脱いだ方が強いので自重するのやめました

黒幸

第1話 落とされた少年、覚醒める

 夕闇が迫り、影が場を支配する頃合い、墓場に佇む小さな影一つ。


「僕……約束を一つ破っちゃった」


 影の正体は黒い髪を眉の上で切り揃え、おかっぱ頭のようにした少年だった。

 意志の強さと気の強さが見て取れる切れ長の目には意外なほどに優しい光が宿っている。

 少年は目前の墓標に酒瓶から、ゆっくりと酒を垂らす。

 墓碑にはグーフォと彫られている。


「だけど、もう一つの約束は絶対に守るから」


 少年は決意を胸に秘め、夜の帳が下り静寂と闇に包まれた墓地を後にした。

 それから、一年の月日が流れた。



 僕の名はファルコ。

 十五……いや、二年経ったから多分、十七歳のしがない冒険者。

 自分の名前も年齢も全て、覚えていない。どこから来て、自分が何者なのかも分からない。

 一年前、俺はおやっさん―グーフォさんに助けられた。


 おやっさんはその時、俺がうなされて『十五』と口にしていたから、十五歳ということにしただけで僕の本当の年齢は分からない。

 だから、十五が本当は何を意味しているのかなんて分からないし、そんなのはどうでもいいことだと思う。

 おやっさんは僕を義理の子供として、引き取ってくれただけでなく、生きる術も教えてくれた。

 父親であり、師匠でもある尊敬すべき人。

 見た目は熊みたいで髭もじゃのいかついおっさんだけど優しくて、困ってる人を見過ごせない熱い魂の持ち主だった。

 そんなおやっさんと僕の別れは本当に突然の出来事すぎて今でも信じられないくらいだ。

 いつものように森での採集依頼を終えて、家に帰るとそこにはもう物言わぬ躯となったおやっさんと泣き腫らした目で憔悴してる義姉ねえさんの姿があった。

 おやっさんは森の入り口に突如、出現した巨大なカマキリ型の魔物から逃げ遅れた子供たちをかばって、魔物の刃に身体を晒した。

 即死だった。

 しかし、その死に顔は安らかで穏やかなものだった。

 遺された僕たちの顔の方が酷かったかもしれない。


「ファルコ、浮かない顔してるわね」

「元から。ちょっと昔を思い出してただけ。仏頂面はいつものこと」


 心配そうに見つめてくる義姉のエグレッタは僕の唯一人の家族、僕の光、僕の希望。

 僕が命を懸けて守りたい人、絶対に守ると約束した人だ。


「ダンジョンで異常事態が発生したんだって」

義姉ねえさんが行く必要ない」

「ファルコも一緒に行くんでしょ。だから平気よ」

「僕は……役に立たないから」

「そんなことないよ。ファルコがいてくれるだけでお姉ちゃんは力が湧いてくるもん」


 そう言って、彼女は太陽のように眩しい無邪気な笑顔を僕に向けてくれる。

 結局のところ、僕は彼女に勝てない。

 彼女にお願いと言われて、断ったことは一度もない。

 否、断れないが正しい。


 冒険者はEからSまでランク付けがされている。

 最上級がSランクでこれは国が認定する優れた人材。

 勇者と呼ばれてもおかしくないような人しかなれないランクって訳だ。

 僕のランクはEランク、つまり最下級。

 エリーのランクはCランク。

 Cランクともなると冒険者としてはそこそこに熟練の部類に入るとされるランクだ。

 そして、彼女は貴重な回復職であるクレリックでもある。

 Cランクでクレリックというレアなクラス。

 それだけじゃない。

 エリーはいかつい熊のようなおやっさんの血が流れてるとは思えない天使みたいにかわいい人だ。

 それに引き換え、僕はというと最低のEランクでクラスは何も出来ないノービス。

 荷物持ちくらいしか出来ない僕に出来るのはデコイくらいだ。

 それも仕方がないと思う。

 僕はまず、武器を使いこなせない。

 剣も駄目だった。

 ならばと槍も試したけど駄目。

 それなら、弓だと試すけどこれも駄目。何を使っても駄目だった。

 そんな僕に与えられる仕事はガチガチの鎧を着込んでパーティーの盾もとい肉壁となることくらい。


「おい、ファルコ。もっと真面目に敵を引き付けろよ。お前の仕事それくらいなんだからよ」

「はい」


 ダンジョンで発生した魔物の大量発生スタンピードという異常事態。

 それで冒険者ギルドに所属する冒険者は事態の収拾を図るギルドに招集を掛けられた。

 おやっさんにエリーを守ると約束した僕は反対したがエリーは優しくて、責任感の強い人だから、当然のようにダンジョンへと行くと言い張った。

 僕だけでは彼女を守るなんて、無理な話だ。

 するとギルドの方から腕がいい冒険者とパーティーを組むようにと半ば、強制された。


「ファルコ、大丈夫? 怪我してない?」


 僕がエリーを守ろうと必死なのと同じくらいにエリーは僕をやたら、甘やかそうとする。

 いつものようにモンスター、といってもゴブリン程度の攻撃をもろに喰らっただけで怪我という程でもないのにヒールをかけてくれる。

 過保護というくらいに甘やかしてくる。


「エグレッタさん、そんな奴にヒールなんて勿体ないですよ」


 そのせいで周りからのやっかみが酷い。

 今、僕に嫌味を言ってる男もその類だ。

 エリーのことが好きだから、僕が邪魔で仕方ないんだろう。


「ファルコは私の家族です。家族を大事に思って、何が悪いんです」

「ちっ。そ、そうだね。悪かったよ」


 男は舌打ちし、僕を憎々しげに睨みつけながら、去っていった。

 その時、感じた微かな違和感が悪意によるものでそれをもっと信じていれば、と悔やんでも悔やみきれない。



 十階層まで進んでくるとさすがに空気自体が違うとはっきり分かる。

 出てくる魔物も強さが段違いになってきて、オークやオーガなどのゴブリンとは比較にならないほどに危険な魔物が大勢を占めている。

 それが徒党を組んでやって来るんだから、本当に質が悪い。


 もう何度、直撃を喰らって、吹き飛ばされているか、分からない。

 お陰で着ている金属鎧はあちこちがへしゃげて、ほぼ原形を留めていないが僕自身はそんなに痛くも無ければ、痒くも無い。

 どんなに吹き飛ばされても僕は掠り傷くらいしか、負わないのだ。


「ファルコ、本当に大丈夫?」

「え? うん、何もない。鎧がぐちゃぐちゃ。いつものこと」


 そんな会話をエリーと交わすのももう何度目か、分からない。

 ギルドによると十階層辺りに魔物の大量発生スタンピードの原因があるのではないかという話だったんだが未だに原因の究明には至っていない。


「おい、ファルコ。あそこにどうやら、原因らしいのがあるんだけどよ。お前、目がいいだろ、ちょっと見てくれないか」


 そう言われて、床が崩落し、抜け落ちた場所に近付くと確かに底も見えないほどに深く、どこまでも続いているように見えた。

 だが、それらしき怪しいものは何も見えない。

 『何も見えないけど?』と言おうとしたが、その言葉が口から出る前に僕の身体は宙に投げ出されていた。

 僕に確認するようにと呼びつけた男がどうやら、思い切り突き落としてくれたようだ。


「ファルコー!」


 何を考えているんだろう、あの人は。

 僕のことなんて、放っておけばいいのに。

 どうして、僕を助けようとするんだ。

 エリーは落下する僕に手を差し伸べるどころか、自分の身を投げ出した。

 僕と同じように底知れない闇の中を落ち続ける。

 絶対に彼女だけでも助けてみせる。

 必死に手を伸ばして、彼女の身体を捕まえると抱き締めた。

 自分が下敷きになったとしても助からないかもしれない。

 それでも少しでも可能性があるのなら、そこに賭けたかったから。




 随分と長い時間、闇の中を落ち続けていたと思う。

 終わりは呆気なくやってきて。

 ガシャンという金属の潰れるような音が響き渡り、僕は自分の背中がどこかに当たったことに気付く。


「いった……くない?エリーは?」


 エリーは僕の身体の上にいるから、衝撃はあったかもしれないが大丈夫だろう。

 気絶しているみたいだけど特に外傷は見られない。

 ものすごい音がして、兜はへしゃげているし、鎧も見れたものじゃない状態になっている。

 だが、僕自身はどこも痛い箇所が無い。


 このままにしている訳にもいかないのでエリーをマントを広げた上に下ろして、寝かせる。


「これはもう役に立たない。捨てよう」


 へしゃげた兜を投げ捨て、同様にもう使い物にならない酷い状態の鎧や手甲、脛当ても外していく。

 あれだけ、長い間、落ちていたのに無事だったのは防具が守ってくれたのかもしれない。

 普通だったら、死んでいるような高さかな?

 見上げても落ちてきた場所が見えないくらいに深い。

 ということはここは一体、何階層なんだろう。

 十階層ですら、危ない場所だったのにいくら、助かったとはいえ、エリーと二人だけで帰れるんだろうか?

 僕の不安を感じ取ったのだろうか?

 耳障りなグルルという唸り声が近付いてくるのに気付いた。


「オーガ……こんな時に!」


 エリーを守らなくちゃいけない。

 おやっさんと約束したから。

 僕は彼女をかばうように前に出ようとして、違和感に気付いた。


「体が軽い? こんなに軽いなんて、何?」


 へしゃげて使い物にならなくなった防具を脱ぎ捨てたから、なのか?

 自分の足に翼でも生えたんじゃないかって錯覚を起こしそうなくらいに軽い。


「何だか、出来そうな気する」


 ドシンと騒々しい足音を立てながら、オーガはゆっくりと近付いてくる。

 僕が華奢で小柄だし、武器も手にしていないから、馬鹿にしているんだろう。


「行く!」


 タンッと床を蹴ると本当に自分の脚力かと信じられないくらいに飛んでしまい、一瞬でオーガの目の前に出てしまう。

 オーガの方もいきなり、自分の目の前に現れると思っていなかったのか、泡を食ったように固まっていたがそれも一瞬のこと。

 手にした棘の付いた痛そうな棍棒を僕に向かって、思い切り振り下ろしてきた。


「遅い」


 その動きは僕の目には止まっているように見える。

 右方向にステップを踏んでから、再び、床を蹴った。

 その一瞬の動きで僕はオーガの真上に移動して、動きが止まったように見えるうすのろのオーガの頭目掛けて、右手で構えた手刀を振り下ろした。


「え? 嘘?」


 破竹の勢い。

 そんな格言が頭をよぎるほど、オーガはきれいに真っ二つに裂かれていた。


「痛くも何ともない」


 僕の手はどこも何ともなっていない。

 一体、どうなっているんだか、僕にも分からない。


「んっ……ファルコ?」


 エリーの意識が戻ったのか、僕を呼ぶ声が聞こえた。

 慌てて、彼女の元に戻るとまだ、意識が朦朧としているようなのに立ち上がり、ふらふらとした足取りで僕に近付いてきた。


義姉ねえさん、大丈夫?」

「ファルコは大丈夫なの? 怪我してない?」

「大丈夫。不思議なことに怪我一つない」

「そうみたいね、良かった。本当に良かった」


 エリーは不意に僕の身体を抱き締めてくるものだから、ドギマギする。

 普段から、僕のことを心配してくれる人だが、こんなスキンシップをすることはまずないから。

 彼女の豊かな胸の膨らみが僕にあたって、両方から感じるこのむにゅっとした感覚は……


「あっ……さらしが弛んでいた」

「ファルコは女の子なんだから、もう少し気を付けないと駄目よ」

「ごめん」


 どうせガチガチのフルアーマーを着込むから、邪魔になる胸をさらしを巻いて、誤魔化していたのが裏目に出たらしい。

 その鎧を脱ぎ捨てたもんだから、薄着のまま、ダンジョン下層にいるという妙な状況になっている。


「でも、義姉ねえさん。この方が動きやすい」

「そうなの? もしかして、ファルコは回避の方が得意だったのかしらね」

「分からない。だけど僕は何も着てない方が実力出せるみたい」

「だからって、全部脱いじゃ駄目よ?」

「分かってる」


 乙女の恥じらいなんていうものは僕に存在しない。

 だからって、全裸で外を歩くほどに馬鹿でもない。

 そんなことをしたら、僕ではなくて、エリーに迷惑がかかってしまう。


「ファルコ……ここが何階層か、分かる?」

「分からない。随分と落ちたのは確か」

「……そう。帰れるかな? それとも救援待った方がいいかもしれない」

「無理だと思う。救援を待ってもここまで来る保証ない。自力で帰るしかない」


 僕の答えは恐らく、エリー自身、もう分かっていたことなんだろう。

 それでも悲し気な表情になるのは自分が帰れないことよりも僕のことを心配しているだけ。

 エリーはそういう人。

 だから、絶対に守る。


「大丈夫。きっと帰れる。僕が何とか、する」

「え? どうやって帰るの? あなた、武器もないのにそれは無茶よ」

「大丈夫。だから、はい」


 しゃがんで背中に乗るように促すとエリーは頬を赤らめて、恥ずかしがる。

 どうして、そんなに恥ずかしがる必要があるのか、不思議。

 それでも僕が譲らないことが分かると素直におんぶに応じてくれた。


「あのオーガ、さっき僕が倒した」

「え? あ、あれ、ファルコが倒したの!? きれいに真っ二つだけど」

「手刀で簡単に斬れた」

「はい? ファルコ、あなたは一体……」

「新手のお客さん。片手になるし、ちょっと揺れるけど我慢して。すぐに始末する」

「えぇ!? きゃああ」


 エリーをおんぶしたまま、僕は駆け出すのだった。

 絶対に彼女を守り抜いく。

 それがあの人との約束なんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る