第17話 だって見たかったんだもん!

 明らかにあんこちゃんに気があるように見える市井さんは、四男猫の小夏君が吐いたものを、なんと手で受け止めた…までならば美談で済んだと思う。

 げえげえする小夏君の猫の背中をさすりながら、可哀そうって口走り、なおかつ涙が出てしまったことも、動物の気持ちに寄り添える心優しい人という括りに入り、よかった、いい人じゃないかって思えると思う。

 でもね、あんこちゃんに話し掛けられ、自分が泣いてしまったことに照れてしまって、照れ隠しのために受け止めた吐物の存在を忘れて自分の頭を搔いてしまう…ってかなりポンコツだと思うのよ、私は…。

 でもでもね。あんこちゃんを見てにっこり笑う市井さんの笑顔が、可愛いーって思ったのはなんでなんだろう…。


 あんまりにも乱暴な物言いで、すみません。私は、末っ子のミミ。毛色は茶色、黒、橙色、白が混じった多色で体形はやや太り気味、手足は短くて太く、顔は人間のおばさんのようにほうれい線があるような模様が顔にある、いわゆるブサカワに分類されやすい猫です。自分では可愛い方だと思うけどね。

 末っ子なのに、何だかしっかりしているとよく言われますけど…。

 次女のだいちゃんは、甘えん坊が過ぎる位で、パパやママにべったりで、人見知りが激しくて、病院さえも行けないなんていう手のかかるけど、とっても可愛い見た目の猫だなのよ。

だからじゃないけど、見た目が悪い私は放置されたって感じ?で、ママよりも長女の茶々ちゃんの方がかまってくれたっけ…。

 茶々ちゃんは、甘やかしてくれたけど、人間の言葉とか常識とかルールとか…いろいろ教えてくれたんだ。

 いわゆる人間社会を知っている猫なのよ。多分…。


 市井さんのような人って、二つに分かれるよね?空気が読めない人または天然…。空気を読もうとしない人というか、空気なんか読むもんかっていうか…。でも、憎めない人なんだよね。

 私、多分嫌いじゃないよ。


 市井さんは、髪の毛が猫のゲロまみれになったせいで、3階にある私達のおうちでシャワーを浴びることになった。猫カフェの奥には3階に上がる階段があって、猫扉もついている。あんこちゃんが市井さんを先導しておうちへの階段を登り始めた時には、私達ねこ家族は勢ぞろいで足元の階段を駆け上がったんだ。


 きっと二人はかなり歩きづらかったと思う…。

 長男のシャー君は、あんこちゃんのの足元に寄り添い、それこそ盲導犬のように階段一つ一つを一緒に上がって行ってた。

 パパは、誰よりも早く階段を登り切って、二人が上がってくるのをしっぽを振り回しながら登り口で待っていたし、他の子たちも階段の途中でお人形のように座って、二人が階段を登り始めると其のすぐ後ろからぞろぞろついて上がって行ったから…。

 ママだけは、リビングにあるキャットタワーの頂上でゴロンと寝転がっていたけどね。


 あんこちゃんは、市井さんをすぐにお風呂場に通して、甲斐甲斐しくバスタオルの用意とかして、リビングに行ってしまった。きっとお茶の準備とかするんじゃないかな。

 誰かが後から階段を登って来たような音がしていたけど、きっと神原さんじゃないかな?気付くとリビングでは二人が笑い合う声がしていた…。


◇◇◇


「お前ら準備はいいか?」(byハッピーパパ)

「でも、きっとあんこちゃんに怒られちゃうよ?」(by四男小夏)

「そん時は、そん時だ。だって見たいだろ?」(byハッピーパパ)

「そりゃあ…ねぇ?」(by猫全員が同意した)


 ハッピーパパの小さな鳴き声を合図に、小夏君がお風呂の手前にある洗面所というか脱衣所のドアを開けた。

小夏君は、とっても器用でドアノブがレバータイプであれば、レバーにぶら下がって自分の体重をかけて開けることが出来るんだ。

 パパも出来るんだけど、パパは体重が重くて音が響くから今回はトライしない…。

 あんこちゃんにバレたら駄目だからね。


 私達は、小夏君が開けてくれたドアからするりと入って、シャワーの音を確認した。目的は、市井さんの匂いを嗅ぐこと。シャワーの音は途切れていない、まだ大丈夫。猫家族みんながドアの中に入って来れる時間はあるようだ。

 だってだって、ここ重要なのよ?嫌な臭いがする人だったら、一緒に住めないじゃない?それと…。


こっそりと猫家族が勢ぞろいした。

私が洗濯機の上にあるランドリーボックスの上で手を舐めていると、他の子たちは思い思いの事を始め出していた。

 小夏君とロイミ君は、市井さんが脱いだ下着の上に寝そべり、自分たちの匂いをマーキングし、パパとだいちゃんは仲良くバスマットの上で寝そべっていた。

 猫のゲロが付いたらしい市井さんの上着の匂いを嗅ぎながら、くさーって顔をちょび君ときなこ君がやっている。ママは洗面所の台に登り寝そべって、一緒に入っていたシャー君の身体を丁寧に舐めていた。茶々ちゃんは、何とか私の隣に上がってきていたし、レパ君は市井さんの履いていたスリッパに顔を突っ込んでいる。



 シャワーの音が止まった。

 私達は固唾を呑んで、シャワーの音を止めた人が湯気が充満する側のドアを開けるのを待っていた。


ガチャリ


「うわわわわぁー!!!!!」


 予想通りの反応ですっごく嬉しくなっちゃった!

 市井さんは、ドアを開けてすぐ右側にあるタオル掛けにあったバスタオルを取ろうとして、私達ねこ家族に気が付いた。

 そう、自分の身体を隠す暇がないくらい驚いてた…。


 猫のみんなは、市井さんの身体が見たかったんだよー。

 やっぱり、男としてあんこちゃんを守ることが出来る位の体形なの?って確認が必要じゃない?服の上からじゃ分かんないもん。生身を見なきゃね!って思うでしょう?


「うん!立派だわ」(by猫全員の胸中)

これ、誰も声に出さなかったのよ。偉いでしょう?


「えー?大丈夫ですか?」(byあんこちゃん)

少し遠くの方であんこちゃんの声がした。

バタバタと走ってくる足音がする…。


「あら、立派だわ」(by神原)

直ぐ近くで神原さんの声がした。


 この声を聞いて、皆が振り返った。

 え?私達の心の声が漏れてる?って思っていたら、あんこちゃんの雷がすぐ近くで落ちてきた。


「こら!あなた達、早くここから出なさい!」

 あんこちゃんの声が怒ってる。


 やばい!やばい!やばい!やばぁーい!

私達は、大急ぎでドアから飛び出し、リビングへと走った。

多分蜘蛛の子を散らすってこういう感じだと思う。

ママだけは、廊下で立ち止まり、あんこちゃんの様子を窺っていたようだ。


半分だけ開いたドアに向かって頭を下げていたあんこちゃんは、顔を上げると真っ赤になってすぐにくるりと向き直り、リビングに向かって歩き出した。

あんこちゃんが真っ赤になった瞬間を見届けると、あんこちゃんが動き出す前にママは走ってリビングに戻ってきた。ちょっと笑ってたよ。


あんこちゃんは、怒っていたけど、笑ってお風呂場から出てきた市井さんの顔を見たら、急に黙って下を向いてしまった。

市井さんは、全く怒っていなかったし、神原さんは思いっきり笑っていた。

だから、なんとなくほっこりした雰囲気で終わったんだ。


良かった。良かった。


でもでも…。あんこちゃんも市井さんの裸…見たよね?


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る