事のレジスから承っております」


 口調は丁寧だけど『子供がうろちょろすんな、さっさと帰れ』とでも言いたげな態度だ。

 いいもん。さっさと帰るもん。


「メニューに卵サンドを入れて欲しいの」

「卵サンド……ですか? それはどういった……」


 料理長は訝し気に眉を寄せた。

 そういえばこの世界ではまだ見てないな。


「茹で卵を潰してマヨネーズで和えてサンドイッチにしたやつ」

「マヨネーズとは……? サンドイッチ??」


 何と、この世界にはマヨネーズが、そしてサンドイッチもないらしい。

 う~ん、説明するより作った方が早いわ。


「今から作るので卵と油と酢と塩をもらえますか?」


 まずは卵を茹でもらい、その間にパパッとマヨネーズを作った。卵1個分なのであっという間だ。


 うん、おいしい。久しぶり!


「これがマヨネーズ。食べてみて」


 胡乱な目つきで見ていた料理長に渡す。

 料理長はマヨネーズを手に取り、ぺろっと舐めた。


「ほう。酸味が効いていますね」


 あれ? お酢入れ過ぎた?


 次に、茹で上がった卵の殻を剥く。


「熱っ!」

「ああっ、やりますお嬢様」


 顔は厳めしいけど面倒見が良いらしい料理長に殻を剥いてもらい、ついでに潰して貰う。


「これとこれを混ぜたのが具で、薄く切ったパンで挟むの」

「ほう」


 料理長が指示を出し、料理人の1人にパンを切らせた。


 そういえば、サンドイッチって考案した人の名前だったわね……。そのままはまずいか。


「これをパンサンドと名付けます」

「ほー」


 マヨネーズは地名由来だった気がするけど、面倒くさいからそのままでいいや。


 料理長と2人で食べてみる。

 わー、おいしい。


「これは美味しいですね」

「でしょ~」


 料理長は卵サンドが気に入った様だ。


「これ、お爺様達も食べた事ないのかな」

「ええ、おそらく」

「じゃあ他にも色々作って吃驚させよう!」

「はい!」


 こうしてあたしは料理長にマヨネーズの作り方をレクチャーした。


「あ、一気に入れると分離するからね」


 遅かった。




 翌朝、紅葉にもピクニックにも興味のないお母様は留守番する事になった。

 すっかり仲良くなった、というか弟子と化した料理長ガハリエから直々にお弁当を受け取り、あたしはお爺様の馬、エメリック兄様とジスラン兄様はそれぞれ1人で馬に乗る。そして従者を2人連れ、山を目指す。


 しばらく山道を登ると、木のない開けた場所に出た。近くの木々から落ちた葉が、地面に赤と黄色の絨毯を作っている。


「わあ綺麗!」

「ほう。これはいいな」


 見晴らしも良く、遠くの山々が色付いている様子も一望できる。


「お爺様、ここでお昼にしませんか?」

「そうだな」


 従者達に敷物などの準備を整えてもらい、あたしはパンサンドを広げた。


「どうぞ! 私のオリジナルレシピで作った料理です!」


 卵サンド以外にも、ハムレタスサンドやトマトクリームチーズサンドなど、色とりどりでおいしそうだ。


「キャロルは料理ができるの?」


 ジスラン兄様が驚いている。


「少しだけ」


 主に酒のつまみだけどね。

 そして転生前にマヨラーだったあたしは、マヨネーズの合わないつまみはないと言い切れる。


「この唐揚げも私のレシピですよ」


 みんなに鶏の唐揚げを勧めた。


「おいしい!」


 エメリック兄様が感嘆の声を上げた。

 鶏唐は揚げる前にマヨネーズを絡ませるとジューシーになるのだ。お弁当にもつまみにもなる万能メニューよねぇ。

 ここにおにぎりがないのが残念だわ。米はあるにはあったものの、ぼそぼそでおにぎりに出来る代物ではなかった。


「外で食べる食事は一段とおいしいね」


 エメリック兄様が晴れやかに言い、あたしは大きく頷く。

 分かるわ~。なんでだろねこれ。


「お母様も来れば良かったのに……」

「そうだな。来年はみんなで来よう」

「はい」


 せっかく来たので、泥団子用の土を掘って貰って持ち帰った。




 なんと、山から取ってきた土は、泥団子に最適だった。

 でもやっぱり色が茶色い。土を変えれば色が変わると思っていたのになんでだ……。転生前にネットで見た泥団子は鮮やかな赤や青だったのにぃ。

 でも、青い土なんかないよね。……あれ着色してたのか!

 

 絵の具を使って色を着けると、やっと思い描いていたものができた。あたし史上最高の出来だ。

 こっそりと作った真っ青な泥団子を、エメリック兄様とジスラン兄様に披露する。


「じゃーん!」


 2人は刮目した。


「すごい! 宝石みたいだ」

「キャロルが納得しなかった訳が分かったよ」


 最高傑作の泥団子をお爺様にプレゼントすると、それはもう喜ばれた。

 そして紅葉の終わりと共にラプソンへと戻った。

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