影武者、突撃する

「もうだめじゃ、おしまいじゃ」


 とある国の殿様は、大変頭が良く、体も大きく、腕っぷしも強く、家臣から慕われていました。ですがその思慮深さが災いして、とても臆病だったのです。


 今も隣国との戦の中、何者かの襲撃を恐れて部屋で頭を抱えていました。


 それを見かねて、殿様が最も信頼している重臣が言いました。


「殿、そのようにご心配なされるなら影武者をお立てになれば良いかと」


「影武者とな」


「はい。殿と同じ見た目の者を見繕い、その者を矢面に立たせるのです」


「しかしその者のところに襲撃者が来てはその者が大変であろう」


「殿のためです。覚悟のうえ、任務を全うするでしょう」



 しばらくして、重臣が影武者を用意しました。


 ある部屋で重臣が手を叩きました。影武者が殿様の前に姿を見せました。殿様と影武者は、本当に瓜二つでした。殿様も自分が影武者になったような錯覚すら覚えるほどでした。


「殿、お二人が一緒に行動するのはよくありません。他の者には決して一緒にいるところを見られませぬよう、お願いします。あと、このことは私以外にはご内密に」


 それからというもの、戦場でのその影武者の働きが国中に広まりました。


 恐れ知らずに突撃する戦いぶりは隣国の武将を震え上がらせました。


「うむ、素晴らしいな、ワシの耳にも届いてきたぞ。働き、天晴である」


 殿様は上機嫌でした。影武者のおかげで最近は夜もぐっすり眠れると喜んでいます。


 ある日、敵国の刺客が影武者の寝所を襲撃しました。殿様の寝所と間違えたのです。影武者の役目はしっかり果たされていました。


 ですが、そこには誰もいませんでした。襲撃者は動揺のあまり城の者に見つかり、処刑されました。



 その事件は、翌朝、殿様の耳に入りました。


「影武者のやつ、想像以上に有能と見える」


 殿様は、影武者が襲撃者を察知して身を隠したと考えていました。


「襲撃者が現れたと聞かされたときは肝を冷やしたが、これでまたしばらくは安心じゃのう」


「はい、今後とも影武者を立てましょう」


 殿様と重臣は二人で笑いました。


「では殿、そろそろ出立のお時間です」


「うむ、刺客を仕向けた国に目にものみせてくれよう」


 重臣は手を叩き、影武者と部屋を出ていきました。


 部屋には空気だけが残されました。

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