異世界転生チートを販売業者から買ってみた
狂飴@電子書籍発売中!
本文
これは、とある配信者のお話。
都内に住む
これでイケメンならまだ救いがあったのだが、どちらかといえばキモい方面寄りであったために、コメント欄には「純粋にきしょい」「顔を出さなければ許した」「こんな顔で親に申し訳ないと思わないの?」など散々な誹謗中傷が書き込まれている。
大学進学を機に上京したが、講義の内容についていけず中退。両親と進路で揉め、好きなことで生きていくと大見得を切って東京に残った手前、実家にも帰れないでいた。バイトをやりくりして、なんとか家賃滞納だけは免れてギリギリ生活を送っている。一発当ててバズることを常々考えているが、独自性は欠片も無い。そのくせ炎上は頑なに嫌がり、人に迷惑をかけるような配信はしたくないとみみっちい正義感を備えている。
「はいどもー! 若宮裕太のわかっちゃんねる! 今日は新発売のエナジードリンクをレビューしていきたいと思いまーす!」
カメラはノートPCに最初から内蔵されているもので撮影、喋りは常に早口なのに、準備やテンポは悪くもたついている。背景は飲みこぼしや食べこぼしで汚れたカーペットと、開けていないことがひと目でわかってしまうほど埃の積もった窓辺。掃除用具は持っておらず、画面外にはゆるく縛っただけのコンビニ袋が散乱している。
「うぇまずっ……いやめっちゃ美味い! 最高! エナドリは日々進化してるって感じですねー! 元気モリモリわかっちゃん! 明日の仕事も頑張るぞ~! ではまた次回お会いしましょう~」
最小限の明かりと、釣り合わないハイテンション。レビューと言う割に味について言及せず、それ以上コメントすることも特に無いのでさっさと締めて終わる。毎回こんな調子だ。
「……うわ不味かったなこれ。編集して美味そうに見えてるとこだけ切り取っとこ」
録画を止め、真顔で動画を編集して投稿する。口をつけただけでほとんど飲まれなかった缶は、洗ってない皿が積まれたシンクにポイと放り投げられた。
「新商品だったし俺のテンションもぶち上がりだったし、今回こそバズって、いやプチバズでもいい! 急上昇しないかな~」
これだけ酷い動画を上げているにも関わらず、裕太自身は自分のやっていることは正しいと信じていた。動画撮影の環境も整備せず、ロクに部屋も片付けず、無精髭すら剃っていない。努力せず棚からぼたもちが落ちてくるのを、ただ口を開けてじっと待つ日々を過ごしている。裕太の口癖は「ワンチャン通るかもしれない」で、実際大学受験もほぼ勉強せず選択肢を運だけで突破していた。
そんな裕太の元に、動画を上げた数日後ダイレクトメッセージが届いた。久しぶりの通知に心が躍る。差出人不明で、以下のような文言が書いてあった。
Angeltemptation.comから耳寄りな情報をお届け!
夢と希望にあふれる異世界転生チートを販売しております。
完成度の高い独自技術により検知されません。(五年間検知実績無し)
カスタム自由。自分でスキル、ステータスを選択することができます。
購入後は限定サーバーへの招待をします。
#異世界 #転生 #転移 #チート #チート販売
その下には、動画のURLが貼り付けてあった。最初はただの業者から来たスパムメールだとゴミ箱に捨てようと思っていたのだが、暇だし動画だけでも見てみるかとURLをクリックした。
「どうせなろう原作のアニメでも流れるんだろうな……」
と斜に構えていると、映し出されたのは現実の中世ヨーロッパのような場所。魔物相手に無双しまくる最強賢者と紹介されているのは、なんと元日本人。青汁のCMめいた流れで、不幸な生い立ちから異世界転生での成功経験を語る内容だった。
動画では三人ほど紹介されていたが、そのうち一人は裕太と同じく大学を中退し実家に帰れないまま空虚な日々を過ごしていたところ、この業者から転生チートを買って最高の人生になったと嬉しそうに話している。
「これなら俺も……!」
裕太が買いたい旨を返信すると、ものの数分も経たないうちに、Discordへの招待コードが送られてきた。サーバーに入ると、Generalに注意事項や初めての買い方の説明がピン留めされていた。
「随分カスタムメニューが多いな。移動速度1.1倍から1.3倍が一番違和感なくて売れてるのか……。ああ、転生だと死ななきゃいけないのか。それはちょっと怖いな、転移にしようかな……」
裕太はぶつくさつぶやきながら、注意事項を飛ばして買い方の説明、スキル一覧やステータス情報、転生コースと転移コースの違いなどに目を通す。
「スキルは……火力ぶっぱでいいっしょ。あ、でも魔法も使いたいから賢者取っとこうかな。剣聖はかっこいいから絶対欲しいし、創造もあったほうが便利だよな。錬金どうすっかな……」
裕太はチート購入に抵抗はない。というのも対人ゲームで当たり前のように使っていた過去があり(それが運営にバレて、一度SteamとYoutubeのアカウントをBANされている。現在のアカウントは新規取得したもの)金を出して買ったのだから悪いことはしていないと思っている。
「へぇ、最近は動画配信もおすすめです、か。異世界配信……悪くないな。このスキルも追加っと」
チャット欄に使用コースと取得したいスキル、ステータスを書いて送ると、合計金額が表示された。
「安っっっす! こんだけ盛り込んで諭吉一枚以下とかコスパ良すぎね? 払う払う~」
決済代行サイトから送金し、振り込み完了通知と共に準備完了通知が届いた。準備完了通知を開くとPCから白い光が溢れ、裕太が眩しさに目を閉じ、再び開けるともうそこは異世界だった。
「すっげぇ! 異世界ってマジなんだ! 正直騙されてるかもって思ったけど、これはマジなやつだ!」
裕太は異世界にやってきたことを大いに喜び、早速創造スキルでカメラと配信機材を創り出し、Youtubeにアクセスした。異世界での立場はSSSランク冒険者ということになっており、顔も変身スキルで凛々しい顔立ちに変わっている。
「はいどもー、若宮裕太の異世界わかっちゃんねる! 今日は生配信やっていきたいと思います! まず手始めに、ゴブリン討伐いってきま~す」
どんな攻撃にも耐性のある装備に最強の攻撃力の剣を携え、裕太はなんの罪もないゴブリンの巣穴を放火し、出てきたところを剣で切り裂いていく。相手の攻撃が絶対に当たらないスキルを持っており、魔法は詠唱しなくても意思だけで発動できる。森で平和に暮らしていたゴブリンは、視聴者獲得の為の生贄として焼かれていく。
「うお!? 視聴者めっちゃいる! コメントもめっちゃ付いてる!」
今まで見たことのない数値に裕太は興奮を抑えられなかった。こんな簡単なことでいともたやすく増えていく。もっと早くに異世界来ればよかったとヘラヘラ笑った。
mob_otoko:異世界羨ましい
mob_women:今まで見てこなかったけど超イケメンじゃん!
novelove:さすSSS!
ikakusai:つよつよスキルほんますこ
など、コメント欄は裕太を褒め称えるものがわっと増えた。もっともっと承認されたい。異世界でやってほしいことリクエストを募り、ドラゴンを倒して「俺、なんかやっちゃいました?」のセリフで締めたり、格下の剣士の剣を指先で潰し「俺はただ、武器を使えないようにしただけだが」と余裕の完勝を決めたりした。
裕太の承認欲求は燃え盛る炎のように勢いを強めていった。視聴者は増え、念願のスパチャが雨あられのように降ってきた。けれども彼の心は満たされない。もっともっと、刺激的なことをしてほしい。裕太に送られるリクエストは、段々と過激なものになっていった。
「はいっ! というわけで、禁断の聖域に来ていまーす! 一般人は入れないけど、結界無効のスキルで突破しました~」
しんと静まり返る荘厳な空気で満ちる聖域は、人の侵入を拒むように植物が急激に生い茂り入り、侵入者を入らせまいと扉に固く巻き付く。
「こんなんあっという間に焼き払っちゃいますんで。ほい炎魔法ドーン!」
植物を扉ごと焼き払い、さて入ろうというところで不穏なコメントがついていたことに気づく。
aka_bane:そこは聖域なんで入っちゃいけないっすよ。今戻れば咎められねぇっす
「は? お前どこから目線よ?? いやいや俺配信者だから。リクエストに答えてこそっしょ」
aka_bane:……忠告はしたっすよ
変なコメントだと無視して裕太が足を踏み入れると、聖域には巨大な空席の玉座があるだけだった。
「なんだ、これしか無いのか。期待はずれだったわ。そんじゃ次は皆さんお待ちかねエルフの村焼き払いチャレンジしまーす。移動するんで一旦配信切りま……」
その場を立ち去ろうとすると、裕太の足は動かなくなっていた。
「は? え? なんで??」
能力を下げられたのかと解除呪文を唱えるが、足は固まったまま動かない。それどころか、下半身全体が石にされたように動かなくなっていく。
「なんだよこれ。どういうことだよ!?」
「我が居城に土足で踏み込む愚か者はお前か」
上半身だけ振り返ると、先程まで誰もいなかった玉座に大男が座っていた。
「誰だよお前! 俺はSSSランク冒険者だぞ」
「ほう、お前のような冒険者はこの世界には存在しないと認識しているが」
大男は座ったまま話す。
「先程通報があってな、異世界から転移したものがこちらで乱暴狼藉を働いているというので来てみれば……。まぁ醜い人間がいるものだな、日本というところは」
大男はため息をつき、裕太の体が固まっていくのを待っているように見える。
「ふっざけんなこれどうにかしやがれ! 配信しなきゃいけないんだよこっちは!」
「そんなものはお前の都合だ。様子を見させてもらったが、ゴブリンというだけで焼き払い、宝玉を守るドラゴンを嬲り、かと思えば自分より格下の冒険者をいたぶっていた遊んでいたようだな。その上今度はエルフ族の村まで焼こうとは、悪魔のほうがまだ可愛げがあるというものよ」
「くそっ! くそっくそっ! こんな石化呪文くらいなんてこと……」
裕太は必死に抵抗する。自分よりも偉そうな態度をしている大男が気に入らないという憤怒の感情だけで、振り切ろうとしている。
「魔法ではない、それは呪いだ。賊が入ったときに発動するようになっている。お前はここで石となるのだ。その意識を残したままな」
「はあ!? 冗談じゃねぇ! 俺のスキルとステータスは最強なんだぞ!」
「本当に愚かだな、世の中には数値では測りきれぬものが数え切れぬほどあるというのに……」
大男は言葉を切って、悠然と裕太の横を通り抜けていく。それ以降は誰も来ず、動けず、とうとう口も固まってしまった裕太は、意識を保ったまま石像になった。何十年、何百年、どれだけ時が過ぎても、元に戻ることはない。その様子は配信され続け、見るものは誰もいなくなった。
aka_bane:あーあ、だから入るなって忠告したのに。馬鹿なやつっすね。
異世界転生チートを販売業者から買ってみた 狂飴@電子書籍発売中! @mihara_yuzuki
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