第4話 うそでしょう?
小夏君(四男猫)が足元でじゃれついていることに気を取られていたら茶々ちゃん(長女猫)に手元を押され、何故だか携帯電話の通話ボタンを押してしまった。案の定、直ぐに兄と繋がってしまった。仕方ない、今夜相談しよう。兄は一緒に食事でも…と誘うとかなり嬉しそうに返事をしてくれた。気が重いな、本当のことを話すのは…。
◇◇◇
小夏君は小さく私にウインクした。分かってますよ、あんこちゃんの手を押せばいいんでしょう?ほら、通話になったよ。もう、本当に猫使いが荒いんだから…。四男の小夏君は結構な頻度で長女の私を上手く使うと思う。この間かっこいいキャットウォークの方法を伝授してもらったから、借りがあるんだよね。実は。
私は、猫家族では長女で茶々という名前なのだけど、猫なのにキャットウォークが下手で時々階段の手すりから落ちそうになってしまう。見かねたのか、小夏君が特訓してくれた…。お蔭で、今は何となく可愛い歩き方が出来るようになったんだ。猫カフェ始めるって急にあんこちゃんが言うから、焦っちゃったんだよね。
小夏君はメカに強くて、実は勝手にググることもできる。あんこちゃんは、独り言が多いから、次に何をしようとしているかが判り易いし、小夏君は携帯の操作方法が分かるから、あとは私の出番だったってわけだ。小夏君は省吾さんが嫌いだから、なんとか拗らせたいんだよね。ふん、男の嫉妬は見苦しいんですけどね…。
◇◇◇
あーあ…。送っちゃったわよ。内容証明の文書。それも夫の不倫相手に…。
私、岡島聖子は、夫である省吾とは大学時代からの付き合いで、子どもも18歳の男の子と12歳の女の子がいる普通の専業主婦だ。体形にも化粧にも気を使い、45歳という年齢の割には若く見えると言われるよう努力をしている。でもって浮気をされた惨めな中年女性よ!
夫とは見事な恋愛結婚で、絶対浮気なんてしない人だと信じていたのに、どうしてこうなったんだろう。何がいけなかったんだろう。
もう離婚だ!と思って、荷物整理をしようかとも考えていたわ。でもって私の友人が慰謝料を相手からも分捕りなさいって強く勧めたから、だから、あんな手紙を送ってしまったのだけど、でもでも後悔しかない。私、でもばっかりね。
大体、浮気しているなんて、そんな感じは一切なかったのよね。それなのに、うちの会社の事務員が、「社長、浮気していますよ!」なんて言うから気になってしまって、調べたらお店まで買い与えていたなんて分かって…。逆上よね、でもこれは仕方ないと思わない?テレビとかで聞くときは浮気された方にも、落ち度ってもんがあると思ってたわ、自分が浮気されるまでは。でも、私の落ち度って何なんだろう……。
さあ、今晩は修羅場だわ。省吾を問い詰めなきゃ…だもんね。
◇◇◇
えー?えー?えー?
俺の大事な妹が元会社の社長と不倫?ほんと、全く信じられないんだけど。
いつもは、電話するだけでうざがられるのに、あんこが自分から電話してくるなんて、一体どういう風が吹いたの?って思っていたら、不倫ですかー。はー。溜息しかないよ、俺は。
急に呼び出されて、そわそわとリビングでお茶を飲んでいた俺は、茶色の猫にすり寄られた。俺は、猫の名前が今一つ覚えきれない。
だって、11匹もいるんだぜ?茶色の猫が3匹いるのは分かっているけど、名前は????ま、いっかとか考えていたら、俺の直ぐ近くまで寄ってきて、何やら束ねてあった手紙をごそごそし始めてしまった。
大丈夫なの?食べたら死ぬんじゃない?って気にしていたら、手紙の束がバサって落ちてきて、内容証明の手紙が目についた。俺は、こう見えても?弁護士の端くれだらか、こういった文書には目端が利く。だから、つい、杏子に問いただしてしまったのだ。勿論本人の許可を得てから文書には目を通しましたけどね。
で?不倫ってどういうことなわけ?
◇◇◇
小夏君(四男)に言われて、あんこの兄さんに近づく。僕、この人苦手なんだ。だって、猫のこと、猫としか見てないから。僕は六男のきなこ。本当はこの役目は五男のロイヤルミルクティー君がするはずだったのだけど、あいつは身体だけでかくて、働くの嫌がる奴なんだ。だから太るんだよ。
「お前の方がすばしっこいから適任だ」とか言ってさ、自分はキャットタワーでぐうすか寝ている。いくら猫は寝る子だと言っても、寝すぎだよ。いつか牛になるね、あいつは。
でも、僕は使命は全うしたい派なんだ。だから、言われた通り兄さんの目の前に例の手紙をぶちまけえやったんだ。上手にできたと思うよ。
◇◇◇
「ただいまー」
省吾が帰ってきた。話すなら、今しかない。子ども達は今夜は塾の後におばあちゃん家に寄ることになっている。頑張れ、私!
省吾の目の前に、内容証明で送った手紙のコピーを置いて、言い放ってやった。
「あなた、浮気しているでしょう?平澤杏子って女性と!慰謝料請求したからね!もう、絶対離婚だからね!」
◇◇◇
「うそだー!」岡島省吾宅の叫び
「うそだろ!」平澤杏子宅の叫び
同時に「不倫って言いながら」
「手を出してない??」
「手を出されていない??」
つまりどういうこと?
◇◇◇
会社社長である岡島省吾は、平澤杏子のことが好きで求愛しながらも、結婚するまではそういったことはできないって頑なに言い張る彼女の気持ちを尊重してこの数年間過ごしてきた。彼女が好きな気持ちはかなり、いや狂気に近いほどあるからこその尋常ではない行動をとってしまったのだ。所謂、囲い込みである。会社に社員として置いておけば、必ず誰かの目に留まり奪われしまう。だからこそ、誰にも見つからないように、新たな城(店舗)を作り、自分の目の届く範囲、監視が出来る場所に置いておくことにした。それが、彼女が経営する猫カフェである。1階は、貸しルームで2階は猫カフェ…。彼女が頑張ってカフェオーナー経営士の資格を取って経営者となるのを見るのも、とっても楽しかった。彼女が人として成長していく過程が嬉しい反面、既婚者であるがゆえに何もできない自分が歯がゆいとも感じていた。離婚のことは何度も考えた。しかし、子どものことを考えると決心が鈍った。彼女が魅力的であればある程、こんな自分が彼女の伴侶となってよいかと迷い、自分に自信がなくなってきたとも言える。そして、その結末が自分の妻による慰謝料請求である。きっとこんな妻を持つ自分のことなんて愛想が尽きてしまうだろう。そんな気持ちとやっと彼女との区切りが出来るという安堵が入り混じった混沌とした思いに深く沈む男。
ばかだなって思うよ。俺はね。
長男猫のシャーアズナブルは、あくびをしながら省吾の状況を代弁した。あんこちゃんを幸せにできる奴は、俺だ。そして、真実を知っていたのも俺だけだ。ふん!
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