日常だって日常茶飯事 ~並びし言葉に想い出ありて~

しょぼん(´・ω・`)

プロローグ:たった一枚の魅惑の存在

 ついに十二月に入り。店前は既にクリスマス仕様のイルミネーションで飾られた、喫茶店『Tea Time』。

 本日も無事店じまいを迎え、既に外の明かりは消灯されていた。


 夜も八時半を周り。

 テーブル拭きなどの店内清掃はあらかた終え、一度バックヤードに戻ったはずの雅騎だったが。 


「フェルねえ


 店の制服のまま裏から戻って来た彼は、カウンターで食器を磨いているフェルミナに声を掛けた。


「どうしたの?」

「これ、何なの?」


 カップを磨きながら彼に顔を向けたフェルミナは、手にされたチラシのようなものを目にすると、思い出したように。


「ああ、それね。何か『お店の宣伝にどうか?』って近所の方が持ってきたのよ」


 そう、さらりと言った。


「……宣伝って、これが?」


 だが、雅騎はそれを聞き、少し怪訝な顔してしまう。

 何しろその紙には、こんなタイトルが付けられていたからだ。


『あなたのお店の自慢の店員さん、紹介します!』


 どう見ても個人にスポットを当てたタイトルに、続けて書き連ねられている様々な質問。


  ──チラシってより、アンケートにしか見えないんだけど……。


 書かれた内容を改めて見て、雅騎は思わず神妙な顔をした。

 そのタイトルなら、質問の内容はまあ分かる。だが……。


「これのどこに、店の宣伝要素があるのさ?」


 それは雅騎に限らず、普通の人間なら誰もがそう疑問に思う、店に関係ない質問ばかりが並んでいたのだ。

 だがフェルミナは、悪びれることもなく、笑顔を崩さない。


「充分あるわよ。気づいてないの? で来るお客さん、結構いるのよ?」


 フェルミナの言葉を聞いた瞬間。彼は嫌な予感がした。


「フェルねえ。あの……まさか、だよね?」


 恐る恐る伺う雅騎の姿に、フェルミナはどこか悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「あら、察しがいいじゃない。勿論あなたが答えるのよ」

「嘘だろ!?」


 露骨に嫌な顔をする彼に、フェルミナは笑顔を崩さず、続けざまに悪魔の言葉を囁く。


「やってくれるなら、今月のバイト料弾んでもいいんだけどなあ?」

「ぐっ……」


 瞬間。

 雅騎は言葉を詰まらせた。


 バイト料。

 それは一人暮らしの学生にとって、死活問題ともいえるもの。

 そのバイト料が上乗せされる。これは恐ろしく魅力的な言葉でもあった。

 

 誘惑か。

 それとも保身か。


 ……いや。

 こうなった時点で、雅騎は負けている。


 確かにバイト料に魅力はあるだろう。

 だが結局、彼は優し過ぎるのだ。

 普段から恩義があるフェルミナに応えるべきか。そう迷った時点で、それを拒否する冷酷さを見せられるはずもなく。


「ったく。もう……」


 雅騎は仕方ないと言った顔で、くしゃくしゃと頭を掻く。

 そんな優しき男に、彼女はにっこりと微笑んで見せる。


「それじゃ、よろしくね」

「はいはい」


 不貞腐れながらも渋々承諾する雅騎に、フェルミナはクスクスと笑ってみせた。


* * * * *


 バックヤードよりシャープペンシルを持って来た雅騎は、カウンターでフェルミナに向かい合うように腰を下ろす。

 厚意で出された、アッサムティーの注がれたカップに軽く口をつけると。まるでテスト嫌いの生徒が難問に挑むかのように、やや険しい表情で紙に向き合うと、名前欄に自身の氏名を書き込む。


「正直、こういうの苦手なんだからね……」


 今後のために釘を刺そうとしたのか。顔を彼女に向けず、そうぼやく雅騎。

 昔。彼が小さい時に勉強を教えていた時を思い出すような光景に、何処か懐かしさを覚えたフェルミナは。


「はいはい。今回限りにしてあげるわよ」


 そんな、どこか本気さを感じない軽めの口調で返しつつ、彼を微笑ましげに見守っていた。

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