第6話 不審者
俺たちが日中過ごす猫カフェは、南側が一面窓になっている。俺たち猫が歩けるスペースもあって、通りを眺めることも出来る。
窓の外には、大きな銀杏の木があって、時々雀や鳩が飛んで来るから気晴らしに丁度いいんだ。まぁ、大抵は長男のシャーアズナブル君と長女の茶々ちゃんが、陣取っているけど今日は五男の俺、ロイヤルミルクティーが警備体制で監視している。俺たちには役割があって、あんこは独身で若い女性だから自宅警備が必要なのさ。窓の外は、明るくて銀杏の葉は、まだ小さく通りの向こうの方まで良く見えた。
祐天寺の駅近くは、少し狭いけどちょっと金持ちが住んでいる風で、個々の家もモダンな造りになっている。
緑も所々にあって、ちょっと上から眺めるのにはいい風景だと思う。朝夕はスーツや制服の人が多いけど、日中は暇そうなご婦人や老人、子ども連れのお母さんが多い。
結構早足で歩くのは、やっぱり都会って感じかな。
猫カフェエリアは、キャットタワーや猫クッション、猫じゃらしが置いてあり、猫にとっては快適な空間になっている。
猫トイレや水、エサは自動で動いていて、俺たち猫が困らないようになっている。
特に猫のトイレは匂いが気になる人も多いから、まぁ必要な経費だろう…。
猫の爪とぎは、キャットタワーの柱が役割を果たしているけど、特別な爪とぎも置いてある。
人が俺たちと遊んだあとは、猫毛を払うためのコロコロテープも置いてあるし、猫のブラシも置いてある。猫を飼うために必要なものが全部揃っているって思ってくれていいだろう…。
◇◇◇
んー?今日は何時もは見ない女性がうろうろしている。服装としては、茶色のワンピースにアイボリーのカーディガンを羽織って、スタイルも悪くない。でも、姿勢がなぁ…。少しだけ猫背なんだよね。ま、俺は猫だから猫背だけど。
そう、こそこそした動きって感じだな。この猫カフェの一階にあるワークスペースをこっそりって感じで覗き見ているようだ。気になるなら入ってみればいいのに…。俺が数えるだけでも5回はこの通りを行ったり来たりしている。うん?猫だって数くらい数えられるんだぜ?よし、この件はおやじに報告だな。
俺は、窓際の桟から降りて、ハッピーおやじに報告をした。すると、おふくろだけでなく、次女のだいちゃんまで聞き耳を立てて聞いていた。猫ってさ、ほんと耳がいいんだよね。俺が話し終わると、どこから来たのか家族が全員勢ぞろいして、皆が窓際から覗こうとして、桟によじ登ってきた。
外から見たら圧巻だったと思う。だってさ、11匹の猫が窓際に勢ぞろいして窓を見下ろしているんだぜ?皆が俺が示した方向を一斉に見ながら、何やら言い出した。
「やっぱり不審者だね?」(by次男のレパード)
「えー?ただのレンタル個室利用の希望者じゃない?」(by 末っ子ミミ)
「不審者って男が多いんじゃない?」(by 四男小夏)
「でもさ、なんで覗いてんのかな?何か用なのかな…」(by 六男きなこ)
立ち上がって窓に向かって伸びを始めた長男シャーアズナブル君は、長女の茶々ちゃんと背比べがしたいらしく、しっぽで茶々ちゃんに合図を送っている。仕方ないなあって顔で茶々ちゃんが伸びをして見せて、お互いの顔をペロペロ舐め合っている。仲良し兄妹だよなー。和やかな兄姉猫を生温かい目で見ていたら、不意に背後に現れた大きな猫がいた。
ハッピーおやじだ。何か呟いた。え?何?
「多分、もうすぐここに来るぞ」
なんでそんなこと分かるのかって思ったけど、結構勘がするどいおやじの言うことは、スルーできない。でも…ワンチャン、この店に来たとしても、何の用があるのだろう。
上から見ていたら、あんこが店の前の道を掃除するために、箒と塵取りを持って下の店から出てくるのが見えた。店の入り口は自動ドアだらか、正確にはあんこの頭が見えただけだけど、俺は頭の形だけで分かったんだ。それに、掃除をアルバイトに任せず自分でいつもやっているのも知っているしな。
茶色のワンピースを着た女性は、運悪くあんこが自動ドアから出てきたタイミングで店の前を通り過ぎようとしていた。じろじろと店を見ていたせいか、ばっちりあんこと目が合ったように見えた。あんこを見ると、ギクッとした様子で早足で通り過ぎていくのが、いかにも不自然って感じで…。そして、何気なく店の上に視線を逸らし、「あー!」と叫んだ。「にゃんこちゃん達がいっぱいいるー!」
俺の方がびっくりしちゃって、窓の桟から慌てて降りちゃったよ。つられておふくろも小夏もシャーアズナブルも降りちゃった。ま、俺の身体が大きいから、道連れって感じだったけど。
如何にも取って付けました感のある言い回しだったけど、その女性は言った。
「あら、猫カフェの猫ちゃん達かしら…。いっぱいいるのね。もう開店しているなら、猫ちゃん達と遊んでもいいかしら?」
「どうぞ、いらして下さい。お店は開店しておりますよ。」
あんこが笑顔で応えていた。
あんこ、そいつは不審者だぞ?大丈夫か?って思ったけど、猫語が通じるわけでもなく…。その女性はこの猫カフェに繋がる外階段をあんこと話をしながら登ってきた。そう、まんまと入り込んで来たんだ。何だかやばい気がする。
俺は何故か背中にぞわぞわと虫が駆け上がるイメージが湧いてきて、猫なのに冷や汗をかいてしまった。
絶対やばいよ…。
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